第1話 謎を追う旅の始まり
村の小さなホテルに泊まっていた私は、その写真集をホテルの主人に見せて尋ねてみる事にした。ホールにある昔ながらの暖炉の火をおこしに来た時に、その写真集の筆者兼撮影者として名前のあがっている女性の事を尋ねてみた。
メアリー・ティーグというのがその名前だ。巻末にあるメアリー・ティーグの紹介には、簡単に彼女がこの村で1938年に生まれ、2011年に故郷で亡くなった事が記されてある。1960年から一年間世界の各地を旅している事も。発行元となっている会社の住所はこの州の州都の近郊となっている。
無愛想な中年のホテルの主人は、「地元じゃ有名だったみたいだけど、よくは知らんね」と素っ気なかった。彼が
夕方帰って来た妻に聞くと、メアリー・ティーグは、ある時期この村ではちょっとした有名人だったが、自分達は彼女の子どもの世代であり、有名になった
彼女の子ども達とは、少女時代何度か交流はあったものの、家も近くなく、さほど親しくなかったので、知っているのはそこまでだと言う。「でも」と続けた。「ホテルの仕事を手伝っている甥っ子なら詳しいから聞くといいよ」と袖を
「あのお屋敷のおばあさんから聞くいろんな昔話、この土地の古い話や若い頃訪れた土地で出会った外国の人達の話を聞くのが好きだったからね。甥っ子は仕事でここから飛行機で何時間もかかる場所へ出かけてるんだけど、明日の夕方には帰って来るよ」
その言葉を聞いて、私は思いもよらず、この土地に延泊する事となった。
ホテルの主人はたどたどしい英語で「お嬢さん、旅先に来てまで書店で本を読むなんて感心なこったね。こっちゃ子どもの頃読まされた本だってあまり理解出来てないのに」等とブツブツ
田舎の夜の
ホテルの主人夫婦の甥、アーロンは翌日の晩に帰って来るとの事だったので、私は翌日の朝から午後までのスケジュールが空白となった。それで朝から写真集の発行元である地方紙の新聞社、ビクトリアンノースウエストペーパー社を訪れる事にした。そこに出版物の一般展示室やカフェもあるとウェブに載ってあったったからだ。念のため新聞社に電話してみると、午後であれば、社員の説明も聞けますとの事だった。
そのためには州都近郊の町まで四十分かけて列車に揺られなくてはならない。
駅へ向かう途中、バスでメアリー・ティーグの住んでいた屋敷と聞かされた場所の前を通り過ぎた。メアリーが亡くなってからはこの村の彼女の広い邸宅に住もうとする親族はいなかったようだ。これは昨夜、ホテルで聞いた話。かろうじて庭園だけは誰かが世話をしているようだけど。
写真集の出版には、メアリーの末っ娘が関わっている。この末っ娘が地方紙の新聞社に勤めていたおかげで、その新聞社を通じてメアリーは晩年のレシピ本等全ての本を出版する事が出来たのだとホテルの主人の妻の方が噂話の延長と前置きしたうえで話してくれた。私はメアリーの末っ娘の事を聞いて、きっと謎の写真について何らか知っているだろうと確信していた。
その間に実は文明の力を頼っていた。つまり、日本の質問アプリで、例のKの写真を写メった画像を載せ、「これは誰ですか?」とアップしてみた。でも半日たってもパッとした回答はつかない。ついた回答と言えば、「知らないけど、〇〇選手に似ています」という年代を無視し現役選手をあげる回答。もしくは「〇〇球団にいた□□選手ではないですか?」と明らかに違う往年の選手の名をあげる回答。
ところが、翌日、私が列車でメアリーの末っ娘の勤める新聞社へ向かう途中、1つの回答がついた。
――松宇戸シー・ジェイズにいた笠原友幸選手です――
それだけの回答だったが、確かによく見ると写真の袖にいてあるKASAHARAという名前の下に小さく見えるロゴはJaysという文字だ。この回答には
早速この名前で検索すると、以前の検索と同様に同じ名字の別な選手の情報ばかり出てくる。だが一件だけプロ野球選手名鑑の中の情報が出てきた。1935年生まれで1985年没なので、短命だったようだ。またプロとして活躍していた時期は1955年から1963年までと書いてあるから、割に短いプロ生活だったようにも思う。Jaysという球団自体も九年しか存在せず身売りされたらしいし。
つまりメアリーが世界各地を旅していた時期に笠原選手は現役選手だったのだ。その事に私は注目せざるを得なかった。もしかしたら一番笠原選手の油がのっていた時期かもしれないと。そしてそれは笠原選手が二十五才で、メアリーが二十二才の時。恋愛関係があったとしてもおかしくない。写真集の写真の中で少しはにかんだようにバッティングフォームをとっているは、好きな人の前だから? それとも単に陽の光が
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