第4話 デパートの企画展にて
私は旅を終え、日本に帰国した。荷物を整理し、旅の間スマートフォンで管理していた旅日記を読み直したり、撮った写真の画像を見直したりで、数日があっという間に過ぎた。旅の前に以前の仕事を退職していたので、時の流れは緩やかだ。
帰国して数日後、外出から帰ると郵便受けにエアメールが届いていた。ビクトリアンノースウェストペーパー社とある。ローズの勤めている新聞社の封筒だ。送り主の名前はローズ・ウッドワードとなっている。ローズは、メアリーの書簡集が出版される事になったら知らせますと言い、私は自分のメールアドレスと住所を伝えていた。
「書簡集にしちゃ、早すぎだし」
封を開けるとそこには一枚のチラシと一枚の簡素な便箋が入っていた。
チラシはカラー。松宇戸市オリエンタルデパート主催、「松宇戸市の歴史を
仕事を辞めた今、一日、二日位何とか都合がつく。そう思っていたが、実際には年末の様々な用事に時間をとられ、気が付けばあと二日で企画展は終わるというところまで迫っていた。最終日は早く終わるので、最終日の前日に行こうと決めた。隣県ではあるが、そんなに遠くでもなく、日帰りで行ける。
オリエンタルデパートは典型的な地方にある有名デパートの支店だ。華やかな一階のフロアからエスカレーターで上っていくと、企画展のある八階は割にひっそりとしていた。
同じ時期に七階である北海道展にはわんさか人が集まっているのに。まあ、当然かもしれない。松宇戸市は地味な都市だから。自分自身、仕事で一度訪れた事があるので知っているくらい。以前、球団があったという事すら、今回の旅先で初めて知った。
明日でこの企画展は終わりというのに、いや逆に終わり頃であるからこそなのか、訪れている人は少なく、それも高齢の男性ばかりが懐かしむようにパネルを見ている。
この市が戦時中に受けた空襲の被害、戦後の人々の
松宇戸シー・ジェイズの歴史についてのコーナーもあった。私は丁寧に見て回った。青い眼の見た野球チームとしてメアリー・ティーグの写真や例の写真集も展示されていた。
ここで見る彼女の写真集はいっそう小さく見えた。
それでもそこから一件の好意的なブログの記事へと行き着いた。シルバーライフとタグが付くブログ記事だ。
――松宇戸市に久しぶりに行きました。これは河原の写真です。子どもの頃、松宇戸市に住んでいて、よくシー・ジェイズの練習試合を見に行きましたねー。知ってる人は少ないと思いますが、早わざのKこと笠原友幸選手という投手がいまして、僕は彼のファンでした。懐かしいです。今は色々理論重視の選手が多くて、それはそれで今の流れでいいんですが、僕は彼のただひたすら自分の最高の球をビシビシ投げていくやり方が好きでした。今ではホントこんな人いない。彼の球界での一般的評価なんて本来のものでないよな、なんて。――
何かうれしくて胸がスーッとした。そうだ。あの美しい村に起源を有するメアリーという聡明な女性が親愛なるものの一つに選んだ人物なんだから、つまらない人であるわけがない。
そんな思いで、ちょっとここまで遠出ではあったけど、色々この地方の事にも詳しくなったし、来て良かったな、という心地良い気分で出口に向かう。その時だった。企画展の関連商品である写真集や町の特産品等を売ってある受付にいた初老の婦人から声をかけられた。
「あなた、待って。もしかして最近メアリー・ティーグさんの故郷へ行かれたお嬢さんではありませんか?」
「え、どうしてそれをご存知なんですか? あの、どなたでしょうか?」
彼女の手には、私がさっき書いて彼女に何の気なしに渡した一枚の紙、アンケートがあった。松宇戸市オリエンタルデパートの次回の企画展へのご案内をお送りして良い方はお名前と住所をご記入くださいという欄に名前を書き込んでいた。
「私、笠原友幸の長女です。メアリーさんの娘さんからクリスマスカードが届いたんです。久し振りに母親の写真集が取り上げられた事へのお礼もあるんでしょう。その中に一人の若い女性が父の写真の事を聞きに来たと書いてあったんです。今回の企画展にも足を運ぶだろうって」写真の中の笠原友幸と同じ、真っ直ぐで澄んだ眼差しだった。そしてこう続けた。
「良ければお話しませんか? 今晩は私は明日の最終日の準備をしなくてはいけませんが、いつかここに訪ねてきて下されば……」
彼女から渡されたチラシは、ローズがエアメールで送ってきたものと同じだった。彼女が指差したチラシの下部。そこには協賛として新聞社や地方の企業、商店が載ってある。そして彼女の指先がさしているのは笠原鮮魚店という店名。その指は女性の落ち着いた感じには似合わない、苦労したような荒れた指先だった。
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