第6話 最後のプライドがあるんだよ
「凛から離れろこのクズ野郎!」
茶髪に染めた髪に整えた眉毛。
いわゆるリア充グループにのみ許されたいで立ちの優男、高井颯太は躊躇がなかった。不意を突かれて倒れこんだ俺に蹴りを喰らわせる。思わず、手に握っていたスマホを落としてしまった。
それを高井は強引に奪い、凛に渡す。
「はい!ここに、君が乱暴されたときの写真が残ってるんだろ?早く消さなきゃ」
「ありがとう高井くん。流石、私の王子さまだね」
なんとなく凛が仕掛けた陰謀が読めてきた。
だが、もう少しだけ聞いておきたい。
わざと口調を変え、弱弱しい声で問いかける。
「高井さん…どうして結愛を裏切ったんだ」
狙いは、自らが正義の使者だと疑っていない高井だ。
「はあ?クズが何言ってんだよ」
「結愛は君に告白されたのをすごく喜んでいた。君のためならなんでもすると言って、料理もしてみたいって…」
胸の奥からどす黒い怒りが湧いてきて、演技中なのを忘れそうになる。
全て実際にあったことだ。
不器用なりに、初めての恋人のため尽くしたいと頑張っていた。
それを無残に踏みつぶされる瞬間まで。
ー…あはは、ばっかみたい。男なんてみんなクズだね。
ー何かの間違いだろ。俺も高井と話をする。
ーもういいから。あーあ。大嫌いなママの気持ちが少しだけ分かっちゃうなんて、ほんと最悪…
俺の前では強がってても、自分の部屋で一日中泣いてた。
その時の痛みは、今俺が感じてる痛みの何倍だったろう。
俺は、それを見て見ぬふりすることしかできなかった。
「何を言ってるんだ。裏切ったのはそっちの方だろ!」
「高井くん、こいつの言うことに耳を傾けちゃー」
「裏切り?何を言ってるんだ。結愛がどう裏切ったのか言ってみろよ」
「とぼけるな!」
挑発に乗った高井が、大声で叫んだ。
「先に浮気したのはお前と結愛だろ!兄妹同士付き合ってるのを隠すために、僕と凜を利用した!それを止めようとした凜に暴行まで加えてな!僕は、凜に助けを求められたんだ!」
****
なるほどね。
声高に正義を叫ぶ高井と、鬱陶しそうにそれを見つめる凛を見て、全て理解した。
良くあるストーリーだ。
浮気された男女同士が手を組んで、裏切者のカップルに復讐して幸せになる。
仕掛け役は大抵女。
自分が浮気されていると知った男は怒り狂い、『私も浮気されたの…』と涙する女を助けたいと決意する。
凜が高井をどう騙したかは知らない。が、俺にも長年本性を隠してきた凜ならわけもないだろう。男ってのは、結局のところ女の涙に弱いからな。
「くっだらねえ…」
猫を被るのを止めた俺の声を聴いて、凛の眉がぴくりと動く。自分に向けられた言葉なのを良くわかっているようだ。
俺の事をそこまで好きなら、強引にでも誘惑してくれれば良かったのに。
これ以上、結愛が泣いているところを見たくない。
そんな言い訳をして義妹とセックスしてしまうクズなんだから、容易に目標を達成できただろう。
「ああ!?」
「高井、お前騙されてるよ」
「なに…」
「ぜーんぶ凛の掌の上。大体、裏切られたからってろくに確認もせずキスするか?結局下半身で判断する猿じゃ…」
「この往生際の悪い下種が!」
再び強力な蹴り。
一度じゃ止まらない。
高井は逆上し、何度も何度も俺を蹴り上げる。
バレーボール部じゃなかったのかよ。
「死ね!義理とはいえ妹を抱くクズが!」
ああ間違いない。
訂正したい部分は山ほどあるが、俺はクズだ。
だから、甘んじてお前の暴力を受け入れてやる。
…強がってるけど、不意打ち喰らった時からゲロ吐きそうで動けないし、さっきから腹ばかり蹴られてグロッキー状態だからな。リアルなんてそんなもんだ。
母さんが死んでからやめた空手、もっと続けておけばよかった。
「カスが!」
凜も俺と結愛がセックスしている証拠までは掴んでいないはずだ。
掴んでいれば大喜びで拡散しただろうし、こんな回りくどい真似をせずとも復讐できる。
よって、作戦は『このまま俺が高井にボコボコにされる』こと。ロクな運動経験のない陰キャが無理に反撃して返り討ちにされるより効率が良い。
哀れな被害者を装い、訴訟をちらつかせれば、この騒動もうやむやになるだろう。
証拠がない以上、いたずらに結愛を中傷しても不利になるだけだ。
「ゴミ野郎!」
それに、一切無抵抗でボコボコにされた俺を見れば、皆こう思うはずだろう。
こんなヘタレが妹とセックスする度胸なんてあるはずがない。
俺もへらへらと笑って、自分からそう言ってやる。
それで、結愛の名誉は守られるはずだ。
「死ね!」
高井は怒りで我を忘れているのか、ずぼらな学生が体育館の隅に放置していたモップを拾い、高々と振り上げる。
「この浮気野郎!」
騙されていることに気付かない、哀れな優男。
そいつがモップを振り下ろそうとしたときー、
「円二!」
一番ここにいて欲しくない人物の声を聞いた。
震えながらもめいいっぱい張り上げた、凛とした声。
結愛だ。
****
「凜さんも高井さんも…こんなことやめてよ!」
結愛は大声を上げ、高井の動きを止めた。
来るな!
そう叫んだはずなのに、痛みで声が出ない。
結愛はそのまま俺のもとにたどり着き、額にそっと手を当てる。
「無理しないって言ったじゃない…嘘つき」
ハンカチで顔に付いた血をぬぐいながら、制服のポケットからバンドエイドを取り出すも、震えた手からこぼれ落ちた。
ーお兄ちゃんに何かあっても、あたし救護の方法とか知らないんだからね。
「ごめん…」
結愛の綺麗な両目から涙が溢れだし、俺の頬を濡らす。
「あたし、やっぱり馬鹿で不器用だ…」
…くそ。
泣くなよ。
お前は、何も悪くないじゃないか。
「どけよ!」
いらいらとした高井が、結愛の肩に手をかけようとする。どうなるかは明白だ。そのまま乱暴に突き飛ばされ、体育館の床に叩きつけられるだろう。
だからー、
「なっ…」
立ち上がった。
ふらついて格好悪いし、頭がガンガンと痛むし、いつゲロ吐いてもおかしくない状況だが、仕方がない。高井の腕を全力で掴み、動きを止める。
「離せよ!」
知るか。
作戦変更だ。
俺みたいクズにも、最後のプライドがあるんだよ。
「うああああああああああっ!」
うわずった悲鳴のような叫び声を上げて、無様に、格好悪く。
全力でタックルし、高井を体育館の床に叩きつけた。
****
あとがき
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