第9話 魔女
「おい、交代や。おい。」
トーマの声で起こされた。
今日はしっかり見張っていてくれたようだ。
さすがに今日はあの熊にビビって寝れなかったんだろうか。
お互いに熊の感想は何も語らなかったし正直思い出したくもないな。
「よく寝れたよ。ありがとう。念のためにこの岩の隙間で寝た方がいいよ」
「ああ、わかった」
トーマは洞窟から持ってきたバックを取り出して中から布を取り出して敷き、バックを枕にしてすぐに寝てしまった。
さてと、俺は周囲の警戒をしつつ[瞬身]の練習でもしようか。
慎重にやらないとトーマの二の舞になってしまってシャレにならないからね。
[舜身]と[敏捷]を組み合わせてかなりトリッキーな動きもできるようになった。
あ、そうだ。またトーマからスキルをコピーしておこうか。
よし、[回復]と……、[敏捷]、[瞬身]……、え?[舜身]がコピー出来ない。
……どうやら保存容量不足と来たようだ。
たぶん[メモリー]がRAMの役割で俺自身の記憶力とかがHDの役割に見立てられてるんだろうな。
結構いいスキルだと思っていたけど意外としょぼかったな。
まあ十分っちゃ十分だけど。
今のところは[強奪][吸収][感知][忍耐][異袋][回復][敏捷]をコピー出来たから7つまでは覚えられる感じかな。
記憶力が上がったり何かしらのレベルが上がったりしたらもっと増えるのかもしれないな。
あとはスキルの種類によって保存できる個数が変わるのかもしれない。
まあ要検証ってことだね。
とりあえず[強奪]は永久保存で[忍耐]は一番いらないから消して容量を開けておこう。
[強奪]で奪ってるから問題ないしね。
[強奪]は記憶ごと奪うから無限に奪えるとかそんな感じなのかな。
しらんけど。
そろそろ周りも明るくなってきたからトーマが起きる前に朝飯を食べてしまって起きたらすぐ動けるように準備してしまおう。
運動したからお腹も減ってきたし。
……と言っても狐の丸焼きしかないんだけどね。
せめて塩だけでもあれば全然違うだろうに炭火の香ばしい匂いがなきゃ食えたもんじゃないよな。
果物も探しながら歩いてたけど全然ないのは他の生き物が根こそぎ食べてしまうんだろうか。
あー、そういえばあの[胃袋]のリスなんかが根こそぎ保管しちゃうのかもしれないな。
辺りが明るくなってきたからそろそろトーマを起こして出発しよう。
岩をすべて保管してトーマの肩を叩きながら声をかけた。
「トーマ、起きろ。朝だぞ。」
「ああ、よう寝たわ」
「もうかなり進んでいるから川が見つかるかもしれない。今日は安全第一で進もう」
「ああ、さすがにあの熊見た後やしな」
「うん、また同じように別のやつを狩っているときに襲われたくないからね」
そしてまた小川を下って行った。
途中で猪を見つけたトーマが一瞬でぶった切るから倒していいか聞いてきた。
勝手に手を出さないところはあの熊がかなり応えているのだろうか。
まあでも今のあいつならあの猪程度[敏捷]で一瞬だろうし猪はまあまあ美味かったから許可した。
トーマは気づかれるギリギリまで猪に近づいていき、そこから[瞬身]を使って一瞬で切り倒した。
なんだよコイツ、俺が寝てる間に練習してたな。
だがどうも様子がおかしい。
猪は死んでいるはずなのにトーマを手を止めずに何度も猪を切りつけている。
「おいおい! そんなことしたらせっかくの肉が台無しだろ」
聞こえていないのかトーマは手を止めない。
今度はもっと強く大きな声で話しかけた。
「おい! トーマ! やめろ! トーマ!! トーマ!!!」
それでもやめないので刀を振り下ろした瞬間に腕を掴んで声をかけた。
「なあ! おい! やめろって! 何してんだよ!! そんなことしたら肉が台無しだろ!!」
虚ろな目をしていたトーマが応えた。
「ああ、肉? いや俺は血が……、いや肉か、肉な。ああ、これはよしまってくれ」
いわれるがままに猪を[異袋]にしまった。
近くで刀を見たがどうにも刀が血を吸っているように見えたんだ。
この刀に血が付かないのは刀が血を吸っていたから?
この刀は……、一体なんなんだ……?
まさか妖刀ってやつか?
トーマの様子がおかしいのもこの刀のせいなんじゃ?
とにかくトーマからこの刀を引き離した方がいいのかもしれない。
「なあ、トーマ。その刀なんだけど。ちょっと俺が預かっててもいいか?」
「ああ? なんでや。だめに決まっとるやろ」
「いや、なんていうか、お前の様子がおかしいし、もしかしたらその刀の影響なんじゃないかなって思ってさ」
「ああ? なにがや。別に普通やろ。なに言っとんねん」
受け答えもいつも通りだし問題ないか……?
