第13話

それは自分への焦りと嫉妬だった。


大好きな人が隣にいるのに手を握ることさえ出来ない自分。

かつて彼女と共に暮らし、何度も愛し合ったであろう男性の存在。

そして6年という年齢差。それは様々な経験の差でもある。


そんなことはわかっていた。


でも、どう転んでも埋められない。僕は知らず知らずのうちにフタをして見ないようにしていた……はずだった。

だが、薬指に残る指輪の跡が、僕にパンドラの箱を開けさせてしまった。


歩きながら彼女の手を握る。

突然のことに彼女は少し驚き、数歩歩いて立ち止まった。

そして、ゆっくりと僕の手を解く。


「ご、ごめんなさい。こういうの苦手なの。ほら、もう若くないからちょっと恥ずかしくって……」


無理やり笑顔を作っているが、今にも泣き出しそうな悲しい笑顔だった。



本当に恥ずかしいだけなのかもしれない。でも踏み込めない自分に対しても、踏み込ませてくれない紗佳さんに対しても僕の心は限界だった。


その後はほとんど会話も無いまま帰路につき、彼女の家に到着した。車内に重苦しく気まずい空気が流れる。


「今日はどうもありがとう。楽しかった。じゃあね」


彼女はそう言って車から降りようとした。


いつからだろう、別れ際や電話を切るときに彼女が次の約束をしないことに気がついたのは。「今度は」「次は」「来週は」といった言葉を彼女の口から聞くことはなかった。「またね」のひと言さえもだ。


そして今夜も彼女からそういう言葉は聞かれなかった。

遂に僕の抑えていた感情が爆発した。


「何でですか! どうしていつも次の約束さえしてくれないんですか。何で『またね』って言ってくれないんですか。紗佳さんにとって僕は何なんですか? 僕との未来は無いんですか? 僕じゃダメなんですか! 僕なんかじゃ、ダメなんですか!」


「そ、それは……」


口ごもる彼女。そして次の一言で僕の心は砕け散った。


「……ごめんなさい」


僕はやるせなくなり、彼女の手首を掴むとグイッと引き寄せた。そして驚いている彼女にキスをした。

突然のことに彼女は僕を押し払おうと両手を僕の肩にあてがったが、一瞬躊躇し観念したようにストンと手を降ろし、そっと目を閉じた。


一方的に気持ちをぶつけただけ、求めるだけの乱暴なキス。


彼女はまるで嵐が過ぎ去るのを待つかのようにじっとしていた。柔らかな頬を涙がつーっと線を描いて落ちていった。


僕はその涙を見て初めて、自分がとった行動の愚かさに気づいた。愕然とし、彼女を抱え込んでいた両手が力なく落ちる。


「紗佳さん、俺……あの、」


すると彼女は、


「ごめんなさい。……さよなら」


視線を逸したまま涙も拭かずに言うと、振り向くこともなく足早に去っていった。



そして、


僕の恋は終わった。

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