第5話

成田が帰ったテーブルには沈黙が流れていた。


「……」

「……」


ヤバい。早くもピンチ。何を言ったらいいかさえわからなくなる。

一目惚れの憧れの女性を目の前にして、日常会話さえ出来なくなる僕であった。


「あの、ま、松本さん……」


「はい」


「今日はいい天気ですね」


かかりつけの病院のロビーで知り合いに会った爺さんか! というレベル。

さらには、


「好きな色は何色ですか?」

「好きな食べ物って何ですか?」

「お酒は強いですか?」

「趣味は何ですか?」


って、ほとんど取り調べ状態だ。初めて恋する中学生じゃあるまいし、何やってんだ、俺は……。

でも松本さんはそんな僕の取り調べにもしっかり答えてくれた。


「少し淡いグリーンが好きです。落ち着きますよね」

「お魚かな。海の近くで育ったので小さい頃からたくさん食べてたんですよ」

「全然ダメなんです。すぐ眠くなっちゃって」

「最近、雲を見るのにハマってます。癒やされますよ」


一つ一つに考えながら答えてくれた。彼女の誠実さがよくわかった。

バツイチだろうと六歳年上だろうと、やはり彼女は天使だ。


「ねぇ、千葉さん」


「はっ、はい?」


僕がボーッとしていたら突然彼女の呼ぶ声がした。


「髪の毛に何か白いのが付いてますよ」


「え?どこ?」


と言いながら右手で髪を撫でる。


「違う違う。もっと横。そうそうそこです」


彼女の言うとおりに手を動かした。


「あれ? まだ付いてますね。じゃあ、ちょっと待ってくださいね」


彼女はテーブルの上に、身を乗り出して右手を伸ばした。彼女の顔が近づいてくる。

また世界がスローモーションになった。

そしてゆっくりゆっくりと僕の髪に触れた。


「取れました。ほら、ちっちゃな綿ゴミ」


そう言って微笑む彼女。

僕はもう死んでもいいと思った。

というか何回殺されるんだろうか……。

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