第8話 熊と鹿

 湧き水をたどるとすぐに川幅一メートルくらいの小川につながった。

 近くで大きな川に繋がっているといいな。

 小川に沿って森を歩いているが建物や人の形跡は無い。

 一体あの洞窟は何なんだろうか、もしかしたら反対側に進めば案外すぐ人里だったのかもしれないがここまで来た以上、今は川を下るしか選択肢がない。

 [感知]で警戒しながら進んでいるが、特に危険な気配は無いな。

 果物なんかがないか探しているが全然見つからない。

 小川には小さな魚なんかがいるけど捕まえて食べるほどの大きさじゃないな。

 [胃袋]の限界を確かめるために枯れ木や岩をどんどん保管しながら歩いているが一向に限界が来る気配がない、容量の制限がないのだろうか。

 道中で狐と兎を見つけたトーマが喜々として狩っていた。

 さすがに[敏捷]があればこの辺のやつは楽に倒せる。

 それにしてもこいつは刀を拭いてるところを見たことがなかったから不思議に思っていたけどよく見てたらなぜだか刀に血糊が付かないみたいだ。

 薄っすら紫色に光っているような気がするが光の加減かな?

 やはりなんとも不気味な刀だな。

 当の本人はぶつぶつ言いながら薄っすら笑ってるように見えるしなんだか寒気がする。

 マジでキモイ。

 別に襲われたわけじゃないのにいちいち殺しに行かなくたっていいのに。

 匂いで危ない生物が近寄ってくるかもしれないんだしさ。


 そうこうしてると初見の生き物が[感知]できた。

 かなり大きなサイズだ。

 馬? 

 にしては少し小さいか。

 なんにせよ近づかないほうがよさそうだ。

 

「トーマ、あっちに四足歩行の生き物がいるけど念のため回り込んで進もう」


「ああ、確かにおるな。ちょっと面だけ見てきたるわ」


「おい、やめろって。危ないやつかもしれないだろ」


「大丈夫やろ。いざとなったら[敏捷]で逃げったったらええやん。あいつそんなに早く動いてへんし鈍間そうやん」


「わかった。見るだけだぞ。」


「まあまあ、弱そうやったらサクッとぶった切ったるわ。スキルもきになるし、大きい肉が手に入るかもしれんやろ」


「確かに大きめだから肉は期待できそうだけど。初めて見るからな、そんなにうまくいくかな」


「まあまあ、とりあえず行ってみよか」


「うん」


 二人はゆっくりと近づいて行った。

 どうやら鹿のようだ。

 角は生えていないから雌鹿かな。

 草を食べていたけど耳をぴくッとさせてこちらに気づいた。

 すると一瞬で視界から消えて瞬間移動のように奥に移動していた。

 草食動物だから逃げに特化したスキルなのかもしれないな。

 トーマがさらに追いかけるそぶりをすると雌鹿はもう一度視界から消えてさらに奥へと移動した。

 今度はしっかりとみていたが、瞬間移動の類ではなくてただ単に一瞬ですごい瞬発力を発揮して高速移動しているみたいだ。

 逃げ特化で大した攻撃力はなさそうだ。

 時間をかけずに倒せば美味しい肉にありつけるかもしれない。

 

「トーマ、あいつは逃げ特化で弱そうだな。ちょっとやってみるか?」


「ああ、ええんか?」


「うん、鹿ってうまそうだからさ。あの硬くて臭そうな狐を食べるの正直どうかとおもうしね」


「ああ、そやな。さっそくいくで」


 二人で鹿を追った。

 鹿は高速移動を繰り返しながら逃げていく。

 どうやら直線的な動きしかできないようだ。

 岩や木の前で止まってジグザグによけながら逃げているからね。

 これなら[敏捷]で十分追いつけそうだ。

 直線的な動きだから動きも読みやすい。

 夢中になって森の奥まで追いかけていく。


『ピィーー!!』

 

 雌しかが鳴き始めた。

 鹿ってこんな鳴き声だっけと思っていると――


『ピィーーー!!!』


 鳴き声が返ってきた。

 しまった、仲間を呼ばれたか。

 すると高速移動で立派な角の生えた雄鹿が前方からやってくるのが見えた。


「やばい、トーマ。隠れろ」


 そう告げるとすぐに木の後ろに隠れてトーマも同じ様に木に身を隠す。


「あの角、やばいな。かなり横幅もあるし高速移動で突っ込まれたら一発でやられる」

 

「なにが逃げ特化や、あんな物騒なもんぶら下げとるやないか」


「深追いしすぎた、まさか雄も近くにいるなんて……」


「とにかく、どないすんねん」


「取り合えず向こうも様子を伺っているようだし、木で死角をつくりながら下がろうーー」


 と、言い切る前に二人の間を高速移動で雄鹿が通り過ぎる。

 木で死角を作ったつもりが反対に回り込まれてしまって無防備な状態に。

 慌てて二人で振り返るとすでに反転して俺の方に突っ込んでくる。

 [敏捷]のおかげで剣を立てて身構えることはできたがそれまで。

 そのまま上手く剣で角を捉えたが剣ごと弾かれて背にした木に叩きつけられた。

 鹿はそのまま木を掠めて通り過ぎる。


 どうやら角が木に刺さるのを嫌って木に直撃するのを避けているのかもしれない。

 おかげで直撃を避けれたから[忍耐]のおかげでそこまでのダメージは無い。

 剣を見ると角に当たった部分が刃毀れしてしまっている。

 この鹿の角はこの剣よりも固いのかもしれない。

 あと二、三回繰り返せばたぶん折れてしまうだろう。

 それにあの角を全面に出して突撃されたら手の出しようがない。

 触れることさえできれば[吸収]で倒せるはずだけどたぶん触れることはできないだろう。

 攻めに出て木から離れればそれこそ一巻の終わりだな。

 あの角に串刺しにされる未来しか見えない。

 

