第19話
カーテンの隙間から差込む陽射しで目が覚めた。目の前には天使が安らかな寝息をたてて眠っている。
紗佳さんと迎えた初めての朝は、幸せという言葉の意味を噛みしめるのに十分なものだった。す
僕はふと、昨夜のことを思い出した。
初めて紗佳さんと結ばれた時、彼女は泣きながら「もっと強く壊れるくらい強く抱きしめて」と囁き、そして僕の背中に両手を回した。それからも何度も何度も。
きっとそれは彼女の愛情表現で、自分が「愛してる」と「愛されてる」ということを確認していたのだろう。
辛い経験をし、愛することも愛されることも不慣れになってしまった彼女。折れてしまった天使の羽根は二人で時間をかけて癒やせばいい。そう思った。
僕は彼女の背中に手を回したまま、その柔らかで暖かな温もりに身を委ねていた。
やがて僕の腕の中で、窮屈そうに左手を上げ、両目を擦りながらあくびをする彼女。目が合った瞬間に少し驚きながらも恥ずかしそうに「おはようございます」と言った。
このシチュエーションで丁寧語なのがいかにも紗佳さんらしい。
「おはよう、紗佳さん。あのさ、ちょっと大事な話があるんだけど起きてもらっていい?」
「大事な話?」
「そう。寝たままでするような話でもないからさ」
「……はい」
ちょっと不安げな顔で起き上がる彼女。被っていた布団がするりと床に落ち、緩やかな曲線をまとった白い上半身が露わになった。
「きゃ!!」
真っ赤な顔をして右手で胸元を隠し、左手で手元のシーツを手繰り寄せる。
あたふたしながらその小さな身体にシワシワのシーツを巻きつける姿は何とも可愛かった。
紗佳さんは胸から下をシーツで巻き付けた状態でベッドにぺたりと座った。きれいな鎖骨と白い肌がとても眩しい。顔は真っ赤だけどね。
「んもー、あんまり見ないでくださいね」
「ごめんごめん。あまりに綺麗で見とれてました」
僕の言葉にいちだんと頬を染める彼女。
「何なんですか、話って?」
「うん、ちょっといいかな?」
そう言いながら僕は彼女の左手を掴んた。そしてゆっくりと中指に光る指輪を抜き取った。
「えっ……」
戸惑う彼女。
僕は「コホン」と小さく咳払いをして彼女の目を見た。
「紗佳さん、僕と結婚してください」
「……」
突然のプロポーズ。彼女は感極まって言葉が出てこないようだ。言葉の代わりに瞳から涙が溢れ出す。
僕は彼女の瞳を見ながら、もう一度ゆっくりと繰り返す。
「紗佳さん、僕と結婚してください」
「……はい」
ぽろぽろと真珠の涙を流しながら笑顔で答える彼女。
僕は彼女の左手を手に取ると、先程外した指輪を薬指にはめ直した。
そのまま左手ごと彼女を手繰り寄せると彼女がゆっくり近づいてくる。
初めて彼女を見た時のように周りの世界がスローモーションになった。そぉっと優しい口吻を交わす。
優しく優しく……
「強く抱きしめなくても、僕はずっと紗佳さんの側にいます」
その言葉に彼女の両手がストンと落ちる。
「だからね、紗佳さん、もう泣かないで」
【完】
Angel,Don’t cry! きひら◇もとむ @write-up-your-fire
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