第14話

最低だった。

何もかもが終わった。

自業自得だ。


彼女のいない世界は僕にとって無意味なもので、心にはぽっかりと大きな穴が空いたようだ。仕事の合間や信号待ちの車の中、家で過ごす時間などに考えるのは紗佳さんのことばかり。意識しなくても彼女の笑顔が浮かんでくる。

そしてその度に悲しみが増してゆく。ずっとそんな調子だ。


「千葉ちゃん、元気出せよ。そうだ、今度合コンやろうぜ。ウチの課の後輩にセッティングさせっからさ」


成田は傷心の僕を励ましてくれる。


「ありがと。でも、しばらくはいいかな」


自分勝手に人を傷つけるような僕に、恋などする資格もなければ気力も無かった。


幸か不幸か不思議なもので、デザインセンターに行く仕事もパタリと途絶えていた。

僕は彼女のことを考えないようにしていた。簡単に忘れられるような恋じゃなかったから。考えないことで少しずつ時間が消してくれると思った。



紗佳さんとの関係が終わって一ヶ月が  過ぎた。


今年もあと数日。年末の渋谷の夜は華やかだ。煌々と輝くネオンライトに、大声ではしゃぐ若者たち。酔っぱらってくだを巻くサラリーマンに、寄り添って歩く恋人たち。

その光景は僕の寂しさを打ち消してくれるのでは、と思えるほど賑やかだった。


「千葉ちゃん、おつかれー! いろいろあったけど来年は幸せになれよ」


隣には成田。どんなときでもコイツは僕を支えてくれる。


「よし、朝まで飲むか!」


とは言ったものの、久しぶりに飲む酒に僕はあっさり打ち負かされる。

寂しさを酒で紛らわそうと飲みすぎたようだ。


一軒目で酔い潰れ、二軒目は熟睡。

頬を叩かれて目覚めたときには終電は発車してしまっていた。

結局終電逃し組と飲み足りない組でカラオケボックスへ。そこで飲んで歌って始発を待つことになった。



半分意識が朦朧としながら朝を迎えた。始発が動き出す時間だ。


「じゃ、お先!」


屍と化した連中に声を掛け、店をあとにする。まだ空は暗かった。


「ふわぁ」と大きなあくびをし、眠い目をこすりながらトボトボと歩いていると、10メートル程先の路地から早足で出てきた女性に目が留まった。


――え? 紗佳さん……?


その後ろ姿に向かって呼びかける。


「紗佳さんっ?」


ふいに立ち止まり、振り返る。

彼女は驚いたような表情で僕を見ると逃げるように走って行ってしまった。


まだ思考が回らない僕はその様子をただ見ていた。久しぶりに見た紗佳さんは少しやつれて、ひどく疲れているように見えた。


――何でこんな時間に紗佳さんが……


ボーッと考え事をしながら歩いていると、路地から出てきた人とぶつかってしまった。


「すいません、急いでたもので。大丈夫ですか? って、なんだ、千葉じゃないか」


ぶつかった相手は本社営業部の鹿島さん。僕の7期先輩で我が社のトップセールス。それでいて気さくな性格で後輩の面倒見もいい。遊び人だが人気の先輩だ。


「あれ、鹿島さん。こっちこそすいません。ちょっとボーッとしてました。鹿島さんもカラオケボックスで始発待ちですか?」


「ん? あ、あぁ。そ、そうだな」


そう言いながら鹿島さんは誰かを探すかのように、あたりをキョロキョロ見回している。


「どうかしたんですか?」


「え、いや、なんでもない。さぁ、帰ろうぜ」


鹿島さんはフーっと息を吐いてから僕を見て言った。駅までほんの3分を一緒に歩く。


同じ路地から出てきた紗佳さんと鹿島さん。その奥にあるのはホテル街。


もしかして……。

いや、もう終わった恋だ。彼女が誰と何をしようと僕には関係ない。


でも……。


スクランブル交差点を渡った。駅は目の前だ。


「鹿島さん! あの……」


「ん? 何だい?」


「あ、えーっと、その、お疲れさまでした」


「おう。千葉もな。電車寝過ごさないようにな」


少年のような屈託のない笑顔で鹿島さんが言った。

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