第18話

どれくらい一緒に泣いていただろう。

彼女が大きく鼻をすすった。


「やだ、こんな顔見ないでくださいね。恥ずかしいから」


僕の視線に気づき、頬を赤らめる。


「ねぇ、紗佳さん」


「はい」


「僕の未来を紗佳さんに捧げます。だから紗佳さんの未来を僕にください」


「えっ?」


「僕は紗佳さんの今も、紗佳さんの過去も受け入れます。だから紗佳さんの未来を僕にください」


「……」


「僕には紗佳さんじゃないとダメなんです。僕じゃダメですか?」


「……」


「子供は授かりものです。いろんな相性もあるし、結果でしかありません。それよりも大事な人と一緒になれない事の方が悲しいことだと思います。僕は初めて紗佳さんに会った時から恋に落ちました。紗佳さんの笑顔に心奪われました。恥ずかしくて目を合わせることさえできなかった。でも、紗佳さんと話したくて会いたくて頑張ったんです。初めて電話をした時も初めて二人で会った時も心臓が破裂しそうなほど緊張しました。でもその度に紗佳さんの声を聴き笑顔を見て僕は幸せになれたんです。

だから僕はずっと紗佳さんの横でその笑顔を見ていたいんです。一緒に笑っていたいんです。

だから紗佳さん、

あなたのすべてを僕にください」


そう言いながら僕は彼女を抱きしめる。彼女は声を震わせながら耳元で囁いた。


「こんな私なんかでいいの? 千葉さんのこと、好きでいていいの? 愛してもいいの?」


「はい、ずーっと愛してください。僕も紗佳さんを愛し続けますから」


「……」


紗佳さんはコクリと頷くと僕に抱きつく。

もう言葉は必要なかった。

僕たちは互いの気持ちをぶつけるように強く強く抱き合った。



暗い部屋の中、気がついたときには僕は彼女と肌を重ねていた。


カーテンの隙間から差し込む僅かな明かりに、柔らかな曲線を纏った彼女の白い身体がぼぉっと浮かび上がる。


「紗佳さん、とても綺麗です。息が止まりそうなくらい」


僕は頭の先から指の先まで、彼女の身体のすべてを指と唇で優しく触れてゆく。そうすることで彼女がこれまでに纏った苦しみと悲しみを剥がし、幸せになれるような気がした。


「あ、紗佳さん、これ」


彼女の左手にくちづけた時、中指がミントグリーンに光った。僕がプレゼントした指輪だ。


「うん。千葉さんからもらった指輪だからずっとつけてたの。未練たらしいでしょ? 自分から会わなくなったのにね。この指輪を外したら本当に二度と会えなくなりそうで怖かった。寂しくて千葉さんに会いたくて毎日泣いてたけど、この指輪をしていたらいつかまた会えるかなと思ってたの」


僕は彼女の薬指にそっとくちづけた。


やがて彼女の白い裸体にほんのりと紅みが差してきた。次第に熱を帯び、吐息が零れる。


「千葉さん」


「はい」


「本当に私でいいの? おばちゃんだし、シワもシミもあるし、胸もお尻も垂れてきてるし……」


「はい。初めて会った時からずっと好きでした。いつも僕を幸せにしてくれました。紗佳さんは僕の天使です。だから何があっても離しません」


「ありがとう。こんな私だけどよろしくお願いします」


紗佳さんは少しはにかみながらペコリと頭を下げた。


「あ、それからね、あのね、千葉さんとこうして抱き合ってるだけで、身体が熱くて、それでね、あの、その、とっても気持ちいいの……」


顔を真っ赤に染めて恥ずかしがる彼女。

バツイチでも、六歳年上でも、シワやシミがあっても、胸やお尻が垂れても、やっぱり紗佳さんは僕の天使だった。

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