第17話

「……ごめんなさい」


ガックリと俯いたまま彼女が力なく呟いた。


「千葉さんは何も悪くないのにね」


ゆっくりと顔を上げると涙に濡れた顔で微笑んだ。あまりにも悲しい笑顔に僕の胸が痛む。


彼女は少しずつ落ち着きを取り戻すと、自分に言い聞かすようにゆっくりと話し始めた。


「私の夫だった人は、高校の2コ上の先輩で私の初恋の人。6年つき合って23で結婚したの。毎日幸せだった。彼の実家は商売をしてたから、『早く跡取りを』って孫を欲しがってね。でもなかなか子供はできなかった。そしたらある日突然、彼が病院に検査に行こうって言い出して……。検査を受けたら、……私の身体は極端に子供が出来にくいってことが分かったんだ。

それからかな、夫婦関係がおかしくなっちゃったのは。

あの人に抱かれても何も感じなくなってね。そのうち言葉には出さないけど、彼の両親からも離婚するようにプレッシャー掛けられて。

でも、そうだよね。私みたいな子供の出来ない嫁なんて要らないよね」


「だから離婚したんですか」


「そう。でもね、もう絶望しかなかった。離婚しても何も変わらないの。たとえ好きな人と結婚しても子供ができない。それはその人の未来を奪うようなもの。だったら私にはそんな権利は無い。好きだからこそ一緒になってはいけないの……。私には誰かを愛することさえも許されないの」


「そんな……」


「あの日はね、たまたま街で彼を見かけたんだ。隣にはお腹の大きい女性がいてね。そのお腹を大事そうに擦りながら楽しそうに話している二人を見たら自分が惨めになって……。ついついお酒を飲みすぎちゃったの。鹿島さんに誘われたときには『もうどうにでもなれ』と思って……。それにね……寂しかったの。千葉さんと会えなくなって本当に一人ぼっちになっちゃったから……。だから誰かに側にいてほしかった。誰かに抱きしめてもらえたら寂しくないかなって思ったの。

でも、何も変わらなかった。抱かれてても何も感じなかった。心も身体も寂しいままだった。自分でもバカなことをしたなと思うけど、それと同時に思ったの。『私は心だけじゃなくて、身体さえも人を愛することができなくなったんだ』ってね」


突然彼女は顔を上げて僕を見た。


「だから……千葉さんとは終わりにしなければならなかったの。千葉さんの未来を奪いたくなかったの。ごめんね。私、千葉さんと会うたびにどんどん好きになってたから。でも好きになっちゃいけないんだって、ずっと我慢してたから。

でもね、やっぱり忘れたくなかった。ほんとは会いたかった。ずっと一緒にいたかった。あなたのことが大好きだから……」


そして「ごめんなさい。ごめんなさい」と何度も何度も繰り返しながら子供のように泣きじゃくった。

バツイチも六歳年上も関係ない。そこにいたのは傷ついたひとりの女性だ。

僕はいつまでも泣きじゃくる彼女をそっと包み込むように抱きしめ、そして、一緒に泣いた。

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