第36話 暗躍

「お、おのれ。こんな事をして……ただで済むと思うなよ」


男の言葉に意味はない。

何が起ころうとも、全て覚悟の上だ。

私は容赦なく、恨めし気に此方を睨む男の首を刎ね飛ばした。


首を失った男の体は、傷口から噴水の用に血を吐き出しながら力なくその場に崩れ落ちる。


「おっと」


私は素早く距離を離し、返り血を避けた。

借り物の衣装だ。

汚すよりは綺麗なまま返した方だ良いだろう。


剣に着いた血を拭う。


結局、私の手は血に塗れたままだ……


だが今までとは違う。

これは弱き者を救うための汚れだ。

ならばその穢れは、喜んでこの身に受けよう。


「終わったのか?」


「ああ」


背後からの声に振り返る。

そこには仮面をかぶった少年――ペイルが立っていた。


「こちらも始末を終えた。撤退するぞ」


「わかった」


ここへは暗殺に来ていた。

レルゲンに巣くう病魔、腐った貴族がターゲットだ。


彼らは行き場のない浮浪児達を戦争の駒に使って自らの権勢を示し、やりたい放題やっているクズ共だった。

その存在は、この国に害を撒き散らすだけの悪でしかない。


だから私は、ティア・ミャウハーゼンの命で彼らを殺す。

このレルゲンという国を救うために。


ペイルの後を追い、屋敷の通路にある窓から中庭に飛び降りた。

辺りには人が多く倒れている。

侵入の際、倒した衛兵達だ。


勿論殺してはいない。

あくまでも狙いはこの国の病巣たる、貴族だからだ。

ターゲット以外の相手を手にかけるつもりはなかったし、それはティアから禁じられている。


塀を越えて外に飛び出し、街灯の無い暗い裏道に入る。

そこでヘイルが魔法を発動させた。

私は魔法に詳しくはないので何の魔法かまでは分からないが、恐らく隠密系の魔法だろう。


「魔法は禁止じゃなかったのか?」


「それは旅の従者としての縛りだ。今この状況には当てはまらん。それに、事は1つの国の運命が掛かっているんだ。縛りだなんてふざけた手抜きは許されない」


もっともな意見だった。

遊び半分で、他所の国の大事に首を突っ込むべきでは無いだろう。


「それじゃあ戻るぞ」


暗闇の中、ペイルは駆ける。

私もその横に続いた。

きっと今頃、ミア達もサンドランナー狩りから帰って来ている事だろう。


帰ったらティアに、事の顛末を報告しなければならない。


まあミアには内緒なのだが。

今の私達は血の匂いを纏っている。

そんな状態で上手く隠しきれるだろうか?


それが少々不安だ。


「ミアは結構鋭い。血の匂いでバレないか?」


「逆に気づいて貰わなければ困る。あいつに伝えないのは、あいつ自身に気づかせるためだからな」


彼女に裏の話をしないのは、関わらせたくないのだとばかり思っていた。

だがどうやら違う様だ。

発言からすると、恐らく物事を見抜く洞察力を養わせ様としているのだろう。


伝えないのは、あえて自身に気づかせる為か……


「あいつは賢者としては優秀だが、それ以外はからっきしだからな」


「それで魔法を縛っているのか?」


「ああ、そうだ」


魔法を縛った旅。

それはきっとミアの成長を促すための物なのだろう。


「ティアは随分と彼女に期待しているのだな」


「あいつは天才だ。悔しいが、いずれお嬢様の右腕になれるのはあいつしかいない」


ペイルの声は普段と変わらない淡々としたものだった。


だが――走りながらちらりと視線を横に動かす。


真っ暗闇だが、獣人の私にははっきりと見えた。

ペイルのその悔しそうな表情が。


「あんたがそんな顔をするなんてね」


物事に動じない、クールな人間だとばかり思っていた。


「俺だって悔しがったりするさ。しかも、負けを認めた相手があんなあほじゃ猶更だ」


「あほか……確かにそれは違いないな」


どうしようもないアホだが、どうしようもない程の天才。

それがミア・カーストと言う女だ。


ペイルには悪いが、私は彼女がどう成長していくのか。

それが正直楽しみで仕方なかった。

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