冥府魔道を終えて 1/7
それぞれに家庭を持っていた父と母の間に生まれた不義の子。どちらもが親となることを拒み、本来与えられるべき愛情も知ることすらできなかった
そんな彼を不憫に思った人物が居た。
そんな養父も裁を引き取った時点で老齢の域にあり、自分が中学を卒業すると同時にこの世を去った
そうして自分は養父の残した一軒家で彼は独りぼっちとなった
そんな生い立ちであるからこそ、幼い頃から学校という閉鎖空間に自分の居場所はなかった。同級生からは迫害の対象となり、教師は不義の子である自分を偏見の眼差しでみる
それがどうした。有象無象が群れて騒いだところで雑音でしかない。自分はこの程度で傷つきはしないし、孤独に苛まれた事もなかった
それもわからない連中が自分をいじめたりもしてきたが、大概は羽虫がちらつく程度のものであり、そうではない目に余るものには相応の対応をさせてもらってきた。学校の外に少しでも目を向けてみれば、いくらでも対応策というものは見つかるもので、気がついたら立場が逆転しただけなら優しいもので、転校を余儀なくされた者もいるし、一足早く現世を卒業した者も居たはずだ
そんな事をしている内に、自分は触れてはならない存在として扱われるようになり、当然のように孤立した。孤独感に思い悩んだことはない。むしろ静かな時間を過ごせて、清々するというものだった
このまま永遠に独りであってもいいと思っていた。余計なものに関わることなく、ただ自らとだけ向き合っていれば、それは実に気楽な人生ではないか
そう思っていた裁の人生にも転機が訪れる。それは高校入学直後のことだった
自分が割り当てられたクラスに、自分以外にも孤高の人が居ることに気がついた
野獣のような金色の髪に、色素の薄い白い肌の上には派手派手しい刺青が彫り込まれた、違う世界観から迷い込んできたような危険な香りを放つ男だった
『よう、同輩。高嶺の花同士、仲良くしようぜ』
彼、
高校生という若さでありながら、道を踏み外して真っ当でいられなくなった連中を纏め上げひとつの集団とし、夜の街において大人たちと対等に渡り合えるほどの一個の勢力を築き上げた裏社会のカリスマ。成長過程の若者たちの中に紛れているのがおかしなくらいに突き抜けた享楽主義者
気がつけば自分は彼と友情を交わし合うようになっていた。過ちから生まれた自分と、悦楽のために外道をひた走る俊はけして趣味嗜好が一致しているわけではないというのに、まるで竹馬の友のような関係を結ぶまでに至った
俊は自分が知らない世界を見せてくれた。酒に女にドラッグ。どれも手を出さなかったが、明らかに道を踏み外している俊を咎めるような事もしなかった
彼の生き方はけして褒められたものではないが、そのことについて自分はとやかく言うつもりはない。彼は道は外れても筋だけは通す人だったから
それと、俊と出会うよりも少し前に、もう一つ大きな変化が訪れた。隣の家に住む幼馴染の少女、
高宮は家が隣同士ということもあって、幼稚園の頃から親交のある幼馴染で、シングルマザーの家庭に生まれたということもあっていじめられていたところをよく庇い立てしたという経緯からそれなりに仲良くやっていた気がする
しかし小学校を卒業して中学生となり、月日が経つに連れてお互いの関係は変化していく
元々素材は良かったが、大きくなるにつれて高宮の容姿は洗練されていき、中学生も半ばになる頃には学校一の美少女となり、気がつけばスクールカースト上位の人間となっていた。それに対し自分は見ての通りの陰キャに加え生い立ちが生い立ちなため、スクールカースト下位どころか底辺と言っても差し支えない立場にあった
当然、二人の関係は離れていき、二年生に上がる頃には挨拶すらしないくらいには疎遠となっていた。が、別に自分はそのことを気にしたことはなかった
幼馴染と言えど所詮は他人。生涯を共にするものもいれば、学生時代を終えれば二度と会うこともない場合もあるだろう。これで自分が彼女に恋心を抱いていればまた話も変わってきただろうが、別にそんなことはなかった
故に彼女の事はあくまで隣の家に住む隣人程度で記憶にとどめておいたのだが、中学校を卒業すると同時に養父が亡くなり、彼の葬式に件の彼女が出席してきたのだ
