第9話

『はい、松本です』


「あ、こんばんは。千葉です」


『千葉さん、久しぶり。お仕事忙しそうですね』


「え? そんなことないですけど。何でですか?」


『だって、ほら、全然電話も無かったから忙しいのかなって』


「え? あ、はい、そうですね。ちょっとバタバタしてました」


『電話が来たということは少し落ち着いたんですか?』


「は、はい、そうなんですよ。いやぁ忙しくて参りました」


『うふふ。お疲れさまでした。ちょうど誰かと話がしたいなと思ってたので、電話もらえて嬉しいです』


「ありがとうございます。僕もこうやって紗佳さんと話せるのがとても嬉しいです」


『またまたそんなこと言っちゃって。そんなこと言っても何にも出ませんからね』


「本当ですよ。紗佳さんの声を聞いてるとなんだか落ち着くんですよね。出来ることならずーっと聞いていたいくらいです」


『そんなことしてたら寝不足で仕事に影響するし、電話代も大変なことになっちゃいますよ』


「そこはかけ放題プランに入ってるから大丈夫です。それに今日は一日研修だったんですけど、ずっと寝てましたから」


『うふふっ。千葉さん、そこは偉そうに言うとこじゃないですよ』


「あははは、そうですね。でも僕が研修でずっと寝てたことは内緒にしといてくださいよ」


『えー、どうしよっかなぁ。じゃあ、またどこか楽しいところに連れてってくれるなら内緒にしといてあげてもいいですけど』


「もちろんです。実は面白そうなところの招待券をもらったので、紗佳さんをお誘いしようと思ってたんですよ」


『本当ですか? じゃあ居眠りのことは内緒にしといてあげますね』


久しぶりに話す紗佳さんは、何もなかったかのように以前と同じ調子だった。やはり単に体調が良くなかっただけだったのかもしれない。僕の心配は杞憂に過ぎなかったようだ。


彼女と話ができる嬉しさについつい長電話してしまった。そして二人で出掛ける約束も取りつけた。


「あ、もうこんな時間だ。紗佳さん、ごめんなさい。もう眠いですよね?」


『そうですね、さすがにちょっと眠いかな』


「すいません、調子に乗ってたくさん喋っちゃいました。そろそろ電話切りますね。じゃあ来週楽しみにしててくださいね」


『はい。楽しみにしてます』


「それじや、おやすみなさい」


『はい。おやすみなさい』


「……」

『……』


電話を切ることさえ名残惜しい。

すると突然紗佳さんの声がした。


『あ、あの、千葉さん! 電話ありがとう。とっても嬉しかった……』


電話を切った後、丸めた布団に顔を埋めて、「紗佳さぁ〜ん、大好き〜」と叫んだ。

今夜は眠れそうもない……。

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