第35話 走り込み

レイゲンはよく戦争をしている。

十数年サイクルで、西のバルゲン国と小競り合いを起こしていた。


理由は至って単純。

貴族達が自分たちの力を示す為だ。


国の為に命を賭けて戦っている。

だから我々の存在は尊いのだと、そう国内にアピールする為だ。

もっとも、その際命を落とすのはその徒弟達が大半ではあるが。


全くふざけた話である。


ふざけた話と言えば、皆さんはサンドランナーという竜の亜種の事を知っているだろうか?

こいつらは砂漠で生息し、キャラバンなどを襲う厄介な魔物なのだが……その特徴はとにかく足が速い事だった。

砂地をまるで平原の様に疾走する姿から、彼らはサンドランナーと名付けられている。


さて何がふざけた話なのかと言うと……


「はぁはぁ、くっそがぁ!また逃げられた!!」


私は今、砂漠のど真ん中でサンドランナーと追いかけっこしていた。

まあ正確には狩りなのだが。

とにかく、私はこの糞暑い中奴らを必死に追いかけ回している。


自慢じゃないが、魔力で強化された私の足は猛烈に速い。

もはや馬など目じゃない位に。

だが砂場の上では、流石にサンドランナーに軍配が上がる。


正直、奴らを追いかけるのは不毛でしかなく。

適当な物をぶん投げて倒した方が遥かに効率が良いのだが、それはお嬢様に禁止されてしまっていた。


砂漠での動きを覚えなさいとか……そんな物覚えてどうしろってのよまったく?

お陰で私は全身砂と汗まみれだ。

早く帰ってシャワーを浴びたいところだが、ノルマである10匹狩る迄は帰れない。


ずるをしようにも、すぐ横でお嬢様に見張られている。

本当に理不尽極まりないふざけた話だ。


「お嬢様ぁ、無理ですよ。これ無理」


砂漠に出て4時間。

狩れた数はたったの2体だけ。

このままじゃ徹夜確定だ。

それは勘弁願いたい。


それでなくとも、乾燥と砂埃と汗でお肌があれな感じなのに。

ここに徹夜迄加わったら偉い事に成ってしまう。

乙女の一大危機だ。


なんとか条件を緩和して貰わないと……


「駄目よ……と言いたいところだけど。まさか4時間開けてたった2匹なんて……しょうがないわね。ヒントを教えてあげるわ」


ヒント?

そんなもんいいから、サッサと魔法を解禁して欲しい物だ。

魔法さえ使えれば、たった10匹ぐらい10分と掛からず仕留められるのだから。


「魔力を使うのよ」


魔力ならもう既に、身体強化にバリバリ使用してますけど?

遂にお嬢様も暑さで頭がおかし――


「いっっったぁっ!!!いきなり何するんですか!?」


急にお嬢様にデコピンを喰らわせられる。

ただしただのデコピンではない。

魔力で強化されたその一撃はとんでもない威力で、私は思いっきり吹っ飛ばされてしまう。


その余りの痛みに、危うく意識が飛ぶところだった。


いくら強化されているからと言って「デコピン如き何を大げさに」と思うかもしれないが、お嬢様のデコピンは一発で大木もへし折るレベルだ。


冗談抜きで、私じゃなかったら死んでた。


「声に出ていたわよ?」


むうう。

可憐な乙女の可愛い独り言位、見逃して欲しい物だ。


「とにかく、魔力を使うの。私の足元をよく見ていないさい」


お嬢様が砂漠で軽やかにステップを舞う。


「あれ!?」


お嬢様の足元を凝視して、私は気づく。

お嬢様の歩いた後に足跡が無い事に。

普通人が砂地を歩けば、足跡が付くものだ。

だがお嬢様の歩いた後には、まるでその後がなかった。


私は更にお嬢様の足元をじっと観察する。


「気づいたかしら?」


「はい、足跡がありません」


「どうしてだと思う?」


魔力だ。

お嬢様は足元から地面に魔力を流していた。

それによって柔らかい砂と魔力が混ざり合い、硬い足場へと姿を変えているのだ。

……多分。


「こうです!」


私も試しにやって見せる。

だが魔力で足元が固まる前に、体重で足元が砂に埋まってしまう。

まあこれでもさっきまでより遥かに動きやすくはあるが、それでお嬢様の様には動けそうにはない。


「あれ、上手く行かないな」


「もう一度、よく見て見なさい」


そう言うと、お嬢様は再び歩き出す。


「あっ!」


気づいた。

お嬢様が足を地面に着く前に、魔力を放出している事に。


成程。

足を付いてからでは遅いのか。


私は足を前に出す。

今度は足を着く直前に魔力を放出してみる。


「ほわぁ!」


ずっこけた。

どうやら勢いよく魔力を放出しすぎた様だ。

何でもやりすぎてしまうのは私の悪い癖である。


今度はゆっくりと、丁寧に足の裏から魔力を放出しながら足を着いた。

足には、しっかりとした感触が返って来る。

そうしてもう一歩足を出す。


うん、出来る


でも――


「すっごく面倒臭いですね。これ」


結構神経を使う作業だ。

これを行ないながら走ったりしたら、凄く疲れそう。


「物事は慣れよ。今日一日、走り回れば慣れるわ」


一日中走り回る……


え?

私今日一日中走り回るの?


「ええ、そうよ」


どうやら声に出ていた様だ。


「マジですか?」


「今日一日かけて慣れなさい」


お嬢様は、優しい笑顔でとんでもない条件を放り込んでくる。

天使の様な悪魔の笑顔とは、正にことの事だ。

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