第33話 屋根上の戦い

「やれやれ……」


私は小さく嘆息して、路地裏に走り込んだ。

そして素早く壁を蹴り上がり、屋根の上へと昇る。

下を覗くと、私の後を付けて来た屈強な男達が路地裏へと飛び込んで来るのが見えた。


その内、何人かには見覚えがある。

49番だか48番だかの貴族の手下だった奴だ。


革命軍のアジトから帰る道すがらの事ではあったが、別に彼らに後を付けられていた訳では無い。

偶然出くわしただけだ。


問答無用でぶちのめしても良かったが、まあ今回は見逃して上げよう。


と、思ったのだけれど……


「随分身のこなしが軽いのね?まるでお猿さんのよう」


振り返ると、踊り子みたいな煽情的な紅い服を身に纏った女性が立っていた。

顔はニカブを付けていてよくは分からないが、目元鼻筋を見る限りかなり美人に分類されるだろう。


まあ出っ歯の可能性も否定できないので、美人(仮)としておこう。


「それはお互い様でしょ?」


私は女を睨みつける。

此方の気配を辿って屋根上へと追って来た事から、かなりの腕前だという事が分かる。下に居る雑魚共とは大違いだ。


「そんな怖い顔で睨まないで。美人が台無しよ?」


残念ながら、この程度で崩れるほど私の美貌は柔ではない。

心配無用も良い所。


私は軽く拳を握り締め、相手の瞬きの瞬間を狙って突っ込んだ。

一撃必殺だ。


私の拳が彼女の鳩尾を――


「甘いわね」


まるで舞う様な軽やかなバックジャンプで拳を躱される。


「ちっ!」


相手の着地際に、首筋を狙って回し蹴りを放つ。

だが此方も華麗に躱されてしまう。


「ちょこまかと!」


彼女の動きはとても柔らかい。

まるで舞い落ちる木の葉の様に、ひらひらと私の攻撃を見事に躱し続ける。


スピードは速くはない。

此方が圧倒的に勝っている。

なのに、まるで攻撃が当たらない。


「隙だらけよ」


私の拳を躱しながら、彼女の右手が動いた。

その手は私の首。

動脈の辺りを優しく撫で付け、そして離れた。


「くっ」


まるでいつでも私を殺せると言わんばかりの動きだ。

勿論そんな事はない。

魔力で身体を強化し、体表を魔力の膜で覆い尽くしている私の体は、女性の振るう非力な刃如き容易く弾く。


あんな動きから繰り出される一撃など、私には通用しない。


だが私が翻弄されているのもまた事実。

この女、滅茶苦茶強いわ。


「すぅぅぅぅぅ。ふぅぅぅぅぅ」


私は大きく息を吸って深呼吸する。

こういう手合いには、熱くなっては駄目だ。

冷静に対処しなければ。


「あら、もう諦めたの?」


女が挑発する様に指先を此方に向けて、うねうねと曲げ伸ばしする。

私はそれを無視して、じわじわと間合いを詰めた。


確かに捉えどころのない動きだが、対処できない筈がない。

スピードでは此方が上なのだ。

それにパワーも。

当らないのは下手に仕掛けているからだ。


じりじりと間合いを詰めて、相手を端に追い詰める。

ここは狭い屋根の上だから、追い詰めるのは容易い。

もし追い込まれて相手が飛び降りたなら、そこを狙って攻撃する。

空中では自由は利かないだろう。


「そう簡単に捕まっては上げないわよ」


屋根の淵迄追い詰められた女は、ゆらゆらと体を揺らす。

フェイントで私の隙を突いて抜けるつもりなのだろう。


だが仕掛けるのが遅い。

此処迄追い込めれば私の勝ちだ。

私は足に力と魔力を籠め、力いっぱい屋根を踏み抜いて破壊する。


「んなっ!?」


足場が崩れた事で、女は咄嗟に後ろに飛んだ。

私はそれを追って飛び掛かった。


「ちょっ!?待って!!」


「待たない!!」


空中で女の腕を掴んだ私は、その体を引き寄せボディに一発ぶち込んでやった。

手応えあり、私の勝ちだ。


「顔は勘弁しておいてやったわ、喜びなさい」


私は気絶した女を抱え、そのまま地面に着地した。

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