第4話

迷いを断ち切った僕を、成田は強力にバックアップしてくれた。


「千葉ちゃん、今度の休み、飲み会な」


「ちょっと待った! なんで休みの日にわざわざお前と飲まなきゃいけないんだよ?」


「お前なぁ、俺にそんなこと言っていいの? お前の天使とアポ取ったんだけど」


「な、何だとぉぉぉ?!」


「持つべきものは友だろ?」


「うおぉ、マジかぁー!成田ぁー、愛してるっ!!」


僕は興奮のあまり成田に抱きついた。



そして飲み会当日がやって来た。

待ち合わせはモヤイ像前。

約束の二十分前に到着すると既に松本さんが待っていた。


今日の松本さんは会社でのキリッとした制服姿と違って、シンプルなトップスにふんわりとしたロングスカート。柔らかなフォルムが彼女の持つ柔らかなイメージをより一層引き立てる。


――ヤバい。顔見れねぇ……


僕がドギマギしていると、


「あっ、千葉さーん!」


と彼女が手を振る。あまりの緊張から仕事じゃないのについ、


「お、お疲れ様ですっ!」


と言ってしまった。我ながらアホだ……。


「うふふ。はい、お疲れさまです」


そんな僕に彼女は微笑み返す。


松本紗佳さんは天使のくせに殺傷能力が半端ない。


二十四歳の春。

僕は初めてキュン死体験をした。


僕のライフがゼロになったところで成田がやって来た。


「お待たせしました! わー、松本さん素敵ですね。いつもと雰囲気が違って柔らかな陽だまりみたいですよ」


彼女を見るなりそう言った。


「えー、そうですか? そう言われると何だかちょっと嬉しいな。成田さん、ありがとう」


「いえいえ。思ったことを言っただけですから」


そんなことを堂々と言える成田が羨ましい。

こんなふうに言えたなら……。



平日だというのにスペイン坂にあるパスタ店は混雑していた。


「成田さん、今日は誘ってくれてありがとね」


「いえいえ。こちらこそ来てくれてありがとうございます。今日は楽しく飲んで食べましょうね」


「そうですね。でも私みたいなおばさんとじゃ楽しくないんじゃない?」


「そんなことないですよ。松本さんみたいな綺麗で可愛い女性と飲めるなんて、僕らも幸せですから。な、千葉ちゃんもそう思うだろ?」


「え? 俺? あ、うん、そ、そうだね……」


いきなり振られて焦ってしまった。

目の前に松本さんがいるだけで緊張してしまう。

そんな調子なので、成田が松本さんにいろいろ話しかけて僕はそれを聴いているだけという展開が続いた。



「ちょっと千葉ちゃんさー、」


彼女が化粧室へ席を立ったタイミングで、成田が少し怒った表情で僕の名を呼んだ。


「今日は何のために俺が企画したかわかってる? 俺ばっかりしゃべってんじゃん……」


彼の言うことはもっともだ。僕はろくに話すこともできずに緊張した面持ちで二人の話を聴くばかりだった。


「ご、ごめん」


僕の発した言葉にヤレヤレといった顔で大きく息を吐くと、


「悪いけど千葉ちゃんの恋の病には荒療治が必要なようだな。千葉ちゃんの為だから悪く思わないでくれよ」


そう言ってニヤリと笑った。


松本さんが席に戻って間もなく、成田がブルブル震えるスマホを手に取り、


「あ! ちょっと失礼」


と言って席を立った。

そして戻ってくるなり、


「すいません! 妹が転んで階段から落ちたらしくて、俺先に失礼させていただきます!」


と言いながら勢いよくお辞儀をして走り去っていった。


「妹さん、大丈夫かしら。何ともないといいけど……」


心配そうにつぶやく松本さん。


僕はこれが成田の芝居だとわかっているから、憧れの松本さんと二人っきりにされたこの状況の方が心配だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る