第20話 暗殺

「あの……お嬢様。本当に行くんですか?」


私は小声で囁く。

だがお嬢様は反応してくれない。

何事も無いかの様に進んでいく。


このまま進むと、あれなのだが……


クエストの為、私達はガルザスの西にある森へと向かっていた。

のだが――森に入る直前で気づく。

明かに森の中で待ち伏せされている気配に。


私が気づいたくらいだ。

当然お嬢様もとっくに気づいている筈。

にも拘らず、お嬢様は何事もないかの様にずんずん森へと入って行く。


どうやらお嬢様は不埒物を成敗する積もりの様だった。

君子危うきに近寄らずという言葉もあるが、お嬢様の辞書には記されてはいないらしい。


まあ元々が世直しという名目の旅だ。

致し方ないと諦めて私も黙って続く。


森に入ると、瞬く間に囲まれたのが分かった。

相手は相当の手練れだ。

気配の動きでそれが分かる。


何時襲い掛かられても良いように、私は息を大きく吸い込み、魔力を循環させて拳を握り込んだ。

だが予想に反し、不意打ちではなく一人の女が堂々と私達の前に姿を現した。

褐色の肌をした、筋肉質な赤毛の女性だ。


「亜人……」


私は思わず呟く。

その頭部に特徴的な猫の耳の様な物があったため、亜人だという事は一目で分かった。

そういう種族がいると言うのは知っていたが、この目で見るのは初めてだ。


「私の名はアーリィ。故あってお前達を切らせて貰う」


そう言うと、彼女は背中に背負った大剣を引き抜きながら、片手で私に向けて振り下ろしてきた。


「くっ」


私は咄嗟にその一撃を後ろに飛んで躱す。

かなり早い。

しかもとんでもないパワーだ。

剣を叩きつけられた地面が豪快に抉れ、土や木の根が辺りに散らばる。


「今のは挨拶だ。次は本気でいくぞ」


そう言うと、彼女は両手で大剣の柄を握り込んだ。

途端彼女の体から凄いプレッシャーが放たれる。

どうやら先程の一撃は、本当に只の挨拶だったらしい。


「ミア。彼女の相手はお願いね。他は私達で処理をするから」


「えぇ……」


明かに目の前の亜人の女は手強い。

その強さ行動やからして、彼女がこの集団の中で最強なのは疑いようがなかった。


こういう相手こそ、お嬢様のハチャメチャな強さで制圧して欲しいのだが……


「行くぞ!」


「っ!」


やばい!?

何とか横っ飛びで避けたが、さっきの一撃とは桁違いのスピードだ。

パワーも明らかに上がっている。

魔力の循環も無しにこの動きとか、化け物かこの女は。


「避けてばかりでは話にならんぞ!」


女が巨大な剣を自由自在に操り、容赦のない連撃を振るう。

その度に森の木が伐り飛ばされ、地面が抉れ飛ぶ。


正直反撃の隙が無い。

このままだと冗談抜きでジリ貧だ。


一瞬魔法を使うか頭を過る。

だがその考えを戒める声が、即座に私の耳へと届いた。


「魔法は駄目よ。貴方もミャウハーゼン家に仕える大賢者なら、この程度のピンチ魔法無しで切り抜けて見せなさい」


この状況でダメ出しとか、マジで勘弁してほしいのだが……

幾らなんでもお嬢様は厳しすぎる。

だがわざわざ駄目だしするという事は、お嬢様には勝利のビジョンが映っているという事だ。


私はそれを信じ、相手の猛攻を辛うじて躱しながら勝利のピースを探し求める。


普通の戦いでは相手の方が上だ。

そんな相手に勝つには、虚を突くしかない。


虚を突く、それは相手の想像の外。

体験した事の無い動きをすれば……


その時閃く。

数週間前に見たお嬢様の動きを。

あの時お嬢様は木の幹や枝を足場に、縦横無尽の動きを見せてくれた。


それこそが勝利への鍵だ!


私はアーリィの剣を躱し、横っ飛びした。

その方向には一本の木がある。

私は体を回転させ、その木の幹に垂直に着地してみせた。


重要なのは力の動き。

一気に力を籠めると、柔い木の幹など容易く粉砕してしまう。

まずは軽く力を籠め、足が離れる瞬間一気に蹴り抜いて跳躍する。


「こうだ!!」


次の瞬間私の体は弾丸となって森の中を飛翔した。


「な!?これは!」


私は幹から幹へ。

枝から枝へと縦横無尽に動き回る。

こんな動きは体験したことなど無いのだろう。

私の動きに、彼女は戸惑い声を上げる。


「ここだぁ!!」


私は太い木の枝を一際強く蹴り、彼女の頭上付近から躍りかかる。


「ちぃっ!」


ほぼ真上からの攻撃にもかかわらず、彼女は咄嗟に体を捻って私の攻撃を避けて見せた。お見事だ。


だが――それは計算の内!


「おらぁ!」


体をまわして着地した私は、勢いよく地面を蹴る。

ばねが跳ね上がる様な動き。

がら空きになっている彼女の背中目掛け、私は拳を下方から突き上げる様に叩き込んだ。


命名:昇竜拳


骨の砕ける感触が手に伝わって来る。

私の勝ち――だはぁっ!?


突如私の顔面に衝撃が走り、吹き飛ばされた。

彼女は私の昇竜拳で背骨をへし折られながらも、体を捻って私にエルボーを喰らわせて来たのだ。


冗談抜きで、化け物の様な対応としか言いようがない。

ひょっとして痛覚が無いんじゃなかろうかと、思わず疑ってしまう。


「ぐっ……うぅ……」


だがそんな事はなかった。

どうやら痛覚はちゃんと存在する様だ。

彼女はそのまま苦しみの表情で、脂汗を垂らしながらその場に膝をつく。

恐らくもう戦えないだろう


「いづぅ……」


一方私は吹っ飛んで転がされたが、無理な体勢からの一撃だったため歯が数本で済んだ。

いや済んだって言うには結構被害は大きいのだが、動けない程ではない。

私は痛みを堪えつつ立ち上がる。


「貴方の勝ちよ。ミア」


声に振り返ると、お嬢様の方も終わっていた。

襲撃者は全部で12人。

内10人がミンチよりひでぇや状態になっている。


襲撃者の生き残りは髭を生やした黒衣の男と、赤毛の彼女だけだった。

お嬢様が止めを指さずに生かしているという事は、恐らく髭の男がこいつらのリーダーなのだろう。


「さあ、雇い主と貴方達の事を教えて貰いましょうか」


お嬢様の男に向ける笑顔が怖い。

彼女は悪人には容赦が一切ないのだ。


なむさん。

少しでも楽に死ねるよう、私は男の冥福を祈るのだった。

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