第9話 トラブル

冒険者には等級がある。

底辺の癖に等級とは生意気極まりないが、要は等級が低いと底辺の中でも更に底の位置づけになってしまうという訳だ。


等級は3級から1級があり、3が低くて1が一番高い事になる。

更には都市防衛などの重要な貢献をした者にはS級という、規格外のランクも用意されていた。


Sって何の略よ?

大体他は数字なのにSだけ何でアルファベットなのよ?

どうせスーパーとかスペシャルとか、単語の頭文字なんでしょうけど。

考えた奴は絶対頭悪いわね。


「随分と機嫌が悪そうだな?」


ペイルが訝し気に私の顔を下から覗き込む。

あざといポーズだ。

美少年のペイルにこれをやられると、多くの女が母性本能を擽られてコロリと行ってしまう事だろう。


但し私には効かない。

中身爺だって知ってるし。


「ふん、冒険者なんて底辺だなと思てっただけよ」


「ていへん?ああ、確かに大変な仕事ではあるが」


ペイルが真顔で頓知みたいな事を言い出す。

天然かこいつ?

いやこれも演技で、只あざといだけなのかもしれない。

全く油断ならない奴だ。


「んな訳ないでしょ!?冒険者なんて底辺だって言ってんの!て・い・へ・ん!」


私の声が冒険者ギルドに響き渡る。

そう、私たちは今、冒険者ギルドの登録待ちをしている最中だった。

私が不機嫌なのはその為だ。


それでなくとも底辺である冒険者になるのは屈辱的で断腸の思いだと言うのに、更にはその登録で待たされるなど業腹極まりない。

こんなギルド潰れればいいのに。


因みにお嬢様は待つのがだるいって事で、先に返ってしまっている。

私もお供するって言ったら一人で見て回りたいからペイルと二人でやっとけと、けんもほろろに断られてしまった。


「おう、嬢ちゃん。随分な物いいじゃねぇか。ここが何処だかわかって言ってんのか?」


汚いダミ無い声に振り替えると、そこにはマッチョなモヒカンが立っていた。

上半身裸にサスペンダーという井出達。

どう見ても頭のおかしい野盗崩れにしか見えない。

流石底辺の象徴たる冒険者だけはある。


「連れが失礼な発言をした、謝るよ。すまない」


ペイルのアホが、何故かゴミ相手に謝罪の言葉を述べて頭を下げる。

こんな奴無視すればいいのに。


「ああん!俺はこの女と話してんだよ!ガキはお呼びじゃねぇんだ!黙ってな!」


唾が飛んできた。

きったないわね。

死ねばいいのに。


「さあ姉ちゃん、どういう事かたっぷりと聞かせてもらうぜぇ。あっちでなぁ」


冒険者ギルドには安価の宿屋兼酒場が併設されていた。

男は私の腕を掴んで、酒場スペースに引っ張っていこうとする。

ちらりとギルド職員の方へと視線をやるが、知らん顔だ。


まあ目の前で自分達の仕事を底辺呼ばわりされたのだ、気持ちは分からないでもない。


が、それはそれ。

これはこれ。

どんな気分であろうと、職員としての職務は果たすべきだ。


そんな事だから、冒険者ギルドは底辺ふきだまり扱いされるのだ。


「く、なんだ。動かねぇ」


男が腕に力を込めて私を引きずろうとする。

だが私は微動だにしない。

魔力による身体強化を行なっている私を、冒険者如きが引きずろうなどと千年早い。


この街へと辿り着くまでの数日間で、魔力による強化は完璧に習得している。

なにせ天才ですから。

肉体の強度的にお嬢様の様な出鱈目な強化は出来ないが、それでも目の前の大男を子ども扱いする程度は朝飯前だ。


か弱い乙女に力勝負で乾杯するとか……「NDKねぇいまどんなきもちNDKねぇいまどんなきもち!」って煽ってやりたい所だけど、ペイルが後で五月蠅そうだから止めておいた。


「くそがぁ!!」


それまで片腕だった男は大声と共に両手で私の腕を掴み、額に青筋を立てて引きずろうとする。無駄な努力乙。


「ゲイル!お前女一人ひっぱれねぇのかよ!」


「おいおいなっさけねぇなぁ。お前の筋肉は只のこけおどしかよ」


「げいるちゃ~んがんばってねぇん」


酒場から此方の様子を眺めていた男達から罵声がモヒカン――ゲイルに投げかけられる。

ま、女の子一人引っ張れないんじゃそら馬鹿にされるわよね。

明日から、この一件できっとこの男は周りに馬鹿にされ続ける事になるだろう。


ま、自業自得ね。

ざまぁ!


「くそがぁ!テメーどんな手品使ってやがる!?ただじゃ済まさねぇぞ!」


男が私から手を放し、腰に下げていた斧を手に持つ。

よほど頭に来たようだ。

底辺の癖に。


やれやれしょうがない。

そう思いながら肩をコキコキさせて相手をしてやろうとした所で、雷の様な声がギルド中に響いた。


「貴様何をしておるか!!ここでの刃傷沙汰は禁止だと知っての行動か!!」


超うるさい。

というかどうやったらこんなバカでかい声が出せるのか?

私が声の方を振り返ると、そこには髭もじゃの小男が立っていた。


ドワーフだ。

山を愛し、鍛冶を愛するマッチョな髭もじゃ種族。

それがドワーフと呼ばれる亜人だ。


通常は鉱山の麓で淡々と仕事に打ち込んでいるのがドワーフの常なのだが、そんな職人気質の生物が何故こんな所に居るのが不思議で首を捻る。

しかも彼の立ち位置は受付の奥。

つまり、彼は冒険者ギルドの関係者という事になる。


偏屈なドワーフが、人との交流が多い冒険者の仕事についている。

それは早々お目に掛かれない稀有なケースと言えた。


「ぐ……け、けどこの女がふざけた事言いやがるから……」


男の声色がおどおどした物に変わる。

体格だけなら男はドワーフの優に3倍はある。


だがドワーフはその小さな体に反してとんでもない怪力の種族であり、そのパワーは人間を遥かに超える。

男はそれを知っているから、怖気づいているのだろう。

ヘタレめ。


「それは俺も聞いていた。ふざけた奴ではあるが、それとこれとは話が別だ。それ以上続けるってんなら、俺が相手になるぞ」


ドワーフの鋭い眼光がゲイルを射抜く。

その雰囲気から、このドワーフがかなりの腕前だという事が伝わって来た。


「わ、分かったよ!ちっ、覚えてろよ」


モヒカンは捨て台詞を吐き出しギルドを後にする。

ま、酒場の方に戻っても馬鹿にされるのが目に見えているのだから、そらすごすご逃げ帰るしかないでしょうね。


「お嬢ちゃん、あんたもあんただ。冒険者ギルドで冒険者を馬鹿にするのは頂けねえ。口は災いの元ってのを覚えときな」


おっさんの発言は無視する。

上から偉そうに発言しているが、まさか私を助けた気になっているのだろうか?

だとしたらちゃんちゃら可笑しくて鼻で笑ってしまう。

あの程度の雑魚、魔法無しでも今の私の敵ではない。


「ええ、お騒がせして申し訳ありません。以後気を付ける様言っておきます」


無視していると、ペイルが勝手に謝罪を入れる。

余計なお世話も良い所だ。

ドワーフはまるでやれやれと言わんばかりに私を見ながら溜息を吐き、奥に引っ込んでしまった。


これではまるで私が残念な子みたいではないか。


まったく、失礼しちゃうわ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る