第10話 ドス黒い本性がね…

 【side:静谷凛】


 「どうして、こんなことにっ…!」


 学校で発生した暴力事件から1週間後。


 病院の個室で天井を眺めながら、静谷凛は唇を噛んでいた。


 校内でも1、2位を争った美貌は、高井に付けられた打撲痕や切り傷によって見る影もない。顔のほとんどを覆っている包帯やガーゼがなければ、悲惨な状態だ。


 診断では全治1ヶ月。


 これは退院に要する時間であって、顔が元通りになる時間ではない。


 ー治りますよね先生!?女性の顔に傷がついたらー、

 ー整形外科で地道に治療する必要があります。ただし、いくつかの傷は一生残るかもしれません。あと、しばらくは頭痛がー、

 ーそんなっ…!このヤブ医者!どうにかしなさいよぉ!


 激昂した凛を周囲の看護師が無理やり病室に連行してから、すでに数時間。

 恋人を陥れようとした罰を文字通りその身に刻まれる形となった凛は怒り心頭であった。


 「私が高井と円二くんを手玉に取っていたはずなのに…あの役立たず!飼い主の手を噛むなんて…!円二くんに見てもらうためのこの顔を…!!!」


 凛にとって高井はかませ犬に過ぎない。 

 

 高井が円二を怒りのまま殴りつけるなら、義妹に目移りした裏切り者への罰として申し分ない。


 逆に円二が高井を倒してしまった場合は、口裏を合わせる見返りに義妹との縁を切らせれば良いのだ。実際、あの日も高井の乱入までは上手くいきかけていた。


 どちらに転がっても構わない。

 

 義妹を愛してしまったことが露見することを円二は何よりも恐れている。それをネタに脅迫すれば、どれだけ嫌悪していても従うしかないのだ。


 あとはなし崩し的に体の関係まで持ち込み、義妹を家から追い出すように仕向けさせる。


 そうすれば、円二も諦めて自分の愛を受け入れるはずだ。

    

 「いっそのこと、穏便に義妹と縁を切るよう誘導するだけで良かったの…?高井を使わずとも…いいえ!そんなわけにはいかないわ!」


 頬をかきむしり、凛は狂気じみた叫び声をあげる。


 「それじゃあ私を裏切った罰を与えられないじゃない!なんで円二くんの心情を配慮するような真似をしなきゃいけないの!?私は被害者なのよ!!!」


 長年隠してきたドス黒い本性は収まらない。


 「結愛とかいうアバズレ女は粉微塵こなみじんに破滅させなきゃだめよ!!円二くんにも一生私に頭が上がらないような重荷を背負わせなきゃ…他の女に永遠に目移りしないようにしなきゃ…駄目なんだから!!!」


 病院の廊下にまで響き渡る大声をあげた後、静谷凛はいくらかの冷静さを取り戻した。

 計画が狂ったとはいえ、高井からの暴力を受けた被害者という立場は残っている。


 逆転の芽はまだあるはずだ。


 「大丈夫よ!円二くんは罰を与えても最後には私の元に戻ってくるわ。からずっとそうだったじゃない…」


 凛の鬼のような表情がやや和らぎ、頬が紅潮し始める。


 「だってそうでしょ?円二くんは子供の頃からずーっと、ずーっと、私の…私だけの…」


 そして小声で何かを口走った。


 「ーーーー、なんだから…」




 「さ、さあ。行くぞ」


 「やっぱり行くのやめましょうよ、あなた…」


 「そ、そんなこと言われても…一応私たちが親代わりなんだし…報告だけはしないと」


 その時、病室に2人の男女が訪れる。


 気弱な40代の夫とそれを強引に引っ張る勝気な妻。

 3年前、両親を失った静谷凛を引き取った親類夫婦。


 静谷芳樹しずやよしき静谷茜しずやあかねである。



 ****



 「高井の両親と示談ですってぇ!?」


 静也夫妻の報告に凛は激昂した。

 治療費含む多額の和解金と引き換えに被害届を取り下げが決定したのだ。


 「なんでそんなことするなよおじさん、おばさん!私は被害者なのよ!私のこの傷の痛みはだれが償うのょおおおおっ!」


 「そ、そう言われてもな。相手は高井建設の社長の息子だし。裁判だって金と時間がかかるし…」


 「そんなことは知ってるわよぉ!!!それをどうにかするのが親代わりのあんたらの仕事よねぇ!?」


 「で、でもあの会社は何かと危ない噂が…」


 「それも知ってるわよぉぉぉおおおお!」


 知ってるからこそ凛は高井を利用していた。


 円二が高井に怪我をさせた場合、何かときな臭い噂が多い建設会社の社長を怒らせてしまう。円二の家庭はむちゃくちゃにされるかもしれない。


 そこに「口裏を合わせてあげる。義妹のことも黙っててあげるわよ?私のお願いを聞いてくれるなら」と持ち掛ければ、より自分に従いやすくなるはずだと。


 ただし、今回は裏目に出た。


 金の力で全てを解決されてしまい、静谷凛はこの事件の関係者の中で1人負け状態となる。


 「高井はどうしたのよ!」


 「そ、それが…自分を裏切った女には会いたくないって。なにがあったんだ?」


 「うるさいっ!」


 「うわあっ!!!」


 顔の痛みも忘れ、凛は芳樹を床に突き飛ばした。


 「このグズ!役立たず!いっつもパパの言うこと聞いてただけの無能!!!」


 そして、何度も芳樹の背中を踏みつける。

 このような光景は一度や二度ではない。


 高井建設ほどではないが、凛もそこそこの規模の会社を経営していた社長一家の生まれである。

 芳樹は親類の縁で会社に雇われていたが、凛の両親は無能扱いしていた。


 当然、凛にもその認識が受け継がれていたのである。

 いつもはもっと冷淡にバカにしていたが、今回は素が出てしまった。


 「早く示談を取り消しなさいよぉぉぁぉ!さもないとー」


 凛がさらに芳樹を踏みつけようとした時ー、




 「いい加減にしなさいっ!!!」


 「きゃあああああっ!?」


 パンッ! 

 いきなり頬を思い切りはたかれる。


 隣で凛を睨みつけていた茜である。


 「ぎ、義理の娘に向かってなんてことをー」


 「うるさい!」


 「ひぎゃっ!!!」


 すかさず第二打が繰り出され、凛はもんどり打ってベッドに崩れ落ちる。


 「芳樹が『許してやってくれ』と言うから黙っててあげたけど…もう我慢ならないわ!!!散々遺産がどうのこうの言って私たちをバカにして、家のお金も盗んで、毎日怪しい男や女たちを家に連れ込んで…暴行を受けたとしても自業自得よねぇ!?だからわざと示談したのよ!」


 「ひいっ!?」


 「それにね。あんたのはとっくにお見通しなのよ?男には見抜けなくても、女の私にはわかる。あんたのドス黒い本性がね…」


 「ぐ…」


 「もうあんたの世話するのも飽き飽きだわ。両親から受け継いだ遺産とやらでなんとかしなさい。家に帰ってきたら…分かるわよね」


 「…」


 「行くわよ芳樹」


 「あ、ああ」


 親類夫婦は病室を去っていく。




 「どうして…私ばっかり不幸になるの…!!!」


 残された凛は唇を噛み締め、自らの不幸を呪うのであった。

 


 ****



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