第12話
今日は紗佳さんのリクエストにお応えして、郊外のアウトレットモールへ。朝から雲ひとつない快晴だ。天気までもが僕の気持ちを後押ししているように思えた。
「あ、千葉さん、ここ見ていってもいいですか?」
「わっ? このブランドもあったんだ! ちょっとだけ寄ってもいい?」
「次はここね」
次第に遠慮もなくショップに入りまくるようになる紗佳さん。
やはり女性は買い物好きなようだ。
楽しそうな表情の彼女を見ていると、つられて僕まで楽しくなってくる。
「ねぇ紗佳さん、このリング可愛くないですか」
アクセサリーショップで、ショーケースに飾られた指輪に目が止まった。
淡いミントグリーンの石をあしらったシンプルなデザインだ。
「ほんとだ。色がとても綺麗。どこか品があって神秘的で、ずっと見てても飽きない気がします」
「何だか紗佳さんみたいですね」
「え、私?」
「はい。綺麗でどことなく品があって神秘的で、ずっと見てても飽きないですから」
「もー、さすが千葉さん。営業さんはおだてるのが上手ですね、うふふ」
すると店員がすかさず声を掛けてきた。
「良ろしかったらおつけになってみますか?」
そう言いながらこちらの返事を待つまでもなく指輪を取り出した。
「いいですか? じゃあせっかくですから失礼します」
紗佳さんは戸惑いながらも指にはめてみる。
「ふーん……」
と言いながら左手をピンと伸ばし、中指につけた指輪を見ている。
「あら、やっぱり。とってもお似合いですよ」
店員にそう言われて紗佳さんも恥ずかしそうに微笑む。
「うん。紗佳さんにぴったり。すごくいいです」
「彼女さんは指が白くて細いからこういう指輪をすると、手も指輪もどちらも綺麗に見えるんですよ」
「へぇ、そうなんですか」
左手を遠ざけたり近づけたり角度を変えたり。こういう仕草や表情はまるで少女のようだ。
いろんな紗佳さんを見るたびに、僕はどんどん彼女を好きになっていく。
☆
モール内のレストランで遅めのランチ。紗佳さんの左手には新しい指輪が輝いている。それを嬉しそうに何度も何度も見ては、幸せそうな表情を浮かべる彼女。僕の視線に気づき、顔を向けた。
「千葉さん、ありがとう。すごく嬉しいです。でも何か申し訳なくて」
「いやいや、気にしないでください。アウトレットですから。それに何か紗佳さんにプレゼントしたかったんです。サプライズでプレゼントできたらカッコいいんでしようけど……」
「ううん、どんな形でも千葉さんが選んでくれた指輪だもん。ずっと大切にしますね」
再び指輪を見る彼女。優しい光で輝く中指の隣、薬指に残るマリッジリングの跡が僕の心をチクリと刺した。
彼女はどんな結婚生活を過ごしていたのだろう。相手はどんな人なんだろう。そして何故離婚したんだろう。こんなに素敵な女性なのに……。
そんなことを考えてしまう。
聞いたところでなんにもならないのに。
僕の知らない彼女を知りたい。
彼女のすべてを知りたいのだ。
微笑む彼女を前にして僕の心はざわついていた。
「千葉さん、どうかしました?」
僕の様子がおかしかったのか、彼女が心配そうに言う。
マリッジリングの跡が僕の心を激しく揺らす。聞いてはいけないことを口に出させる。
「ねぇ、紗佳さんは何で……」
「お待たせしました。こちら日替わりランチプレートになります。あとアイスコーヒーとミルクティーは食後にお持ちしますね」
僕の言葉を遮るように食事が運ばれてきた。
「うわっ、美味しそう! 千葉さん、食べよ」
僕は言葉を飲み込んだ。
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