第3話 やめてよね、復讐なんか

 「円二。お父さんは真実の愛を見つけたんだ」


 母さんを事故で亡くしてから5年。


 心にぽっかり空いた穴を埋められない親父が選択したのは、母さんの代わりを見つけることだった。


 反対する親戚との縁を切ってまで強行した、歳の近い詠美さんとの結婚。


 俺には何の相談もなく、子供の意思を無視して決められた結婚。


 「よろしくね円二くん。頑張ってあなたのお母さんになるから。ほら、結愛も挨拶しなさい」

 「…知らない、こんな人」

 「結愛!」


 初めて出会った時の結愛、相田結愛は髪を金色に染めていた。

 誰も信じていない、怒りと悲しみに満ちた瞳をよく覚えている。


 「あんたなんか…家族でもなんでもない!」




 それが、初めての出会いだ。


 

 ****



 「颯太?そういえば来てないですね。誰か知らないー?」

 

 昼休み。


 3年1組の教室を訪れたが、現れたのは1人の女子生徒。目当ての人物はいなかった。病欠らしい。


 「そうか…ありがとう」

 「もしよかったら用件聞いておこうか?」

 「いや、いい。また来る」


 礼を告げ教室を後にする。自分の教室に戻りながら、訪ねたかった人のことを考えた。


 3年の高井颯太。


 すれ違う程度で面識はないが、バレーボール部の主将として活躍していると聞いている。いわゆるリア充グループの筆頭として、常に多くの学生を引き連れていた。

 

 だから、結愛が颯太から告白を受けたと聞いた時、自分のことのように嬉しかった。






 放課後の教室で、颯太と凛がキスをする姿を偶然目撃するまでは。


 結愛が電話口で冷たく別れ話を切り出されたのは、その日の夜だった。  


 「あ」


 物思いにふけっていると、前方にいる人物と目があう。

 階段の踊り場付近に身を隠し、3年生の教室がある4階をじっと覗いていたようだ。


 本人は隠れたつもりだったようだが、半身がバッチリ見えているのでバレバレである。


 「…いたんだ」


 結愛だ。


   

 ****



 「やめてよね、復讐なんて」


 放課後。

 1日が終わり、いつも通り結愛と家路に着く。


 夕陽の影に隠れて、結愛の表情は良く見えない。声聞く限り、不機嫌ではなさそうだ。


 「話をしたかっただけだ。それより、そっちも颯太に会いにきたんだろ。殴りたかったんじゃないのか」

 

 「あたしはいいの。思い切りひっぱたいても、あたしの力じゃ痛くも痒くもない。でも、お兄ちゃんが全力で殴ったら怪我するでしょ」


 「手加減するさ」

 

 「颯太さんじゃなくてお兄ちゃんが」

 

 「おい」


 「…お兄ちゃんに何かあっても、あたし救護の方法とか知らないんだからね」


 また、会話が少し途切れる。

 凛がいないと、ここまで会話が続かないとは思いもよらなかった。


 ー結愛ちゃんだっけ?私、凛って言います。

 ーほら!円二くんも恥ずかしがらないで結愛ちゃんと話して。

 ー結愛ちゃん、金髪やめるの?…そうだね、そっちの方が似合ってるかもね。

 ー円二くん、よかったね…結愛ちゃんと仲良くなれて。


 親父の再婚から約1年間。  

 同じ高校に転入してきた結愛と話ができるようになったのは、間違いなく凛のおかげ。


 登下校を共にする彼女が、彼女が俺と結愛の間を取りもって、少しずつ仲良くなるようにしてくれた。




 だからこそ、彼女がいなくなった時、バランスは崩れた。


 「今日は、シチューにするか」


 「本当!?」


 「ああ。さっきスマホ見たら、親父が銀行に少し振り込んでたし」


 ちょうど夕陽の影から出た結愛が、俺に笑顔を投げかける。


 「じゃあ、材料を買って帰らなくちゃね!」


 颯太に別れ話を告げられてから15日。

 引きこもってから10日。

 俺と初めてセックスしてから7日。


 久々に見る曇りない笑顔だった。

 



 

 


 

 

 

 



 


 

 


 


 


 


 


 


 

 


 


 


 

 

 




 



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