第12話 転職の勧め

「ルディ!危ない!」


アンネの声に反応し、咄嗟に盾を上げて防御する。

瞬間、腕に強い衝撃が走る。

そのまま吹き飛ばされそうになるが、何とか踏ん張って俺はそれをはじき返した。


「大丈夫!?」


アンネが俺に駆け寄り、回復魔法を掛けてくれる。

だが――


「やばい、折れたかも……」


防御した腕がやたら熱い。

それに痛みで全く動かせない。

ただ痺れただけではこうはならないはずだ。


残念ながら、アンネの低レベルな回復魔法では一時的に痛みを和らげる事位は出来ても回復させる迄には至らないだろう。


「こんな事なら、ちゃんとした物買っとくべきだったぜ」


盾とは言え、俺の身に着けているのは所詮木の板に獣の皮を鞣したものを張り付けただけの安物だ。

ないよりましと言った程度でしかない。


だからあんな奴に体当たりされたんじゃ、一溜まりもある訳がなかった。

俺は憎々し気に目の前の魔物を睨む。


ロックザギー。


今いるダンジョンに生息する石の魔物で、その見た目は只の石その物だ。

普段は石の振りをしてじっとしているが。

一旦獲物を見つけると、その岩の様な硬い体による体当たりや鋭い牙による噛みつきで攻撃してくる凶暴な魔物だ。


そのサイズはまちまちで、小さい物なら小指サイズ、大きいものは生息域次第で2メートルにも達すると言われている。


「なんでこんな場所に、こんなでかいのが居やがるんだ」


この洞窟の環境下では、精々数十センチが良い所の筈。

だが今目の前にいるザギーは軽く1メートルを超えている。

明かに場違いの大物。


そのせいで気づけず、不意打ちを食らってしまった。


「アンネ、お前は逃げろ」


俺はザギーから視線を外さず、真正面を睨みつけながらアンネへと声をかけた。

正直、片腕を欠いた状態では真面に戦える気がしない。

アンネの魔法も、このサイズの奴には通用しないだろう。

つまり、勝ち目は0という事だ。


「何言ってるのよ!逃げるなら一緒に!!」


「わりぃ、足の骨もいかれちまってるんだ。だからお前だけで逃げてくれ」


俺の踵が悲鳴を上げている。

最初に踏ん張った時に、強い負荷で腕と一緒にやられてしまっていた。

ザギーは岩の様な見た目と硬さから一見鈍重そうに見えるが、実はかなり素早い。

残念ながらこの足で逃げ切るのはまず無理だ。


「そんな!?」


これは俺のミスだ。

でかいやつは居ないという思い込みから、無警戒に奴のテリトリーへと踏み込んでしまった俺の。


だが良かった。

怪我をしたのが俺で。

もし怪我をしたのがアンネで、こんな所で命を落とさせる羽目になっていたら死んでも死にきれない所だ。


「早く行け!」


ザギーは一撃目を弾かれた事で警戒しているのか、動いてこない。

だがいつまでも睨めっこし続けてくれる保証等ないのだ。

アンネにさっさと逃げる様にと、俺は声を荒げる。


「早くしろ!お前までやられてしまうぞ!」


「それで構わない!」


「な!?」


アンネが俺の横に並ぶ。

そして俺の剣を握る手の上に、彼女の柔らかな掌が重なる。

その手は震えていた。


「死ぬ時は一緒だよ」


「アンネ……お前……」


「馬鹿なルディを好きになって……一緒に冒険者になった時から、私と貴方は一心同体。死ぬときは一緒。そう決めてた」


俺は本当にいい女に惚れたもんだ。

女も守れない最低な男には、本当に不似合いないい女だ……


「愛してるぜ!アンネ!」


「私もよ……ルディ!」


「良い話だなぁ~」


「「え!?」」


急に背後から聞こえた声に、思わず体が固まる。

そんな俺達の横を、軽装の女がすり抜けていった。


