第4話 異袋
肩で息をしながらしばらく二人とも無言で切り落とされた猪の首を眺めていた。
はあ、死ぬかと思った。
このなまくらの剣が悪いのか剣の使い方が悪かったのか全然刃が通らなかった。
こんなことなら予備の脇差を使えばよかったのかもしれないな。
なんにせよ今回はトーマに助けられた……?
いやむしろ俺が助けたんじゃないのか?
いやでも最後はマジでトーマが逃げずに切りかかってきたおかげで俺が助かったんだ。
まずはお礼を言わないといけないな。
「トーマ、助かったよ。ありがとう」
「ああ、ほんまにどんくさいやっちゃな」
はあ?
なんだこいつ。
誰のせいでこんな目にあったと思ってるんだよ。
なにが「よっしゃ、それや」だボケ、カス、こら。
離してる途中でいきなり飛び出しやがって。
俺は立ち去るのを待とうとして、もし倒すならって話をしようとしたのにさ。
「もとはといえばお前がいきなり勝手に飛び出したからこんなことになんったんだろ!!」
「ああ?自分が木の後ろに隠れれば大丈夫ゆうたからやろが!」
「確かに言ったけどまだ話してる途中だったろ!! 俺はあの猪が立ち去るのを待とうとしてたんだよ!!それにお前だってあの太い木が簡単に折られるなんて思ってなかっただろ!! お前だってそこんとこ見誤ってるじゃん!! だいたい飛び出すにしたってタイミングがあるだろ!! どっちかが囮になってどっちかが切りつけるとかさ色々あるだろ!!!」
「ああ、おかんみたいにぐちぐちうっさいのぉ。次からはサクッとぶった切ったるわ。この猪かて結局一発でぶった切れたんやし。ごちゃごちゃ言っとらんとサクッと切ればええんや」
はあ、だめだ。
脳まで筋肉とはこのことだな。
話にならん。
付き合ってらんねえわ。
「はいはい、わかったわかった。次からそうしてくれ。次からお前が勝手なことして危なくなったら俺はお前を置いて逃げるからな」
「別にええけど、次もサクッとぶった切ってサクッとやってワイだけスキルゲットや。今回は[忍耐]ってスキルやったから別にいらんねんけどな」
あれ?そういえば俺も[忍耐]のスキル獲得してたな。
別にとどめを刺さなくてもある程度ダメージを与えてたら倒した判定がもらえるのかもしれないな。
[メモリー]を使ったわけじゃないしたぶんそうだろう。
「それなら俺もゲットしたよ。ある程度ダメージを与えてたら倒した判定になるみたい。結構便利だね。」
「なんや、おもんないの」
「[忍耐]は疲労やダメージを軽減してくれるみたいだね。どうりであんなにバシバシぶつかってるのに耐えられるわけだよ。」
「まあ、一発でぶった切ったから[忍耐]なんて関係あらへんかったけどな」
まだ言ってるよ、一発で仕留めたのが相当うれしかったみたいだ。
とりあえず水は確保できそうだしこの猪を今日の飯にしたいところだな。
……これ食べれるんだよな……?
「なあ、水も見つかった事だし、一旦洞窟に帰ってこの猪食べるってのはどうだ?たぶん焼いたら食えるだろ?」
「ああ、そやな。なんでもええけど」
二人で汲めるだけの水をせっせと汲んでバッグにしまった。
猪はトーマに半分に切ってもらって内臓を取り出して水で洗って半分ずつ持っていくことにした。
「結構重たいな、頭と内臓と血の分軽くなってるはずだけど三、四十キロはあるよね?」
「そやな、まあでもワイは全然余裕やけどな」
「はいはい、わかったわかった」
あれ?急に猪が軽くなったような――
「おい!!なんかおるで!!」
猪が軽くなったんじゃない!
持ってた足から先の半分がなくなってる!!
くっそ、油断してて全然[感知]のスキルを意識してなかった。
次から次といったいなんだ!?
二人は荷物を投げ出して剣を構える。
そして[感知]で気配を探る。
すると小さな動物を見つけた。
「なんだ……? リ、リス……?」
一匹のリスが目を光らせてこちらを見ている。
するとピョーンピョーンと助走をつけるように二回飛び、三回目で一気に突っ込んできた。
身構えて軌道を目で追ったが投げ出した猪の足先に目掛けて飛んだようだ。
リスの歯が猪の肉に触れた瞬間猪の肉は消え去り、リスは勢いを殺さずそのまま通りすぎた。
「なんだ? 見えたか? あの肉の塊が一瞬で消えちまったぞ!」
明らかに頬袋に溜め込める量じゃない。
あのリスの体積なんか10倍くらい余裕で越える量を一瞬で消し去るなんて一体どうなってやがる!
