第7話 対価を支払わなくちゃいけないんだ
「結愛から、離れろ!」
どうにか高井を押し倒して、マウントポジションを取った。しっかり体重をかけて動きを封じる。
むろん、それで大人しくなる高井ではない。
叩きつけられた背中の痛みに顔を歪めながら、両腕で振り回し、抜け出そうとする。
「糞が!陰キャの癖に生意気なんだよ!お前は小学生の時からずっと不愉快だった!」
「はあ!?学校がずっと同じってだけで大して絡みもないだろ!なんで恨まれなきゃいけないんだよ!」
いまさら何を言い出すんだ?
クラスすら一緒だった時期が少ないのに。お前が子供のころからスポーツで脚光を浴びて女子からの人気も集めていた時、俺はそれをうらやましそうに見てるだけの陰キャでしかないだろ。
良く分からない告白を受け流すが、内心かなり焦っていた。
さっき殴られまくったせいで、マウント状態とは言え力が入らない。
殴ってやろうかと思ったが、隙を見せればすぐ反撃を喰らう可能性が高い。
それに、騙されているだけの高井をぼこぼこにするのは気が引ける。結愛を守れればそれでいい。
とにかく必死で押さえつけていると、感情を爆発させた高井が叫んだ。
「お前さえいなければ、僕がすぐ凛と付き合えたのに!」
「…は?」
「どれだけ凛を口説いても、ずっとお前みたいな浮気野郎しか見ようとしなかった!何年も何年もな!でも嬉しかったよ…やっと凛が僕の方を振り向いてくれたときは!」
「まさか、お前…」
「ああ、そうだよ」
酷薄な笑みを浮かべ、優男はせせら笑う。
「お前の妹を利用させてもらったのさ。彼氏として一緒に登下校すれば、凜も僕の魅力に気付いてもらえるじゃないかってね」
「…!」
息をのんだのは、俺だけではない。
隣の結愛がはっと声を出す音が、確かに聞こえた。
「頑張ってください、高井くん」
凍り付いた室内で、沈黙を守っていた凜が声を上げる。
「裏切り者の円二くんなんて、やっつけちゃってください」
その表情には、冷たい笑顔が貼りついていた。
****
…そうか。
俺は悟った。
浮気を密告されたからって、高井が凛の言い分を100%信じるのは不自然だと思っていた。
恐らく、証拠もなく『円二くんに浮気された、結愛ちゃんも浮気してる』と口で言ってるだけなのに。
少なくとも、流石に確認ぐらいするはずだろ。言い分を無条件で信じるだけでなく、キスまでしてあっさり結愛を振るなんて正気の沙汰じゃない。
本当に結愛を彼女と思っていたのなら。
初めから、切り捨てるためだけの道具としてしか見てなかったのか。
俺を過剰なまでにぼこぼこにしたのも義憤ではなく、これまでの恨みを晴らすため。
「そうか…良くわかったよ」
今まで力の入らなかった掌が、拳に変わる。
自分でも信じられないほどの力が籠められていた。
「丁度良いタイミングで、お前と結愛が本性を見せたけどな!ぎゃははははは!がっ…!」
傲慢でしか、なかったのかな。
「卑怯…!顔は…ぎゃっ…!」
結愛と家族として、凛と幼馴染として、3人でずっと一緒にいたいと願うことは。
「…ぐぉ!うぐっ!」
凛にとって、傷つく裏切り行為でしかなかったのか。
悪いことをした。
みんな傷ついた。
全部、全部俺のせいだ。
「…が!」
でも、どうしても許せない。
「…!…!」
身勝手な理由で、結愛の心を深く傷つけたこいつだけは。
「…」
絶対に。
****
「もうやめて!お願い!」
永遠とも思われる時間は、突如終わりを告げる。背中に誰かが貼り付き、俺の腕を掴んだ。
「それ以上したら、高井さん死んじゃうよ!」
「…」
「お願いだから…」
震えていて、非力で、小さな体。
初めて俺の前で涙を見せた時と、まったく同じ。
「いつもの円二に戻って…!それさえあれば、何もいらないから…!」
ようやく、我に帰る。
「…ふべあ」
気絶した高井は、死んではいない。骨も…多分折れてない。が、むしろ俺がボコボコにする結果となってしまった。
どうしてこうなったんだろうな。
俺はただ、凛と別れを告げて、高井を問い詰めたいだけだったのに。
凛の怒りを知った後は、高井にぼこぼこにされて、彼女が溜飲を下げるための存在になろうとしたのに。
「悪い。大丈夫か?怪我はないか?」
「うん。あたしは、大丈夫だよ。それより早く手当をー」
「まさかやっつけちゃうなんて。すごいですね」
柔らかく、氷のように冷たい声が体育館に響く。
「凛…」
「でもちょうど良いです。高井くんの家、お金持ちですから。すぐに親御さんが怒鳴り込んできますよ」
俺のスマホを操作して、幼馴染は勝ち誇ったような表情を浮かべた。
顔を赤くして、興奮している。
「写真も消しました。円二くんも、結愛ちゃんも、もう終わり」
****
「…凛」
結愛にボロボロの体を支えてもらえながら、かすれ声で訴える。
俺のせいで変わってしまった幼馴染に。
「なんですか?」
「お前の怒りがようやく分かったよ。俺が馬鹿だった。ごめん」
「…今更、もう遅いですよ」
「そう、だろうな。だが…」
傍で静かに涙を流す少女に目をやる。初めてできた彼氏だけでなく、家族同然に付き合っていた女性に裏切られ、傷ついた義妹に。
凛を傷つけた俺のせいで傷ついた結愛を見るのは、心が痛かった。
「結愛には何の罪もないはずだ。何の関係もないのに巻き込むつもりか?」
「だめですね。存在することそのものが罪ですから」
「そうか。だが、一言だけ言っておく」
「…?何を?」
俺は、懐からとあるものを出す。
「無闇に人を傷つける人間は、対価を支払わなくちゃいけないんだ」
それは、古びたICレコーダーだった。
****
あとがき
鬱展開ももう終わり!
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