「二人の世界を邪魔するのは少々忍ばれるんだけど、私も急いでるんで。ちょっと失礼するわね」


そう言うと女は無造作にザギーへと近づいて行く。

当然ザギーは近づいてくる女に突進するが、次の瞬間粉々に吹き飛んだ。


バラバラと音を立てて地面へと散らばる魔物の残痕。

俺は何が起こったのか分からずポカーンとしていると、女が大声で叫び出した。


「お嬢様!この人達怪我してるみたいなんで、回復させてあげてもいいですか!!」


「良いわよ」


次の瞬間、女の叫びに答えるかのように涼やかな声が耳元に響く。

驚いて辺りを見渡すが、俺達と女以外には誰も見当たらない。


「ゆ……幽霊!?」


アンネが怯えたように俺の手を掴み、身を寄せてくる。


「あー、違う違う。只の私の雇い主だから怖がらなくてもいいわよ。それより、怪我を治してあげるから見せて」


そういうと女は俺の左腕を掴んだ。

一瞬その手が光ったかと思うと、腕から痛みが完全に消える。

次いで彼女はしゃがんで俺の踵へと手を伸ばす。

此方の痛みも一瞬だ。


「ありがとうございます!助かりました!」


腕のはれが引いたのを見て、アンネが頭を下げる。

俺もそれに続いて礼を言う。


「ありがとう。ほんとに助かったよ。けどあんた凄いな。腕っぷしといい、今の魔法といい、一体何者なんだ?」


「あたし?あたしは大賢……あ、いや。まあこの際あたしが何者なのかなんて置いといて……そんな事より!あんた冒険者なんて止めて真面に働きなさい!」


「は!?」


いきなり冒険者を止めろと言われる。

女の意図が分からない。


「いきなり何を?」


「あんた彼女の事が好きなんでしょ?だったらこんな社会に認められてない様な危ない仕事なんかやってないで、他の仕事をやりなさいって言ってんの!」


「大きなお世話だ!」


俺は思わずカッとなって怒鳴る。

確かに冒険者は1級クラスにでも上がらない限り、社会的ステータスはかなり低い。

だが裏を返せば、1級にさえ上がってしまえば相応の社会的評価を得る事が出来るという事だ。


家が貧乏だった俺は真面に学校にいけず、学が無かった。

当然手に職も無い。

あるのは丈夫な体と体力だけ。

そんな俺が社会的に認められるには、冒険者として成功するしかないのだ。


俺は冒険者としてのし上がり、周りに俺達の事を認めさせる。

それが俺の夢だ。

幾ら命の恩人とはいえ、見ず知らずの初対面の人間に俺の夢を否定される謂れなどない。


「助けて貰った事には感謝するが、余計な口出しは止めてくれ」


「余計……ね」


女は汚い物を見るような眼で俺を見つめる。

どうやら彼女は、冒険者と言う物を相当見下している様だ。


「別にあんた一人がふらふらして死ぬのは構わないわよ。けどその場合、最悪彼女も命を落とす事になるけど。あんたそれでもいいの?」


「う……」


痛い所を付いてくる。

確かに目の前の女が現れなければ、俺だけでなくアンネも命を落としていた。

けどそれは――


「そんな事はお互い覚悟の上だ!」


そう覚悟の上での行動だ。

俺もアンネも、夢の為に命を賭ける覚悟はある。


「はっ。なーにが覚悟よ。ばっか見たい」


「なに!!」


女は話にならないと言わんばかりに鼻で笑う。

いったい何だってんだ。


「覚悟ってのはね、どんな苦境にもめげない勇気の事を指すのよ。駄目だったら死んでも仕方ないとか、それは覚悟じゃなく諦めっていうの。どうせあんた、他の仕事を真面にこなせないからって冒険者になった口でしょ?本当に覚悟があるなら戦いなさい!恥をかこうが、辛かろうが、彼女のために死に物狂いで安定した仕事に付く!それが愛ってものよ!!」