「トーマ、だめだ。いい策が思いつかない。どうする?」


「ああ、しらへん。もっかい来るで――」 


 また二人の間を鹿が高速移動で突っ込んできた。

 今度は来るとわかっていたからトーマが刀を鹿に差しだして角を切りつけた。

 甲高い音を立てて刀が弾かれて腕ごと持っていかれそうになりそのまま地面に倒れる。

 鹿はすぐに反転して倒れたトーマの方を向いた。

 トーマは体制を崩してしまいすぐに立ち上がれそうにない。

 俺は瞬時にトーマの前にでて道中で保管した大岩を[異袋]から取り出して鹿との間に置いた。

 鹿は大岩を掠めて通り過ぎていく。

 

「危なかった。とっさに大岩を出せてよかったよ」


「ああ、とりあえず助かった。さんきゅ」


「これであのしかもこっちに手を出しづらくなったからこのまま離れて行ってくれないかな」


 その間ずっと鳴き続ける雌鹿。

 だがその雌鹿の鳴き声がさらなる危険を呼ぶ事になる。

 さらに大岩を二つ出して回りを囲み膠着状態が続いていた。

 俺達がまだ雌鹿を狙っていると思っているのか距離を取りつつ雄鹿は雌鹿を庇うように立っている。

 こっちとしても逃げたいんだが動いた瞬間を狙われればこっちがやられてしまう。

 ピィー!ピィー!と鳴き散らかす雌鹿の声をかき消すように野太い怒号が響き渡った。


『グゥァァァァァ!!』


 視界が狭く[感知]も怠っていたから何が起こったかわからなかった。

 恐る恐る顔を出して怒号の聞こえた方を見ると体長3メートルはあろう熊が雌鹿に襲い掛かっていた。

 鹿もこちらに気を取られて熊に気づかなかったに違いない。

 鋭い爪で雌鹿を一薙ぎでちぎりって半死状態に。

 雄鹿が角を突き出して熊に突撃するも熊は爪を立てて迎え撃つ。

 そのまま五メートル位後退り鹿を止めてしまった。

 だが鹿の角も固く強靭で熊の爪でも簡単にやられていない。

 食い入るように見入ってしまっていたが今が好機。

 さっさとこの場から逃げるべきだ。 


「トーマ、今のうちに逃げよう。多分あの鹿はすぐにやられてしまう。そしたら次は俺たちの番だ。まだあの鹿が粘ってるうちに逃げよう」


「ああ、せやな。あの熊はやばすぎるやろ」


 そしてふたりで出来るだけ気配を殺しながら元来た道を全力で駆けた。

 [感知]では追って来ている気配はない。

 元の小川にたどり着いたときに[瞬身]のスキルを獲得した。

 

「あれ? これってあの鹿のスキルか。ってことはやっぱりあの鹿は殺されたんだな。それにしても角を傷つけただけで倒したことになるんだな。かなり判定が緩いみたいだ。とにかく追ってきてはいないけどできるだけこの小川を下ってここから遠ざかろう。あの熊に襲われるのは勘弁だよ」


「ああ、そやな。[瞬身]か、どれ、あの鹿みたいに――」


バッチーーン!!


 [瞬身]を使ったトーマは勢いそのまま木に叩きつけられた。

 油断してて打ちどころが悪かったのか気絶してしまったようだ。

 [忍耐]があるだろうに気絶するなんてどんだけ全力で[瞬身]を使ったのやら。

 俺も使うときは開けた場所で練習してからにしとこう。

 もし今、熊が追ってきたらこいつは置いて行こうと心に誓いながら大きなため息をついてトーマを担ぎ小川を下った。

 

 トーマが目覚めたころにはあたりは暗くなっていて大きな岩がたくさんある場所に来ていた。

 たぶん大きな川もかなり近いのではないだろうか。

 岩場にくぼみがある場所を見つけてそこを今日の寝床にすることにした。

 辺りの大岩を[異袋]に保管して岩場のくぼみの周りに再び取り出して配置し大型の生き物から守る壁を作った。

 中で火を起こしてケツからレイピアで串刺しにした狐を三匹、毛も毟らずに丸ごと焼いた。

 一匹[胃袋]にしまって残りを二人で無言で食べる。

 やはり臭くて硬くて美味しくはない。

 あえて不味いと口に出してもいいが余計に不味くなる気がして黙って食べた。

 さっさと食べて匂いが残らないようにゴミはすべて[異袋]にしまっておいた。

 匂いで熊が追ってこないようにね。

 俺はさらに大岩を取り出して岩と岩の隙間に入りこみそこで寝ることにした。

 

「トーマ、今日は俺が先に寝るから。お前はさっきまで気絶してたんだからいいよな?」


「ああ、ええで」


「三、四時間くらいしたら起こしてくれ。その前に限界まで眠たくなったら勝手に寝ないで起こしてくれてかまわないから。あと今日は煙草はやめてくれ。匂いで熊を呼んでしまうかもしれない」


「ああ、わかった」


 そして俺は眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る