「おいおい、しかも一匹じゃないぞ!! 猪の血の匂いに誘われて寄ってきたんだ!」
「ああ、ほんまや。四匹……いや、五匹やな。」
くそ、数がおおい。
一斉にかかってきたらとてもじゃないけど捌ききれない。
だが次の狙いはわかってる。
多分トーマの持ってきたもう半分の猪の肉だ。
「トーマ、奴らの狙いは猪の肉だ。二回助走で飛んで三回目でまっすぐ肉に突っ込んだ来るはずだ。それに合わせて一匹ずつでもいいから倒さなくちゃいけない。できるか?」
「ほう、よく見とるもんやな。そんなん簡単や」
俺は急いで剣と脇差を入れ替える。
ロングソードじゃ重みで振り遅れて捉えることができないかもしれえない。
それに切れ味だって少し不安だ。
相手が小さくてリーチも短いから脇差のほうがいいはずだ。
注意深く五匹がすべて視界に入る位置で肉との位置関係も考えてジリジリとポジションを移動する。
リス達もこっちの殺気を感じてるのか慎重にこちらをうかがっている。
すると最初の一匹がピョーンと跳ねて遅れて二匹がピョーンと跳ねて肉めがけて飛んできた。
かなりのスピードだが、目で追えないスピードではない。
最初の一匹がちょうど俺と肉の位置関係がよく、タイミングを合わせられそうだ。
「おりゃあああああ」
ザシュ
俺が一匹を切り伏せたタイミングで二匹が同時に突っ込んできた。
力いっぱい大振りで刀を振ったせいで体制が悪い。
しかもその内の一匹は俺と肉を挟んだ射線上に突っ込んできている。
やばい!
大きく踏み出したせいで射線に入ってしまった。
回避しようにも間に合わない!
肉を奪ってそのまま俺に攻撃してくるのか!?
俺はできるだけ縮こまり的を小さくして身構えたーー
だが知ってか知らずかトーマがその一匹を捉えて切り伏せる。
ザシュ
「すばっしこいやっちゃ」
もう一匹は肉を半分消し去りその勢いのまま反対側に飛んでしまった。
どんなカラクリなんだ……?
あんなの生身に食らったらどうなっちまうんだよ!
しかも今度はトーマがリスと肉の射線に入った上にリスに挟まれてしまっている。
トーマに忠告する間もなく最悪のタイミングで今度は三匹同時にピョーンと助走を初めた。
脇差を左手に持ち右手で剣を抜き、反対側に飛んでいたリスめがけて投げつけた。
うまくタイミングを外させ助走を止めることに成功しトーマに指示をする。
「トーマ、そっちの頼む」
「ああ、まかせときっ――」
ザシュ
返事と同時にうまく一匹を切り伏せてくれた。
ザシュ
俺も一拍おいてもう一匹のリスを切り伏せる。
「あと一匹!」
「あれはワイの獲物や」
仲間が四匹もやられているのに目をぎらつかせて肉にしか目が行っていないようだ。
今度もお決まりの助走をして肉に飛び込んだところをトーマが切りつけて倒した。
「ふう、何とか凌いだね。肉は四分の一になっちゃったけど」
「ワイの分は何とか守ったけど、自分は今日飯抜きやな」
「はあ? たまたま俺が持ってた分が盗られただけで別にどっちのとか関係ないだろ。それに二人で食べても一回で食べきれる量じゃないだろ」
「ワイが本気出したらこんなんペロリやけどな。まあ、次はちゃんと[感知]でちゃんと警戒しとくんやな」
お・ま・え・も・な!
くっそ腹立つな。
何でこんなに煽られなきゃなんないんだよ。
だいたいお前年下だろ。
だめだ、おなかが減ってるから余計にイライラしてきた。
はあ、こんな時にコーラとポテチがあればなー。
そういえばあのリスどうやって肉を消したのかと思ったら[異袋]ってスキルだったのか。
異空間にアイテムを保管できるスキルみたいだ。
生きてる物は保管できないみたいだな。
猪の肉は生きてるものじゃないから一瞬で[異袋]に入れれたのか。
なんだよ、リスのやばい攻撃かと思ったけど全然大丈夫だったんじゃね。
無駄にビビったわ。
早速残り四分の一の猪の肉を胃袋にしまった。
「おい、ワイの肉をどこにやったんや」
「はあ? [胃袋]のスキルでしまっただけだよ。お前も[胃袋]ゲットしただろ?」
「ああ、なんや。沢山食べれるようになったんおもたわ」
「とりあえずバッグとかも仕舞えるみたいだからしまっちゃいなよ」
「ああ、ほんまや。めっちゃ便利やん」
マジかこいつ。
自分で獲得したスキルの効果の把握もままならないとは……
先が思いやられるな。
今度は[感知]で警戒しながら進み、無事に洞窟にたどり着いた。
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