「わ、私は別に……」


「貴方は少し黙ってて!」


アンネが口を開こうとするが、女がぴしゃりと黙らせた。

元来気の弱い彼女は、有無を言わせぬ雰囲気に押されて数歩後ずさる。


「さあ、どうなの。彼女のために他の道を進む覚悟、あんたにはあるの?」


「ぐ……俺みたいな底辺が成り上がるには、他に手が……」


「成り上がってどうすんのよ?」


「そりゃ……勿論いい暮らしを……」


「それは目の前の彼女を死なせてまで、成し遂げる事なの?」


女の言葉が稲妻となって俺の胸を貫いた。

俺が冒険者になったのは、成り上がって幸せになる為だ。

そんな俺を手伝おうと、彼女も無理をして冒険者になってくれた。


でもそれは、アンネを危険に晒してまで得る物なのか?

俺にとっての幸せとはなんだ?

彼女がいなかったら、何の意味も無いんじゃないのか?


疑問が頭を渦巻く。

だが直ぐに答えは出た。


そう、それは考えるまでも無い物だったんだ。

答えはもうとっくに出ていた。

だのに、今までそんな簡単な事に気づかなかったなんて俺は馬鹿だ。


「あんたの言う通りだ。成り上がりと彼女、そんな物は天秤にかけるまでも無い」


俺の幸せ。

それは彼女と一緒に生きて行く事だ。

それを危険に晒してまで、冒険者として成り上がる事に意味はない。


俺はアンネを見つめる。


「アンネ、俺冒険者を止めるよ。お前に良い暮らしをさせてやれないかもしれない。でも一生懸命頑張るから、俺に付いてきてくれないか」


「うん。ずっと一緒だよ、ルディ……」


彼女が微笑む。

今まで見て来た中で、一番の笑顔だ。

俺はアンネの両肩を掴み、そっと唇を寄せ――


「とうっ!!」


「あたぁっ!」


首筋に衝撃が走る。

振り返って犯人を睨みつけると、悪びれもせず女が俺を指さした。


「私は冒険者を止めろとは言ったけど、プロポーズしていちゃつけとは一言も言ってないわよ!TPOを弁えなさい!!」


TPO?

何だそれは?

言葉は分からないが、まあ状況を考えろって意味辺りなのだろう。


確かに洞窟の中。

しかも人前でやる事では無かった。

そう考えると急に気恥ずかしくなり顔が熱くなる。


ちらりと視線を横にやると、アンネも恥ずかしそうに俯いていた。


「まあいいわ。それで?クエストは終わってるの?」


「あ、ああ」


此処へは薬草の元になる植物を取りに来ていた。

その分はもう確保してあり、欲を出して奥に進んだところでザギーに襲われたのだ。


「じゃ、帰るのはどの街?」


「グレイスだよ。俺達はそこの生まれなんだ」


「成程、グレイスね。じゃあ送ってあげるわ」


「へ?」


そう言うや否や、女が何か呪文を詠唱し始める。

すると俺とアンネを取り囲むように青い魔法陣が浮かび上がった。


「頑張って幸せになりなさい。じゃあね」


女の優しい言葉。

その声と同時に視界が歪み、気づけば俺とアンネは町中に突っ立っていた。


「え?あれ!?」


俺は慌てて辺りを見回す。

先程まで洞窟内に居たというのに、今目の前に広がる光景は間違いなく見慣れたグレイスの物だ。


「ここ、グレイスの街……だよね?」


「あ、ああ……」


まるで狐につままれたような気分だ。

あの女がいったい何者なのか。

それは分からない。


だけど今は――


「行こう!」


「うん!」


俺はアンネの手を取り、駆けだした。

暖かく柔らかいこの手。

俺はこの手を決して放しはしない。


そう覚悟を決め、俺はアンネと共に未来へと駆け出した。

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