第4話 身体強化

首を跳ね飛ばされた男の体が倒れ。

その近くに生首が転がる。


その瞳は、まだ自分が死んだ事に気付いていないかのように瞬きしていた。


「……」


何が起こったのか誰にも理解できず、驚きから場の時間が止まる。

そんな中、私はある一つの異変に気を取られた。


何で血が出てないんだろう?

疑問から首を捻る。


首が刎ねられたのだ。

当然傷口からは盛大に血が噴き出すはず。

にも拘らず、倒れた体からは血が全く出ていなかった。


私は何故だか、それが気になってしょうがない。


正直気持ち悪くてあまり見たくはないのだが、好奇心に負けて首を刎ねられた男の傷口を凝視する。

だがやはり血は一滴も出ていない。


そして気づく――


首の断面図が焼け焦げた様になっている事に。

それによく見ると、僅かだが傷口から湯気の様な物も上がっていた。


「これって――」


「お嬢様の事をよく見ていろ」


私の言葉を遮って、それまで黙っていたペイルが口を開いた。


「この焼けこげた傷口と何か――」


「見ていれば分かる」


再び遮られる。

その態度に少しむっとしたが、聞いても無駄そうなので私は素直にお嬢様へと視線を戻した。


「てめぇ!バーグに何しやがった!!」


やっと金縛り状態が解けたのか、2刀斧の男、ボルドーが吠えた。

そしてバーグと口にした男と同じ末路が――いや、それ以上に残酷な結末が彼を襲う。


「ぎゃああああああ」


ボルドーの右手が宙に舞い。

野太い叫び声が周囲に響いた。

次いで左手。


「いでぇっ…いでぇよぉ……」


涙を流し、痛みから悲鳴を上げていたボルドーの叫びがぴたりと止まる。

そして私たちの前で、ゆっくりと体が左右に裂かれ崩れ落ちた。


「最初の方は怒りの余り、思わず一瞬で首を刎ねてしまいましたが。あなた方には私達を愚弄した罰、ちゃんと受けて頂きます」


そう宣言するとお嬢様はにっこりと微笑んだ。

その笑顔に一点の穢れも無く、まるで大輪の薔薇の様に美しい。


だからこそ――


こわっ!

お嬢様超こわっ!!

笑顔で人をバラバラにするとか怖すぎるわ!


恐怖から思わず身震いしてしまう。

やはり男達の下卑た行動に、お嬢様は相当ご立腹の様だった。


しかし何だろう。

お嬢様に違和感を感じる。

お嬢様の殺戮ショーから思わず目を逸らしたくなるが、違和感が気になり、彼女から目が離せない。


ふと、お嬢様の髪が物理法則を無視して靡いている事に気づいた。

それが気になったので、髪を繁々と観察してみる。


「あ!」


そうか!

これは間違いない!

魔力だ!


「気づいたか?」


「魔力が体中を循環してる!それも高速で!」


そう、違和感の正体は魔力だった。

お嬢様の体の中を、強大な魔力がまるで嵐の様に吹き荒れているのだ。


「これって一体……」


「お嬢様は魔力を肉体に循環させる事で、身体能力を強化しているのさ。賊共の体を跳ね飛ばしているのも、指先から噴出された魔力だ」


「そんな事が……」


魔力で直接肉体を活性化させる。

そんな事、考えた事も無かった。


「流石はお嬢様……」


「言っておくが、俺も常にやっているぞ」


「え!?あ、ほんとだ」


言われて気づく。

規模はお嬢様の物とは比べ物にならないが、確かにペイルも全身に魔力を巡回させていた。


「あ!ひょっとして私と同じだけ物持っても平気なのって」


「肉体を強化しているからだ」


それでか!

ていうか――


「そんな便利なものあるんならとっとと教えなさいよ!!」


人がどんだけ苦労したと思ってんの?

このちびっ子は!


「大賢者の称号を持っている癖に、この程度の事も知らないお前が悪い。それにお嬢様に、自分で気づくまでは教えるなと言われていたからな」


「そんな意地悪な」


「意地悪をしたわけではないわよ」


いつの間にやら賊を皆殺しにしたお嬢様が、これまたいつの間にやら私の背後に回り込み意地悪を否定する。

つうか何で毎度毎度この人は、私の背後を取るのだろうか?


「貴方自身の未熟を痛感してもらう為です」


「えぇ~、そんな事の為にですかぁ」


しなくていい苦労などさせないで欲しい。

私はか弱い乙女なのだから。


「貴方が大賢者になれたのはその魔力量の多さによる所が大きいわ。はっきり言って、技術面では私はおろかペイルの足元にも及ばない」


お嬢様はサラリと自分がペイルよりも上だと発言する。

いい年した大賢者が、15の小娘より下とか宣言されてやんの。

ペイルざまぁ!


「あだぁ!」


お嬢様のチョップが私の眉間に振り下ろされた。

骨まで響く威力だ。

滅茶苦茶痛い。


「そう言う所が貴方の悪い所です」


どうやら考えを読まれていた様だ。

流石お嬢様。

でも痛いからチョップは止めて。


「貴方には素質があるのだから、慢心せず努力なさい。ミャウハーゼン家に相応しい賢者として、何処に出しても恥ずかしくないぐらいに」


おお。

お嬢様の言葉に思わず感動する。


何処に出しても恥ずかしくない賢者。

つまり私には賢者としての椅子がちゃんと用意されているという事だ。

俄然やる気が出て来た!


「その為にも、これからはちゃんとペイルに師事を乞うのですよ」


「えぇ~」


それはやだなぁ。

テンションさがるわぁ。


「もぉ、仕方ないわね」


私のあからさまな態度に、お嬢様が呆れたように溜息を吐く。

だが安心してくださいお嬢様。

私はペイルなんぞに頼らなくても、超一流の賢者になって見せます。


その時はお抱え宜しくぅ!


「まあいいですわ。こんな所に長居しても仕方ありません。先を急ぎましょう」


「あ、待ってくださいよ。お嬢様」


すたすたと歩きだしたお嬢様の後を追いかける。

その時、足の裏に硬い感触が伝わって来た。

嫌な予感がして、恐る恐る足をどける。


嫌な予感は見事に的中。

それは切り飛ばされた賊の足だった。


「うげぇ。嫌な物踏んじゃった。しかし――」


エグイ。

そこら中に散らばっている人だった物のパーツは本当に。

まるで地獄絵図だ。

これを目の当たりにして吐かずに済んでいるのは、血が出ていないからだろう。

出てたら絶対吐いてた。


嫌な気分で胸の内がモヤモヤする。

このままだといつまでも引きずりそうだ。

確実に夢に出る。


そこで私は気分を入れ替える為、一度大きく深呼吸し。

自分を納得させる理由を並べ立てた。


賊は根っからの悪人だ。

きっと今までも多くの人を苦しめ、殺めて来たに違いない。

そして放っておけば更に多くの人々を苦しめる事になった筈だ。


つまり、これは天誅なのだ……


これは正義の行い。

私は自分にそう言い聞かせる。

自分で手を下したわけではないとはいえ、そうでも思わなければ、この酷い死に様に対する罪悪感が半端ない。


か弱い乙女にこの罪を背負えと言うのは無理がある。

だから恨まず成仏してね。


一応手を合わせておいた。


「おい!ぼーっと突っ立てると、放っていくぞ!!」


ペイルの声が響く。

視線を前に戻すと、既に二人は遥か前方にいた。


「よし!身体強化を試してみるか!!」


そのまま追いかけるのはきついので、折角だから身体強化を試してみる事にした。

取り敢えず右腕に魔力を集めてみる。


「後は巡回させてっと」


螺旋をイメージし、手の中で魔力を巡回させる。


それと同時に右手が破裂した。


パーンと、それはもう盛大に。


骨だけを残して血肉が飛散していく。


「へ?」


自分の身に何が起こったのか?

それを理解する前に、私の意識はブラックアウトした。

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