第9話 幸せだった

 【side:結愛】


 円二を意識するようになったのは、まだ髪を金色に染めていた中学3年の頃。


 ママがお義父さん、円二のお父さんである裕二さんと大喧嘩して、家を出ていった日の夜。


 同棲を始めて、まだ半年も経っていなかった。


 「裏切者!あのあばずれ共々、家から出ていけ!!!」


 ママに逃げられた裕二さんはひとしきり暴れた後、鬼のような目をして私を睨みつけた。無理もない。


 ママがいなくなれば、血のつながりもない連れ子なんて邪魔でしかないのだから。


 「だからやめた方がいいって言ったのに…」


 「なんだと!?」


 「怒らなくても、出て行きますよ」


 キャバクラで捕まえた男の家に転がり込んで、お金を散々せびった後、新しい男を作って出ていく。それがママの生き方。いくら辞めてと叫んでも聞き入れやしないし、騙される人がいなくなることもない。


 きっと、ママは魔女なんだと思う。


 最初は怪しんでいた円二すら、シングルマザーの辛さを経験したかのように語るママに、一時期騙されていた。

 いや、もしかすれば今も騙されているのかもしれない。


 「…荷物は適当に捨てておいてください。私物なんてほとんどありませんから」


 ママにとってあたしは2つの利用価値がある。


 1つ、金持ちでロリコンの男たちにアクセサリーとして紹介し、若々しいとは言えない自分に注目してもらうための見世物。

 2つ、別の男を作って姿を消したママの代わりに、裏切られた男の怒りを受け入れる身代わり。


 2つ目は特に重要らしく、ママは出ていく時必ずあたしを一度置いていく。ひどい時には殴られることもあった。あたしは命からがら家を飛び出す。


 ーごめんなさいね。でもやっぱり、あんたはママと一緒にいないと不幸になるんだよ。今度は置いていかないから、また一緒になりましょ?


 そして行き場をなくしたあたしの前に、ママは再び姿を現すんだ。

 甘い言葉をささやき、再び奴隷にするため。


 ママはあたしのなだめ方も脅し方も引き止め方も全て知っているから、どれだけ抵抗しても、最後にはママの元にしかいられないようコントロールされる。


 金髪にしたところで、無駄な抵抗にすぎなかった。

 

 「迷惑かけて、ごめんなさい…」


 あたしは裕二さんと、そのそばで黙っている円二に謝り、ふらふらと玄関から出て行く。

 

 もうたくさんだった。


 身を切るような冷たい風も。

 ママが不幸にした人から浴びせられる罵声も。

 あらゆる手を尽くしてあたしを束縛しようとするママも。

 そんなママの庇護を受けるために街を彷徨うことも。

 家族ごっこの代償を支払うことも。


 いっそのこと、このまま山奥にでも行って…



 「やめろ!」


 「…え?」


 「結愛は出ていかなくていい!!」


 そんなあたしを引き留めたのが円二だった。



 ****



 「何をしている円二…?お前まで俺を裏切るのか!」


 「落ち着け親父!詠美さんは親父を裏切ったかもしれない。でも、結愛にはなんの罪もないだろ。まだ中学3年生の女の子を家から追い出すのか?」


 円二は、カサカサで冷たいあたしの手を、温かい手でしっかりと握ってくれる。


 やめてよ。

 

 あたしは、冷たいところに行きたいのに…


 「知るか!こいつも同罪だ!そもそも俺にだって!」


 「、か?結愛はこうなることを知ってて、わざと俺と親父を避けてたんだよ。俺だって最後まで反対したじゃないか…それを親父がーー」


 「うるさい!うるさああああいっ!なら、俺の邪魔をするなぁぁぁぁぁ!!」


 「邪魔なんてしたくなかったさ!それでも…それでもなぁ!!」


 半狂乱になった裕二さんにひるまず、円二は凄んだ。


 「俺は、詠美さんも結愛も家族として迎えると決めた!一度決めたからには、絶対に自分から追い出したりなんかしない!!邪魔するなら…親父だって容赦しないぞ!!!」


 どこからそんな迫力が出てくるんだろう。


 いつもは遠慮がちで、あたしが冷たく当たっても、怒っても、口を利かなくても怒らなかったのに。

 ベッドで泣いているところを見られて、恥ずかしくて酷いことを言っても、何も言わなかったのに。


 「…くっ。勝手にしろ!俺は出ていく!!!」

   

