第8話 円二くんは、私の…

 「どうして!?」


 親父が家に置いていた白のICレコーダー。


 どうせなら浮気の証拠1つでも聞き出してやろうと用意した保険。


 それを見て、凛は初めて余裕の表情を崩した。レコーダーを奪おうと駆け寄ってくる。


 少し血のついた両腕の拳を握りしめた。


 「渡しなさい!さもないとー」


 「それ以上近づくな。本気で殴る」 


 「お、女の子に向かって…!卑怯者!」


 「お前に言われたくはないよ」


 「ぐ…」


 怒りと困惑と動揺がごちゃまぜになった濁った瞳。


 破滅させるはずの俺をどうすることもできず、なすすべなく立ち尽くす凛を見て、胸のすく思いだった。


 「円二!大丈夫か?」


 「円二さん、なんでそんな怪我してるの!?結愛さんも…とにかくみんな喧嘩はやめて!」


 振り向くと、明智と鮎川さんが、体育館の入り口に立っているのが見えた。


 これ以上は高井や凜も下手な動きはできないだろう。じきに他の生徒たちや先生もやってくるはずだ。

 

 争いはもう終わったんだ。




 そう実感した時、不意に体から力が抜けた。


 全身が痛い。頭もクラクラする。唇も切ったようで血で濡れている。


 そのまま倒れ込みそうになるのを我慢し、何とか座り込んだ。


 「円…お兄ちゃん!?」


 誰かが細い手で俺の肩を掴む。


 


 結愛だった。



 ****

 


 「…無理しないって言ったのに。こんなに傷だらけにしちゃってさ」


 結愛はハンカチで俺の傷口を拭い、ぎこちなくバンドエイドを貼っていく。


 彼女の両目からは涙の筋が見えたが、すでに乾き始めていた。少し鼻声だが、努めて明るい声を出しているように思える。


 「俺はそれぐらいでいい。それよりー」


 「あたしには怪我はないから安心して。だから大人しく手当を受けること」


 ぴしゃりと言い放ったが手の動きには優しい。


 大人しく手当を受けていると、結愛が再び口を開いた。


 「でも、あたしのため、あたしを守るために戦ってくれたんだよね」


 そっと、額に手を添えられる。


 暖かい手だ。





 「…ありがとう。かっこよかったよ」

 

 痛みも苦しみも消え、報われた気分になった。



 ****



 「今時喧嘩だってさ」


 「マジ?撮るしかないっしょ!」


 「お前たち!先生がいいと言うまで体育館に入るな!」


 やがて体育館に数人の生徒と先生が入ってくる。そろそろ事情を説明しないといけないだろう。


 なんとか立ち上がろうとした時、悲鳴のような声がこだました。


 




 「違うんです!」

 

 うなだれていた凛だ。

 

 涙を流し、周囲の人間に縋り付くように駆け寄る。


 「私は何もしてません!高井くんに呼び出されただけなんです!来てみたら、高井くんが私と付き合ってる円二くんを殴りつけていて…」


 耳を疑った。デタラメにもほどがある。晴れていた気持ちが再びムカムカしてきた。


 どうして、そこまでクズになれるんだ?


 「前々から高井くんにはずっとストーカーされてきたんです。だから円二くんにも相談してて…だから逆切れして…そうでしょ?」


 あろうことか、わざとらしく救いを求めるように手を伸ばして近寄ってくる。

 

 いつも使っている香水の甘い匂いも、今は不愉快でしかない。


 「円二くんからも言ってください。ね?」


 「…来るな」


 「え?」


 「もう、うんざりなんだよ!」


 「きゃあ!」


 だから突き飛ばした。手加減できてなかったかもしれないが、関係ない。


 「お前は俺と付き合ってると見せかけて、高井と浮気していたんだ!証拠だってある!なぜならお前は…」


 喉元まで出かかっていた言葉は、出てこなかった。


 「なぜなら?早く言ってくださいよ」


 突き飛ばされながらも、勝ち誇ったような凜の表情。


 それを見て悟ったからだ。こいつは気付いている。




 


 ー俺が結愛を好きになったことを、お前は憎んだからだ!


 ここで言ってしまえば、何の関係もない結愛を巻き込んでしまうことを。

 ICレコーダーに収められた録音は、凛だけでなく結愛も破滅させる諸刃の刃。


 もしここで明かせば、今までの平穏は崩れ去ってしまう。

 

 

 ****


 

 「さあ、話してください円二くん。私と君の無実を」


 凛は再び立ち上がった。


 「最初に出会った時から、私と君はずーっと一緒なんです。そうでしょ?」


 わざとらしく胸元を開け、息がかかりそうな距離まで近づいてくる。


 「だって、円二くんは、私の…」






 「この裏切り者ぉぉぉぉぉぉぉ!」


 何かを言いかけようとした凛は、怒号と共に姿を消した。いや、消えたのではない。 


 目を覚ました高井に長い髪を掴まれ、引きずられたのだ。そのまま、体育館の中央まで連れてこられる。


 「いやっ!何するんですか!離してっ!」


 「信じてたのに、僕を裏切った!ずっと聞いてたんだぞ!」


 「そ、それは…」


 「何がストーカーだぁぁぁぁあっ!君が僕に相談してきたんだろぉぉぉぉ!」


 激しく平手打ちされ、凛は声をあげる間もなく体育館に倒れ込む。そのまま高井は馬乗りになり、彼女の上半身を持ち上げて何度も打ちつけた。


 どこか切ったのか、鮮血が床に飛び散る。


 「誰か!助けて!高井くんに殺される!」


 「許さない!許さない!許さないぞぉぉぉぉぉぉ!」


 「いやぁぁああああああああっ!」


 終わらない罰。

 暴力による裏切りへの報い。


 「やめろ高井!」

 

 我に帰った先生たちが止めに入るまで、裏切られた男の暴走は終わらなかった。 



 ****



 あとがき


 1年近く更新が滞ってしまい、申し訳ありませんでした!本日よりなるべく毎日21時に更新してまいります。なんとか1月中に10万文字まで書ききる予定です、

 

 相変わらず癖の強い作品ですが、もし気に入れば応援や☆、フォローを頂けると嬉しいです!遅ればせながら第7回カクヨムWeb小説コンテストにも応募いたします。


 ☆500達成でイラスト化企画を立ち上げますので、よろしくお願いしますm(__)m

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