第5話 …あなたが悪いんだよ
「俺と、付き合ってくれないか」
凛に告白したのはちょうど半年前。
結愛が金髪をやめてから1週間後だった。
静谷凛。
家が近いという、馴れ初めとしてはありふれた理由。
小学生の時からずっと一緒で、ずっと同じ時を過ごして、同じ体験を共有してきた幼なじみ。
「はい。私も、ずっと、ずっと好きでした…」
瞳を潤ませながら、彼女は告白を受け入れる。
そこから半年間、俺と凛は恋人同士という新たな関係を築いてきたつもりだ。
毎日の連絡を欠かしたことはない。
人目を忍んで手を握りあい、肉体関係までは行かなかったものの、時にはキスを交わした。
休日には2人で行ったことのない場所へ行った。
最初はぎこちなかった結愛も、ほどなくして凛に懐くようになり、3人で一緒に登下校するのが日課になった。
俺。
凛。
結愛。
それぞれが幸せな形で結びつき、関係を築いてる。
3人の関係が破綻することは決してない。
凛に裏切られるまでは、そう思っていた。
****
「何か隠し事してない?」
いつもの登下校の途中。
校門が見えてきた所で結愛は問いかける。
「バレたか。今日の弁当はシャケしか入ってない」
「誤魔化さないの」
ふわりとした感触と、甘い香り。
不意に肩を寄せられ、耳元でささやかれる。
「毎日抱かれてるし、そのぐらいは分かるよ」
「…」
「さあ、お兄ちゃんの虜になってるふしだらな妹に話して。全ての秘密を…あだっ!」
下手な誘惑をしてきた結愛の額にデコピンをかます。
雪のように白い額が少し赤くなる。結愛を抱いている時の頬の色と同じ、ピンク色。
「その話は外では厳禁と言ったはずだ」
「いたた…可愛い妹に暴力を振るうなんて、とんでもない冷血お兄ちゃん!児童相談所に訴えてやるんだから!」
「もう児童じゃねーだろ」
「言ったな〜!」
報復として背中をぽかぽかと叩かれた。
「お、ちょうど肩を叩いて欲しかったんだ。助かる」
「むきーっ!この馬鹿お兄ちゃんめ〜!」
しばらくぽかぽかと叩いてたが、やがて諦めて手を止める。
「はあ。やっぱり、あたしの力じゃだめか…」
「さ、行くぞ。もう5分で授業が始まる」
「ねえ」
先ほどとは正反対な声のトーン。背中にしがみつく結愛の表情は、おそらく明るくない。
「本当に、無理したらダメだからね…お兄ちゃん、弱いんだから」
「…分かってるって」
安心させようと、努めて明るい声で言った。
「無理はしないさ」
****
「円二くん!」
昼下がりの体育館。
午後の授業に向けて解放されている施設に、彼女はやってきた。
腰まで伸ばした茶色いロングヘアー。
結愛よりも一回り以上大きい背丈。
大人の色香すら感じられるほど成熟した。胸や腰周り。
生意気な性格を漂わせる結愛とは正反対の、柔和な表情。
静谷凛だ。
「円二くん、会えてよかった。何度連絡しても繋がらないし、会おうとしても避けられるしー」
「颯太は?」
「え?」
「颯太も呼んだはずだけど。見なかったか?」
凛と颯太別々に声をかけ、共に来るよう伝えてある。が、颯太の姿はない。
「さあ…見てないですけど。私、颯太くんと仲良くないですし」
「誤魔化しはやめろ」
「え?」
「全部知ってる。怒らないから、もう終わりにしよう」
「何をですか?今日の円二くん、様子がおかしいですよ」
颯太を待つつもりだったが、何も知らないといった表情を浮かべる凛を見て我慢ができなかった。
「なら、言ってやる。凛…」
自分でも情けないと思うぐらい、震えた声だ。情けなくて仕方ない。
でも、言わなくてはいけなかった。
破綻した関係を精算して、前に進むためにも。
「高井と浮気してただろ」
「…円二くん?何言ってるの?」
「この前見たんだ。高井とキスしてるの」
俺はスマホの写真を取り出し、凛に突きつける。暗がりのせいで高井の姿はおぼろげだったが、凛の姿は映っていた。
「ち、違うんです!誤解です!私はそんなことー」
「別に浮気するのは良い。俺に魅力がなかっただけのことだ。でもな!」
あくまでシラを切る凛に掴みかかりたくなる衝動を我慢し、ギリギリまで詰め寄る。
「知ってただろ。結愛が高井と付き合い始めたの。それで、なんで高井と浮気できるんだ?結愛がお前に何をした?結愛はショックで学校に行けなくなった。それにー」
俺と結愛の関係も、壊れてしまった。
喉元まで出かかった言葉はぐっと飲み込む。これは、凛だけに責任を押し付けていいことではない。
これは、俺の過失でもあるのだから。
「…」
「とにかく、もうこれ以上お前との関係は続けられない」
暴力的な衝動を抑え、俺は、長年関係を築いてきた幼馴染に告げた。
「もう、別れよう。結愛には言わないでおく。だから、俺と結愛に2度と近づくな」
****
凛はしばらく、ぽかんとした表情が浮かべていた。
何を言われたのか分からない。
理解できない。
そう考えてるように見える。
「…あなたが悪いんだよ」
「は?」
が、その表情は笑みに変わる。いつもの柔和な笑みのはずなのに、とても寒気がした。耳元に口を寄せられ、小さな声でささやかれる。
「私の方を見てても、心はずっと結愛ちゃんの方に向いてた。だから、悪いのは円二くんだよ?」
その意味を理解する前に、凛は俺から素早く離れる。そして、大きな声で叫んだ。
「助けて!高井くん!私乱暴されちゃう!」
衝撃。
脇腹を強烈に殴打され、俺は無言のまま崩れ落ちる。激痛で息ができない。
「凛から離れろ!このクズ野郎!」
高井颯太が、俺と凛の間に立ち塞がっていた。
****
あとがき
相変わらず癖の強い作品ですが、もし気に入れば応援や☆、フォローを頂けると嬉しいです!
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