もう少し様子を見てやばそうなら力ずくでも刀を引き離そう。
「いや、まあ無理にとは言わないよ。とにかくさっさと先に進もうか」
「ああ、なんでもええけど」
とにかく今は先に進むことにした。
しばらく進むと予想通り大きな川に繋がった。
だが予想外にも大きな気配が二つ[感知]に引っ掛かった。
「大きな気配が二つ。もしかして、片方はあの熊じゃないか?」
「ああ、間違いないで。あの熊や」
「くそっ、匂いでここまで追ってきたのか? だけどもう一つは……、これってもしかして! いやそうだ! これは人の気配だ! しかもあの熊と戦ってるんじゃないか!?」
「な、なんやて! あの熊と? そんなん冗談やないか!」
「とにかく目で見えるとこまで近づいてみよう」
「なんや、逃げるんちゃうんか?」
「だって、あの熊は俺たちを追ってここまで来たんじゃないか? だったらあの戦ってる人は俺たちの巻き添えってことになるだろ!?」
「ああ、確かに。せやな」
「だからとにかく近くに行って何が起きてるか確かめないと、やばそうなら助けてあげよう。それに初めて見つけた人の気配だ。やっぱり見逃せない」
「うーん、まあええけど」
急いで反応の近くまで行った。
するとあの三メートルくらいの熊が目に入った。
やっぱりあの熊かよ。
見るだけで足が震えてきた。
そしてもう一つの反応は小柄な体型で大きなとんがり帽子を被り、大きなハンマーを軽々と振り回して熊と戦っていた。
「やっぱり人だ、顔はよく見えないけど。あの熊相手に引けを取らない。でも、体格さが何倍もある。パワーは負けてないけど決め手に欠けるみたいだ」
「ああ、あの体格さやったら時間の問題やな。あれじゃやられてまう」
「そうだな。だけどああやって引き付けてくれていれば俺たちが横から攻撃したら倒せるはずだ。もう少し近づいて[瞬身]で一気に切りかかろう。俺は右足を狙う。トーマは一拍遅れて後から右腕を狙ってくれ」
「ああ、わかった」
切れ味のいい脇差を引き抜き気づかれないようにさらに近づいて構える。
「よし、行くよ」
掛け声とともに熊の右側から[瞬身]で一気に飛び出して熊の右足を切る付け熊の左側に駆け抜ける。
続いてトーマも指示通り右腕を切りつけて俺の横に並んだ。
熊はお構いなしにハンマー使いに攻撃を仕掛けている。
ハンマー使いがこっちを見て何か叫んでいる。
「□□□□□□□□□□□□!!」
だめだ、何言ってんのかさっぱりわからん。
声で気づいたが見た目も少女のようだ。
とにかくすごい剣幕で怒鳴っている。
「すまない、何を話しているのかわからない! とにかく助太刀しに来た! 敵意は無い!」
「□□□□□□□□!」
やはり言葉が通じない。
誰だよ、異世界転移は言葉が通じるのが定番って言ったやつ。
とにかくこの熊を倒してしまおう。
「トーマ、とにかくこいつを倒すぞ。次は左腕をやってくれ。俺は左足だ」
「ああ、わかった」
そして再び[瞬身]で飛び出して切りつけた。
だがそのせいかハンマー使いの少女はさらに激高して叫んでいる。
なんだ?もしかして手を出しちゃまずかったのか?
すると少女はバックステップで熊と距離を取り熊に右手の平を向けた。
「□□□□□□□」
少女が何か言うと右手の平の前から火の玉がでて熊に向かって飛んでいく。
おお、これは魔法だな。
初めて見る魔法にめっちゃ興奮した。
熊は火だるまになりながら両腕を振り回して混乱しているようだ。
さらに少女は熊の頭上に右手の平を向けている。
「□□□□」
また少女が何かつぶやくと熊の頭上に直径五メートルくらいの大岩が現れてそのまま熊を押しつぶし、俺は[剛力]のスキルを手に入れた。
もしかしてこの少女は手を抜いて戦っていたのか?
