エピローグ

 ヒロインとの対決に勝利したサリーは、これでようやくゲームでの悪役令嬢という役から解放された。


 晴れて学園生活どころか人生を謳歌できるようになったわけだが、一難去って一難とはよくいったものだ。厄介事は簡単にはなくならない。


 窓から差し込む朝日に刺激されて覚醒したサリーが目を覚ました。すると、ベッドの脇から声がかかる。


「やぁ、おはよう!」


「おはようございます。どうしてあなたがいるのかしら?」


 麗しい朝に見たくもない妖精から挨拶されてサリーがため息をつた。ベッドの上で起き上がると肌寒い。朝はまだいくらか冷えるようだ。


 そんなサリーの様子など無視してリトルキッドが語りかける。


「どうしてって、今日もお願いしにきたからさ。ボクと契約して魔法少女になってよ!」


「ですから何度も嫌だと言っているでしょう! この学園にはもう悪い子なんてほとんどいないのですから、契約する必要などありません」


「何を言ってるんだい。毎年新入生の中には悪い子がいるじゃないか」


「去年も今年もどうにかなったんですから、来年も大丈夫です」


 脇に畳んで置いてある毛織物を肩にかけるとサリーはベッドから下りた。窓際へと寄ると青空がよく見える。今日も良い天気だ。


「えー、でもその次の年はどうするのさ?」


「そのときの在校生が何とかするでしょう。大体、二年後なんて私は卒業しています」


「ちぇっ、気付いてたか。けど、きみなら立派に務めを果たせると思うんだけどなぁ。あ、卒業してからも魔法少女ってできるよ?」


「やらないと言ってるでしょうに」


「もう少女じゃなくなって」


 リトルキッドが言い切る前にサリーが肩からかけた毛織物を投げつけた。


 余裕でそれを避けた妖精はまた後でと言い残すと消える。


 不機嫌な様子で妖精が消えた辺りを睨んでいたサリーだったが、ドアがノックされたので慌てて毛織物を拾い上げた。


 姿見の前で着替えを持ってきたメイドに服を着替えさせてもらい、次いで用意された朝食を取り終わると学舎へ登校だ。


 同じ学園の敷地内にあるため、登校は従者なしの一人である。甘やかされた子弟子女を自立させるための教育の一環らしいが、サリーは最初から慣れたものだ。


 ただ、最近は登校中に困ったことがよく起きるようになった。たまに自分以外の人影がなくなることがあるのだが、そんなときに限ってナイアが絡んでくるのだ。


「サリー! 今日こそ決闘の約束を受けてもらうわよ!」


「毎度飽きませんわね。何度もお断りしていますでしょう」


 物陰から飛び出して行く手を阻んだナイアにサリーはため息をついた。


 腰に両手を当てたナイアが元気よく話しかける。


「決闘して魔法少女としてどちらが上かはっきりさせないと、すっきりしないじゃない」


「そんな理由のためにまたあれで殴り合いをするなんてまっぴらです」


「やられっぱなしはイヤなのよ!」


「あれはあなたが悪いでしょう。落ちていた宝石もどきを不用意に触ったのですから」


「うっ。そ、それはそうだけど、あんなのが落ちてたら拾っちゃうじゃない! 宝石よ!?」


「百歩譲って宝石を拾うのは仕方ないとしても、決闘は無理です。滅びの杖はもうリトルキッドに返しましたから」


 あの夜での戦いの後、サリーは役目は果たしたとばかりにあの武器を妖精へと返していた。そのまま持っていたら何をさせられるかわかったものではないからだ。


 そうやって不毛な話をしていると、二人の頭上に見慣れた妖精が現れる。


「呼んだかい?」


「呼んでいません。お帰りください」


「つれないなー。滅びの杖はいつでも貸し出せるよ?」


「いりません。それに、非常用の武器をそんな簡単に貸し出そうとしないでください。大体、あれを借りても私は変身できないので勝負にならないでしょう」


「短時間ならボク頑張れるよ?」


「もっと別のところで頑張ってください」


 どちらも頑張る方向を間違えているとサリーは肩を落とした。魔王の封印が解けてしまわないか少しだけ不安になってしまう。


 このまま話を続けていたら遅刻してしまうことに気付いたサリーは、ナイアを迂回して先に進んだ。


 それを見たナイアが怒る。


「まだ話は終わってないわよ!」


「遅刻したら事ですわよ。特にあなた、夜更かしのしすぎで一限目の授業は結構危ないらしいではないですか。特待生の身分を返上となると学費が大変ですわよ?」


「な、なんでそれを知ってんのよ!?」


「これでも色々と人からお話を聞ける身分ですから」


 すれ違いざまに悪い笑顔を相手に向けてサリーは学舎へとそのまま足を向けた。


 ナイアは愕然とした表情を浮かべて立ち尽くす。しかし、すぐに立ち直って追いかけた。


 今朝もいつも通りだ。これからもこんな毎日が続くことを信じて、サリーは軽い足取りで歩き続けた。

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悪役令嬢に転生してしまいましたが、撲殺エンド回避のためならヒロインと手を組むことも厭いません!え、変身しないと避けられないんですか!? 佐々木尽左 @j_sasaki

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