第22話 復讐

「ある日、私は人間の街に出かけた。獣人の村で作っている特産品を金に換えて、村で必要な物を買う為だ」


女の表情が曇る。

きっと何か嫌な事でも思い出したのだろう。


「本当は私一人で行くはずだったんだ。例え大荷物でも、私のパワーなら楽勝だったからな」


それは身をもって体験している。

あれだけ不安定な体勢から繰り出したエルボーが、肉体を魔力で強化されている私の歯を何本もへし折ったのだ。

その体幹やパワーは相当な物と言えるだろう。


「だがあの日は、妹にせがまれて……私は妹を連れて行ってしまった。本当に馬鹿だった。妹はまだ小さかったんだ。人間達の街になんて連れて行くべきじゃなかった」


女はぎりっと、奥歯を噛みしめる。

その瞳には後悔の色がありありと浮かんでいた。


「街で、何かあったのですね?」


「ああ、品物の値段交渉をしている間に……妹は連れた去られてしまった。私はすぐに妹の匂いを追ったんだ。そして、辿り着いた先は貴族の屋敷だった」


何となく……話は見えてきた。

彼女の首に賞金が掛けられた理由が。


「私が妹を返せと騒いでいると……奥から妹が連れて来られた。妹の……死体が……」


ドスンという鈍い音と共に、彼女の拳が地面に叩き込まれ。

拳が深々とめり込んだ。


「奴は……ゴーマンは。妹が屋敷に忍び込んだから、自衛のために殺したと言いやがった。そんなの嘘に決まっている!だのに……誰も……役人どころか、村の奴ら迄しょうがないって言いやがったんだ……だから……」


女から涙が零れ落ちる。

大事な妹が殺されて……何もできない。

何もして貰えない。

そんな理不尽が悔しくて、憎くて仕方無かったのだろう。


「だから私は強くなった。村に居た剣士に弟子入りして。死ぬ気で努力して。そして――」


「ゴーマン一家を殺して、賞金を懸けられたという訳ですか?」


「ああ、そうだ。その後は、世界中を逃げ回って今の組織に辿り着いたのさ」


犯罪者が身を隠すのには、犯罪組織が理想的だったのだろう。

木を隠すなら森とはよく言ったものだ。


「成程。それで暗殺者の一味となって、無差別に人を殺して回っていたと」


「無差別になど殺していない!私が殺したのは、全員どうしようもない悪人ばかりだ!」


彼女は一瞬激高したが、直ぐに顔を伏せる。

どうやら闇に染まっても、善良な人間を手にかけるのだけは避けていた様だ。


ん?ちょっと待て?

じゃあ何で私達が狙われたんだ?

正義の味方を気取るつもりはないけど、断罪される様な悪事とかは働いた覚えはないぞ。


「ははっ。こんなの只の言い訳だよな。金で人を殺している事には変わりないんだからな」


「ええ、そうね。因みに私の名はティア・ミャウハーゼン。名門ミャウハーゼン家の令嬢で、人に殺されなければならない様な悪事に手を染めた事は一度も無いわ」


「え!?」


「他の2人も、人の恨みを買う様な生き方はしていないわ」


驚いた様な顔で、彼女はこっちを見る。

どうやら私達が悪人だと本気で思っていた様だ。


ペイルはともかく。

可憐な美女2人である私とお嬢様が、彼女には悪人に見えていたのだろうか?

だとしたらお頭が残念過ぎる。


「は……はは……ははは……そっか。私は……私が殺してきた人間は……悪人ですらなかったのか……」


組織に騙されていた事に気づいた彼女は、虚ろな目で立ち上がり。

腰に差してあった短刀を、迷わず自らの胸に振り下ろす。


だが――


「なんで……邪魔するんだ?」


彼女は生きている。

その手にした短刀の切っ先は、彼女に触れる前にお嬢様によってへし折られたからだ。

相変わらずとんでもない早業で惚れ惚れする。


「死んだからと言って、貴方の罪は消えないからよ」


「じゃあ……じゃあどうすりゃいいってんだよ!私は罪のない人間まで殺して来たんだぞ!」


「生きて償いなさい」


「生きて?どうやって……どうやって生きて償うって言うんだ!?」


お嬢様は一体、彼女に何をさせるつもりなのだろうか?

私は黙ってその場を見守るしかなかった。


「私達は今、世直しの旅の最中よ。それを手伝って貰うわ」


「世直しの旅?はっ、正気か!?あたしはお尋ね者なんだぜ?そのあたしを旅に連れていくだって?まさかあんたの家の力で、あたしの賞金を解除するとでも言うつもりかい?」


「それは無理ね。いくらミャウハーゼン家でも、他国の貴族が掛けている賞金を取り消すのは難しいわ」


「だったら」


「お前には獣人を止めて貰う」


それまで黙っていたペイルが口を挟んだ。

呼ばれてもいないのに急に話に混ざって来るとは、お爺ちゃんは寂しがりやだったらしい。


「獣人を……止める?」


「手配書の中のお前は獣人だ。獣人でさえなければ、誰もお前を賞金首だとは思わないだろう。だからお前を、魔法で人間の姿にする」


「そんな……そんな事が本当にできるのか?」


出来る出来ないでいうなら、まあ普通にできる。

何せ私達は大賢者なのだから。

問題は……その魔法がとんでもなくきつい魔法だという事だ。


遺伝子の一部を書き換える分けだから、その負担は大きい。

下手をしたら痛みでショック死する。

その為、大抵の場合この魔法は死んでもいい囚人とかの拷問目的に使われる事が多かった。


「かなりの痛みを伴う事になるが、それはお前の罪に対する罰だと思って諦めて貰おう」


「……私は……本当に生きていていいのか?許されない罪を犯したのに」


「許されない罪を犯したからよ。生きて罪を償いなさい」


彼女は暫く黙って俯き。

そして顔を上げて答える。


「……わかった。よろしく頼む……」


こうして私達の旅に、新たな同行者が加わる事に成る。

まあ彼女は腕も立つし、決して足手纏いにはならないだろう。


「ミア、彼女に魔法を施して上げて。耳に関する部分だけで構わないわ」


「えぇぇ、私がですか!?」


何で私。

目の前で人が藻掻き苦しむ姿とか、見たくないんですけど?


さっきの髭の拷問を目と耳を塞いでやり過ごした可憐な乙女のやる事ではない。

説明したのはペイルなのだから、ここは責任をもって彼にやらせるべきだ。


「駄目よ」


ぬぅ。

口を開く前に駄目だしされてしまった。

仕方が無い。

私は諦めて大きく溜息を吐いた。


「死ぬ程痛いし。下手したら死ぬけど。恨まないでよね」


「あ、ああ。分かった」


別に脅すつもりは無いが。

万一の事もあるから、一応伝えてから魔法を発動させる。


彼女の肉体を変質させる魔法を。

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