第16話
初めて入った彼女の部屋は、ファブリックがペールグリーンで統一されていて、シンプルながらもとても落ち着くものだった。
僕は紗佳さんに言われるがままベッドを背もたれにして座り、渡された羽毛布団にくるまっていた。小さな部屋はエアコンの暖房とホットカーペットであっという間に陽だまりのようになった。
「寒かったでしょ。これ飲んで暖まってくださいね」
オフホワイトにペールグリーンの太いラインが入ったカップには熱々のコーンポタージュが注がれていた。
ズズズと音を立てて飲み込むと、全身にその熱が行き渡っていくのを感じた。
「はー、生き返るぅ」
僕のその言葉に彼女はホッとしたように微笑んだ。そして一息ついてから少し怒った口調で言った。
「もぉー、ホントにびっくりしたんですからね。唇は紫色になってるしブルブル震えてるし。なんでこんなことしたんですか!」
「迷惑掛けてごめんなさい。でも俺、どうしても紗佳さんに会いたくて、顔を見たくて、話がしたくて、気がついたら家の前に来てました」
彼女はお揃いのカップを左手で持ち、右手を腰に当てた姿勢で立ったまま僕を見ていた。まるでイタズラをした小学生が先生に叱られているような光景だ。
彼女は数秒間下唇を噛んでから大きく深呼吸すると、僕の隣に同じように座った。
「紗佳さん、あのときはごめんなさい。一緒に居れて楽しかったんだけど、俺から誘ってばかりで……。紗佳さんはいつも次の約束もしてくれなくて。気にしないようにしてたんだけど、薬指の指輪の跡を見たら、悔しくて情けなくて。だから、ついあんなことしちゃって。最低ですよね。
でも会えなくなって寂しくて。あれからずっと紗佳さんのことばかり考えてました。俺、本当に紗佳さんが大好きなんです。ずっと一緒にいたいんです。だから……」
彼女は僕の話を正面を見ながら聞いていた。その視線は焦点が合わずに宙を彷徨っているようにも見えた。
「ねぇ、千葉さん。会社で私の噂って聞いた?」
「……はい、聞きました」
「そっか」
「でも何かの間違いですよね? 紗佳さんはそんなことするような人じゃないですよね」
「違うの! 私は千葉さんが思ってるような女じゃないの。鹿島さんに誘われてあの人と寝たの。それは本当のこと。どう?最低でしょ? 酔って誰とでも寝るような女よ。嫌いになったでしょ」
「それは……。正直ショックでした。でも、もしそうだとしても、僕は今隣りにいる紗佳さんが好きです。僕は紗佳さんじゃなきゃダメなんです。ずっと僕の隣りにいてほしいんです」
すると彼女はゆっくりと僕に顔を向けた。目が合った次の瞬間、みるみるうちに彼女の瞳から大粒の涙が溢れ出した。
「なんで! 何でそんなこと言うの。私はあなたの未来を奪いたくないの。千葉さんには幸せになってほしいの。だから……、だからもう会わないって決めてたのに……」
いつも穏やかで優しい彼女が初めて見せる姿だった。
そして彼女は泣き崩れた。
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