「□□□□□□□□□! □□□□□□□□□□□□□□□□!」
あ、全然に何言ってるかわかんないですね。
とにかく熊を指さしジェスチャーで岩が熊の上に落ちる表現をした後拍手してみた。
少女は「フンッ」っと鼻を鳴らし満更でもない様子だ。
すると少女は何もない空間から巻物のようなものを取り出して俺に差し出してきた。
受け取った俺は訳も分からず巻物を開いてみることに。
すると頭の中に一気に情報が流れてきた。
どうやら[共通言語理解]のスキルを獲得したみたいだ。
「どう? これでアタシの言葉がわかる?」
おお、すごい。
言葉がわかるぞ。
これは言葉を理解するためのアイテムだったのか。
何とも便利な道具なんだ。
それにしてもよく見ると可愛らしい少女だな。
まるで雑誌のモデルでもやっていそうなルックスだ。
元居た世界の言葉で例えるなら千年に一度の美少女と言ったところだろうか。
とにかくこっちからも話しかけてみないと言葉が通じるかわからないな。
「あ、はい、わかります。こちらの言葉も通じますか?」
「ええ、わかるわ。それにしてもあんた達何なの? アタシの獲物を横から手を出すなんて。あんた達常識無いわけ?」
「えーっと。いや、押されてるように見えたんで助太刀しようかと……」
「っはぁー。あれは魔法なしでパワーベアを倒せるか試してただけよ。魔法を使えばこんな鈍間な熊に後れを取ったりしないわよ。それにやばくなったら魔女の奥の手もあるわ」
「そうだったんですか、てっきり押されてるのかと思ってしまって……」
「そう、まあ悪意がないならいいわ。で、あなた達ランクは?」
「え?ランク……、ですか?」
「もしかして、あなた達冒険者じゃなかった? でもたしかに冒険者なら共通言語は話せるハズよね」
「はい、冒険者じゃないです」
「じゃあ、なおさらこんなところで何してるわけ?」
うーん、このパターンはどうするべきか。
異世界から来ましたって言っていいものなのか。
捕らえられて人体実験とかされないだろうか。
とりあえず適当にごまかしておこう。
「えーっと、辺境の村から二人で当てもなく旅をしているところだったんです。」
「この辺に村なんかあったかしら……」
「いや、結構遠くで地図にも載ってないようなホントに小さな村なんですよ。それがいやで二人で村を抜け出したっていうかそんな感じです」
「へー、そうなの。取り合えずそっちのお兄さんにもスクロール使わせてあげたら? これ永続スクロールだから結構高いのよ?」
「おお、それは貴重なものをありがとうございます」
俺は巻物をトーマに手渡した。
この巻物はスクロールって言うみたいだな。
日本語でトーマに使い方を教える。
「これを持って開くと[共通言語理解]のスキルを獲得できるよ。あと俺たちは辺境の村から来たってことにしてあるから余計なことは言わないでね。基本は俺が話すから相槌でも打ってればいいよ」
「おお、なんかわからんけどスゲーな」
「いいかしら、お二人さん。まだ名前聞いてなかったわね。アタシはモトカ。魔女よ」
おお、魔女かよ。
ファンタジーだなー。
念のためフルネームは名乗らない方がいいかもしれないな。
あと種族は人間ですって言えばいいかな、それともヒューマン?
とりあえず名前だけ名乗っておこう。
「私はユージです。こっちはトーマ」
「ヘー、案外ありきたりな名前ね。よろしく。ところであなた達これからどうするつもりかしら。行く当てあるの?」
「いや、とにかく大きな街のギルドで冒険者をやろうかと思っているんです」
「あらそうなの? アタシはこの近くのドーエって街のギルドを中心に活動してるのよ。この熊の素材を回収したら真っ直ぐギルドに向かうから付いてきてもいいわよ」
「おお、それは願ったりです。ぜひよろしくお願いします」
「ええ、それくらいいいわよ。それじゃあとりあえずこの熊の素材を回収しちゃうわ」
モトカは手際よく熊の素材を回収してどこかにしまった。
もしかして[異袋]でも持ってるのかな?
「あの、その素材はどこにしまったんですか?」
「ええ? ストレージ知らないのかしら? 簡単な初期魔法よ?」
「はい……何せ辺境の村から来たもので魔法は初めて見ました」
「魔法を始めてみた?? それはすごい辺境のようね……えっ? じゃあウォーターやファイヤーも使えないのかしら??」
「はい、簡単な知識があるくらいなもんで……」
「初期魔法も使えないのにどうやって生きて来たのかしら。しょうがないわね。帰り道でどうせ暇なんだから歩きながら先輩冒険者のアタシが教えてあげるわよ」
「え? 魔法、使えるようになるんですか?」
「何言ってんの? 当たり前じゃない? どの種族だって魔法が使えるわ。そもそも魔法がまったく使えない種族なんてめったにいないわよ」
「そうなんですか。全く無知なもんで」
「よくそれで生きてこれたわね。水なんかどうしてたのよ」
「いやー、湧き水とか?」
「はぁ……、それで魔物に遭遇したりしたんじゃないの?」
「はい、その通りです……」
「あのね、奇麗な水辺はほとんど魔物の縄張りになってるの。普通は不用意に近づいたりしないわ。そんなの常識よ」
「はあ、勉強になります」
「まあいいわ、とにかく続きは歩きながらでいいわね」
「はい、行きましょう」
素材を回収し終えてたところでトーマからスクロールを受け取りモトカに返してあげた。
大きなとんがり帽子を整えてでかいハンマーを担いだモトカを先頭に歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます