第3話 賊
賊。
それは他者から富を奪う不埒物の総称。
そのやり口は多種多様で、人の家に忍び込む者。
武力で相手から金品を強奪する者。
中には貧しい人々を救うために働く義賊なる者もいるが、まあ基本的にはクズだ。
賊に身を落とすのにも、もちろん事情はあるのだろう。
だが賊を働く体力があるのなら、他の仕事で食べて行く事は出来るはず。
少なくともこの国ではそうだ。
何せ8歳の私が丁稚奉公で生活できていたのだ。
大人が食えずに仕方なく等、言い訳にはならない。
まあ何が言いたいのかというと。
目の前に賊がいる。
いや、賊だった者が転がっていると言った方が正しい。
それもバラバラなになって――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
旅に出て二日目。
日の光が真上から燦燦と輝く中、私は痛む足を堪え歩き続けていた。
連れの2人もそんな私を気遣ってくれてか、自然とペースは1日目よりも落としてくれている。
だがそれでもやはり辛い。
お嬢様はともかく、ペイルにはこれ以上無様な姿を晒したくはないのだが。
もはや限界だ。
仕方なく私は昼食も兼ねて、本日8度目の休憩を嘆願しようと口を開く――
いや、開こうとしてある事に気づいた。
前方に小さな影が見えたのだ。
何もない草原のど真ん中に。
目を凝らしてそれをよく眺めると、それは6人組の人影だった。
影がどんどん大きくなってくる。
どうやら、真っすぐ此方に向かって歩いてきている様だ。
次第にはっきりと人影の様子が見える様になり、私は顔を顰めた。
賊だ。
6人は一見旅人の様な装いをしてはいるが、賊で間違いないだろう。
筋骨隆々のむきむきの体に、どう見ても善人に見えない厳つい人相。
中には顔に十字の傷が入っている者までいる。
あんな傷、どうやったら付くのだろうか?
そして何故消さずに残しているのか?
その気になれば治癒魔法で一発で直せるのだが、ひょっとしてファッションだったりする?
まあともかく。
これで普通の旅人だとしたら、逆にびっくりだってくらい怪しげな集団だった。
当然そんな奴らが近づいてくれば、こちらも警戒せざる得ない。
「あれって賊ですよね?」
「間違いないくそうだろうな」
ちびっ子も同意見の様だ。
もし旅人だと返して来たら、間違いなくそれは老眼だ。
「完全にこっち狙ってますよね?」
「ええ、退治致しましょう。このミャウハーゼン家の納める領地での不埒。見逃すわけには行きません」
「じゃあ魔法でぱぱっと――」
「魔法は禁止だと言ったはずですよ」
「えぇ……」
お嬢様はこの期に及んでも、魔法禁止を徹底しようとする。
はっきり言って無茶だ。
私はミャウハーゼン家の養成所において、剣の扱いも一通り学んでいる。
そして剣技においても非凡な才を発揮した私は、4年という短期間、しかも片手間レベルの訓練で教官を務めた騎士を打ち負かす程の実力を身に着けていた。
はっきり言って、武器さえあればそんじょそこらの賊如き敵では無い。
だが如何せん私は丸腰。
クッソ重い荷物に武器を混ぜる余裕など当然なく、ペイルも武器を携帯している様子はない。
お嬢様に至っては手荷物すら持っておらず、武器等所持していよう筈も無かった。
つまり全員素手だ。
お嬢様が体術を嗜んでいる事を考慮しても、武器を持った大男6人を相手にするのは流石に無理がある。
お嬢様には、何か策でもあるのだろうか?
「やあ、貴方達も旅ですか?こんな場所で自分達以外の旅人と出会うなんて思いもしませんでしたよ」
ムキムキ髭もじゃ、顔に十字傷のある男が野太い声でフランクに話しかけてきた。
どうやら旅人で通す気の様だが、こいつら本気で素性を隠せていると思っているのだろうか?。
だとしたら、知能は猿以下と言わざる得ない。
「お黙りなさい、下郎共。わたくし達に不意打ちなど通用致しません。さっさと正体を表したらどうです」
男の野太い声とは対極に位置する、美しい透き通るような声が響く。
思わず聞き惚れてしまいそうな美声だ。
だが男たちに美を愛でる感性は無いらしく、厳つい顔を更に険しく変えて各々武器を取り出した。
剣5斧2.