 裕二さんは円二の剣幕に押され、家から出ていった。家にはあたしと円二の2人だけ。10分以上、荒れた家の中で何も話せなかった。




 「どうして…?」


 ようやく出た最初の一言も、月並みな言葉だけ。


 「…」


 円二は無言でこちらに歩み寄ってくる。

 一瞬殴られるのかと思って目を瞑ったけどーー、




 また暖かさを感じた。  

 抱きしめられたのだ。

 ぎこちなくて少し頼りないけど、あたしの心の氷を溶かしてくれる。


 「ごめん」


 「ごめんって…円二は何もしてないじゃない」


 「本当はもっと親父を説得するつもりだったのに、我慢できなかった。でも…」


 いつの間にか、円二はくしゃくしゃに泣いていた。




 「俺は、家族の誰かがいなくなるのはもう嫌なんだ…!もう誰も、離れてほしくない…!」


 その時、あたしは初めて気づいた。


 円二は3年前にお母さんを亡くして以来、ずっと心の中に寂しさを抱えていたこと。


 そして、


 あたし自身が、「家族」って言葉にとても弱いことを。


 「なんで謝るのよ…悪いのは、あたしとママなのに…やめてよ」


 「結愛は悪くない。俺と親父がもっとしっかりしていれば…」


 「そんなことない!だから…だから…!」


 あたしも、






 もう限界だった。


 「お願いだから、これ以上、優しくしないでよぉ…!」


 辛うじて言い切った瞬間、一生分の涙が溢れ出して、円二の腕や胸に止めどなく落ちていく。


 円二は自分も泣きながら、あたしを無言で抱きしめる。



 

 そのまま、朝までずっと一緒だった。


 

 ****



 その後、ママも裕二さんも家に帰ってこなかった。


 幸い、裕二さんがお金だけ口座に振り込んでくれるから、2人での生活が続くことになる。


 あたしは円二を好きになってたけど、家族としての役割を果たすことにした。


 苦手な料理以外の家事はほとんどあたしが担当して、いつママと裕二さんが帰ってきてもいいように家をピカピカにした。


 円二とゲームをしたり、遊園地に行ったり、同じ時間を共に過ごした。


 中学卒業後は円二と同じ高校に入学して、義理の妹として再出発を果たした。


 学校内で目立ってるとは言えない円二のために、妹として自慢話をたくさんした。


 クラスのみんなに溶け込めるように努力して、友達ができた。


 円二の幼馴染の凛さんと仲良くなって、アドバイスを受けて金髪をやめた。


 初めて誕生日を祝ってもらった時は、ケーキを食べながら涙をこらえるのが大変だった。


 円二が凛さんと付き合うと告げられた時も、心の中で泣きながら祝福した。


 3年の高井先輩に告白されて、内心複雑だったけど、受け入れた。


 少しだけあたしの望みとは違ったけど、今までの人生になかった、暖かな時間が巡ってきた。






 幸せだった。

 高井先輩に裏切られて、あたしと円二の関係が変わってしまった後もそれは変わらない。




 凜さんに捨てられて、円二は落ち込んでる。




 今度はあたしが支えなきゃ。

  

 

 ****



 あとがき

 

 相変わらず癖の強い作品ですが、もし気に入れば応援や☆、フォローを頂けると嬉しいです!


 ☆500達成でイラスト化企画を立ち上げますので、よろしくお願いしますm(__)m

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