そして、葬儀を終えた後に自分にこういったのだ
『ごめんね……私のせいで、さっちゃんを傷つけた……』
気味が悪かった。この女はいったいなにを言っているのだろうか
おそらくは中学校で距離を取っていたことについて謝っているのだろうが、彼女には彼女の付き合いというものがあり、その輪に自分は不釣り合いであるのだからそれを切り捨てるのは至極自然な選択ではないか
それに自分が傷ついたというのはいったい何の話だろうか。彼女に傷つけられた覚えなど欠片もないのだが、いったいどんな妄想を働かせたのだろうか。それともなにかショックな出来事があって現実と空想が混ざりでもしただろうか
そしてそれをなぜ今更に蒸し返すのだろうか。過ぎたことは過ぎたこととして消化することはできないのだろうか
女々しいという言葉がある。今の時代だと男性の方がこの言葉を向けられる事が多いが、この時に限って言えば高宮は実に女々しい女であった
正直に言えばこの場で関係を清算し、以降の付き合いを断つことも考慮に入れるレベルで恐怖を感じていた。しかしこの女は自分の知らぬ間に今際の際の養父と会っており、彼から自宅の合鍵と自分の今後をよろしくされたらしい。その行動は実に狡猾で巧みと言わざるを得なかった
所詮は故人の遺言として無視してもいいのだが、自分は養父の事を尊敬し、親として愛していた。自分が生まれるよりも以前に自身の子や孫を失い、独りきりになりながらも血の繋がらない自分を拾い育て上げてくれた彼に恩義があった
故に自分は養父の遺言を無視する事ができなかった。結果、自分の生活に高宮という女は深く食い込むこととなる
朝は目覚ましよりも早くに高宮に起こされ、朝食は二人で作るところから食べるところまで済ませ、学校へ向かうのも、学校から帰るのも、夜寝る時以外は常に高宮が傍にいた。それは平日のみならず休日も、お互いに何か用事ができない限りはずっと一緒にいた
これが流行りのヤンデレというやつか。自分の知らない内に幼馴染はヤンデレとなってしまっていたらしい。どうせならもっと別の、彼女に相応しい相手に病んでほしいものだ
まあ彼女が世話をしてくれるおかげで独りの時間と引き換えに生活は楽になったわけだから、仕方ないと諦めて受け入れることにした。どうせそのうち飽きて離れるだろうという算段もあった
しかし彼女は一年経っても通い妻を止めることはなく、今もこの関係は続いている
とまあ、一癖どころか二癖もある濃ゆい友人と幼馴染に挟まれながらの高校生活は多分に問題を抱えてはいたが、悪くはなかったと思う。卒業までこんな日々が続いてもいいんじゃあないかくらいには考えていた
しかし、そんな日常は続くことはなかった
高校最初の春休み。自分は異世界という非日常に巻き込まれることとなった
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『どうかこの世界をお救いください、勇者様』
と、見目麗しい法衣を纏った六人の美女に、自分を含めた全く共通点の見当たらない七人の若者たちは媚び諂うような声色でそう言われた
どうやら自分たちは現代社会を離れ、どこかもわからない異世界とやらに呼び出され、世界を破滅させようとする魔王と戦い世界を救うための旅にでなければいけなくなってしまったらしい
春休みを迎え、これからの約一ヶ月をどう過ごそうか自室で計画を練っていたところ、突然溢れ出した光に包まれ、気がつけばこんな三文小説の導入みたいな状況だ。とんだ事に巻き込まれたと思ったし、正直に言って胡散臭いとしか思えなかった
拉致同然に連れてこられたという前提のせいでマイナスイメージがついているというのもあるが、真に世界を救おうと思うならもっと相応しい人物を招くべきであり、ティーンエイジの若者なんかに任せるべきではないだろう
まあ彼女らの思惑がなんであれ、世界の命運なんて自分には関係のないことだった
本来召喚される予定だったのは六人。そして召喚された異世界人は内に秘めた潜在能力に目覚め、チートみたいな力を扱えるようになるらしいが、自分にはそんな力は存在しなかった
つまりはそういうことだ。自分が召喚される予定はなく、偶然にも巻き込まれたイレギュラーであり、世界の命運を背負う勇者なんかじゃあないらしい
