第4話 ずっと、好きだったから

 「どこに行く」


 学校に行かなくなってから3日目。

 夜中家を飛び出そうとしたあたしの腕を、円二は掴んだ。


 「関係ない。放っといて」


 「落ち着け。結愛は悪くない」


 振り払おうとしても、力が強くて振り払えない。いつもはあれだけ気弱なくせに、こんな時だけ強情。


 しかも、言って欲しかった言葉をここぞとばかりに言ってくる。


 卑怯だ。


 「俺が颯太とー」


 「離してよ!」


 だから、叫んだ。


 みっともなく。

 荒々しさと弱々しさを織り交ぜて。

 涙まで流しながら。


 「全部無駄だった。何をしたって、みんなあたしから離れていく。パパも、ママも、おじさんも、あいつも…!」


 シングルマザーの母親の元に生まれた、父親の顔もろくに知らないビッチ。


 どこに行っても、貼られるレッテルは同じだった。


 だから、あたしにろくな愛情をかけたことがないママが勝手に再婚した時、そんな自分を変えられるチャンスだと信じた。


 ニヤニヤと笑う男子の目線が嫌で染めた金髪もやめた。

 中学の時みたいに、誰彼構わず喧嘩を売るのもやめた。

 凛さんの助けを借りて、円二と一から兄妹としての関係を築いた。

  

 でも、ママとおじさんは1ヶ月前に大喧嘩をして、家から出て行ったきり帰ってこない。

 付き合ったばかりの颯太さんにも、あっさり捨てられる。


 全部無駄だった。

 普通であろうとする努力は、全て。


 「あんたもあたしが邪魔なんでしょ…?気持ち悪いもんね、こんな歳になって義理の妹なんて」


 あたしは、幸せになっちゃいけない人間なんだ。

 生きてるだけで周りを不幸にする。


 知ってるはずなのに、どうして期待なんてしたんだろう。

 期待なんてするから、涙なんて流す羽目になるのに。

 

 涙を止められない自分が恥ずかしくて、悔しくて仕方がない。

 

 「そんなわけない」


 「嘘よ!」

 

 「嘘じゃない」


 「どうして!」


 「俺は、これ以上家族と離れ離れになるのは嫌だ!」


 「…っ!」


 円二は、どうしてもあたしを離してくれなかった。これ以上この暖かい手に包まれていたら、最後のプライドも崩壊して、ぐちゃぐちゃになってしまうしかない。


 いつもそうだ。

 不器用なりに、一生懸命あたしを守ろうとする。


 「じゃあ」


 涙を精一杯こらえながら、円二に告げた。


 「抱いてよ。抱いたら、あんたを、お兄ちゃんと認めてあげる。頑張って妹を演じる。だから…!」


 感情に任せて仮初の立場をかなぐり捨てて、円二に対する好意を最低な形で表現した。


 だから円二は悪くない。

 悪いのは全部あたしだ。


 何かあった時は、円二の名誉はあたしが守る。

 


 ****


 

 「そろそろ起きた方がいいんじゃない?風邪ひくよお兄ちゃん」


 優しく揺さぶられて、目が覚めた。いつの間にかテーブルで眠っていたらしい。


 背中には毛布がかけられていた。


 洗い場で手付かずのままだったはずのお皿とコップは、全てなくなっている。


 「洗い物、しといたから。飲む?」


 結愛は優しく微笑み、隣の席に座る。テーブルにはコップに半分ほど注がれた牛乳が置いてあった。喉の渇きを感じ、ゆっくりと飲む。


 「お風呂…」


 「もう入れた」


 「シチューの残り…」


 「冷蔵庫に入れた」


 「洗濯…」


 「干した」

  

 「あー…悪い」


 「謝ることじゃないよ。一応、家族だし。そろそろ、あたしにも家事させてよね」


 「そうする」


 牛乳を飲みながら時計を見ると、時刻はすでに23時を回っていた。とりあえず風呂に入って、明日の準備をして、それからー、


 「…1つ聞いて良い?」


 やや混濁していた思考は、結愛の一言にかき乱される。


 「あたしと凛さん、どっちが気持ちよかった?」


 むせ返り、牛乳を少しこぼしてしまった。


 「あっ!ごめん。変なこと聞いちゃった」


 ごほごほと咳をし、なんとか呼吸を整える。湧いてくる感情は、怒りではなく恥ずかしさ。顔が赤くなっていく。


 「してない」


 「…え?」


 「する前に別れた。結愛が、初めてだ」


 「え〜〜〜!?」


 今度は結愛が顔を赤くした。


 「だ、だって…あんなに慣れてる感じ出してたじゃん!」


 「俺がエスコートできなかったら恥ずかしいだろ!結愛も頑張ってるんだから!」


 「…〜〜〜〜〜!」


 声にならない声をあげて、結愛が顔を埋めた。脚をバタバタとさせて、テーブルの裏を叩く。耳まで真っ赤にしている。


 そんな姿を見て、俺も吹っ切れた。


 「こっちも聞きたいことがある」


 「…何?」


 「本当に、俺でいいのか?」


 勢いに任せた質問。


 「…いいよ」


 答えはすぐに帰ってくる。




 「ずっと、好きだったから」


 ふわりとした感触。




 結愛が、俺の唇に自らの唇を合わせた。


 

 ****


    

 「あっ…」


 その日の結愛の様子は、これまでと少し違った。

 痛みをこらえるそぶりがなくなり、より深く繋がろうとしてくる。


 俺と結愛の関係が、より後戻りできない状態へと変化した証拠だった。


 「お兄ちゃんっ…」


 それでも、結愛は俺を昔のように『あんた』や『円二』とは呼ばない。

 それが、結愛なりの線引きなのだろうか。   


 やがて全てが終わり、俺と結愛は泥のように眠る。




 眠りに落ちる前に、俺は決心した。

 いつまでも問題を引き伸ばすわけには行かない。




 高井と凛とは、真正面から話をしよう。

 


 ****


 あとがき

 

 相変わらず癖の強い作品ですが、もし気に入れば応援や☆、フォローを頂けると嬉しいです!

 イラスト企画は、☆600からフォロー1000人に変更しました。作品継続のモチベにもつながるので、よろしくお願いしますm(__)m

 

 


 

 


 


 


 

 

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