武器が1本多いのは、2刀流を気取っている奴がいるためだ。
しかも斧で。
ひょっとしてカッコいいと思ってやってるのだろうか?
余程のことが無い限り、2刀は1刀に劣ると剣の世界では言われている。
所詮2刀はロマン武器でしかないのだが、それとも斧の場合は違うのだろうか?
「バレてるんじゃあしょうがねぇなぁ。金目の物を寄越しな」
指摘され、男達はあっさりと正体をばらす。
此方は女二人に少年一人。
しかも丸腰と来てる。
そりゃ態々騙して不意打ちする必要はないわよね。
普通に考えれば、負ける要素0なんだから。
「なーに、大人しくしてりゃ殺しゃしねぇよ。可愛がってやるぜぇ、へっへっへ」
男の下卑た声が響き渡る。
だらしなく嫌らしい顔だ。
きっと奴の頭の中では、私やお嬢様相手に薄い本の様な世界が無限に広がり続けているのだろう。
そう考えると、怖気で背筋が寒くなる。
冗談ではない。
こんな所で、こんな奴らを相手に花を散らしてなるものか。
「俺の相手はお前にして貰うぜ」
斧を両手に持った男がペイルを見て舌なめずりする。
「ボルドーは相変わらずいい趣味してやがるぜ。頼むから俺のけつを狙うのだけは勘弁してくれよ 」
「うっせぇ!俺は美少年にしか興味はねぇんだよ!誰がてめぇなんぞ狙うか!!」
2人のやり取りに、男達の笑い声がどっと上がる。
全く下品な奴らだ。
まあペイルの貞操なんてどうでもいいので、欲しければ幾らでも好きに持って行ってくれてもいいけどね。
「俺はそこの金髪の女だ。こんな上物見た事もねぇ」
「あ、ずりぃぞ!一番乗りは俺だ」
「何言ってやがる!その女には俺も目を付けてたんだ。俺が一番だ」
「ふざけんな!俺だ!」
ボルドーを除く6人が、お嬢様の1番争いで口汚く罵り合う。
私は眼中にないらしい。
どうやら私の貞操は無事守られそうだ。
って全然嬉しくない!
ざっけんな!
「おいおいそう揉めんなよ。女は二人いるんだ順番に回そうや」
「あーん、もう一人だと?」
言われて男の視線が、私を値踏みするかの様に嘗め回す。
そして鼻で笑った。
「へっ。顔は悪かねーが、胸がまるでね―じゃねぇか。これじゃ男と変わんねーよ」
屈辱だ。
余りの怒りに蟀谷と口元が引くつく。
ゼッタイコロス。
怒りに任せて魔法を詠唱しようとしたその時、そんな私の行動を遮るかの様にお嬢様が前に出る。
一番手近な十字傷の男の目と鼻の先まで移動したお嬢様は、にっこりと微笑んだ。
その笑顔からは、美しくも突き刺す様な冷たさを感じる
これはやばいときの顔だ。
相手が下品すぎて、本気でお嬢様がお怒りになってる。
「何か言い残す事はあるかしら?」
「あーん、何言ってやがる?待ちきれなくなって、可愛がられに来たのか?」
それが男の最後の言葉だった。
お嬢様が動く。
それはほんの一瞬の出来事。
だがその姿はまるでスローモーションの様に、圧縮された濃密な時間として私の瞳に残像だけを残した。
お嬢様が男の後ろに回り込むと同時に、男の首が勢いよく刎ね飛ぶ。
まるで子供のころ遊んだ、首が飛び出すおもちゃの様に勢いよく。
そして首を失った男の体はどさりと音を立てて、地面に転がった。
「……」
体術を嗜むとかのレベルではない。
その動きは完全に達人レベルだった。
「もう一度聞くわ。何か言い残す事はあるかしら? 」
そう言うと、お嬢様は再び微笑んだ。
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