世界が変われど、無能に対する視線というものは変わらないらしい。自分たちで呼び出しておきながら異世界人たちは自分を居ないものとして扱い、同郷の人間は自分のことを無能だと蔑んだ
別にその事に思うところがあるわけではない。他者から悪く見られることなんて慣れたものだから
それよりも自分が頭を悩ませていたのは、如何にして地球へ帰るかということだ
はっきり言って異世界はどうしようもないくらいに最低最悪の世界だった。あらゆる生命が狂っていて、朝も夜もなく永遠に黄昏時が続くイカれた世界。おまけに文明は現代社会相応に発展はしているものの細かいところで手の届かないというじわじわとストレスを溜める不便な生活環境に加え、人類の生活圏が異常に狭く、それ以外は常に命の危険が付きまとう危険地帯ばかり。よほど頭がハッピーセットでもなければこんなとこに居たいと思わないだろう
自分以外の勇者は降って湧いた超常的な力に酔い痴れ、みんな頭がハッピーセットになっていた
そんな同郷の連中にも、異世界人にも付き合いきれず、自分は一人で地球へ帰るための手段を模索し始めた。だが事はそううまく進まなかった
世界間を移動するような術は一般には存在しておらず、そもそもこの世界の人間で会話が成立するものというのが極めて希少であり、情報収集どころか普通に生活するのも困難だった
転機が訪れたのはかつて滅んだ大帝国の廃都にある、大図書館跡地を訪れたときのこと
遺された古い文献を探っていると、大昔に世界に反逆した神子に関する記述があったのだ
彼女がどうして反逆したのかはわからないが、それ以前は筆頭神子として最も神に近い存在とまで言われていたらしく、当時の神子たちが総出でかかっても殺しきれず、どこか暗い地の底に封じられることとなったらしい
彼女の事をより深く調べようと考えた事に大した理由はない。一向に帰還の目処がつかず、漂う閉塞感をなんとか打破したいと考えただけに過ぎない。だがこれが功を奏したのか、彼女の事を探っていく内に、自分は秘匿され続けていた世界の真実の一端に触れることとなる
そもそもこの世界はとうの昔に神代を終え、地球のような科学文明へ進む事が約束されていた。なぜかはわからない。だが古の時代に神々はそうなる未来が来ることを確信していたという。そして、そうなることを拒絶していた
勇者と魔王が誕生したのは、そんな神代の継続を望む者たちの思惑に依るものだった
神の如き力と力がぶつかり合う闘争。これによって文明の発展を阻害し、且つ、勇者という神々の代行者の力を誇示することで信仰を深め、さらには異世界という未知の世界の存在を勇者という形で取り込むことでこの世界の勢力を強めようという欲張りすぎる狙いから、異世界召喚と勇者と魔王の闘争という大儀式が生まれたらしい
この事を当時の神官が書き残したという日記から知った自分は、これまでにないほどの怒りを覚えた
自己のために住まう世界すら違えた者を利用し贄とする邪悪な神にも、彼の存在に盲目的に仕える神子にも異世界人にも、無知なまま道化をする同郷の者たちにも、これまでに感じたことのない激情を抱いていた
この時、自分は決意した。必ずや彼の存在の思惑をぶち壊し、相応しい裁きを下してやろうと誓った
しかし自分は所詮ただの人間。神どころか、その下の神子や魔王にすら到底太刀打ちできない矮小な存在に過ぎない。力が必要だった。神の座に手をかけれるほどの強大な力が。故に自分は彼女を探し求めた。かつて世界にただ一人逆らい、抗った神子を
神子が不老不死の存在であることは調査の途中で知ることができた
神という超常の存在から生まれた彼女たちは人とは一線を画す高次存在ともいうべき存在であり、肉体という物質的なものは彼女たちにとって替えの効く器にすぎず、魂が滅ぼされない限り永遠に生き続けるのだという
ならば、彼の反逆の神子もまた生きているかもしれない。生きていれば、彼女の協力を取り付ける事もできるだろう
そうすることでようやく自分はスタートラインに立てる。世界を敵に回し、神を座から引きずり下ろし、ひとつの時代を終わらせるための戦いを始めることができるのだ
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