蒸し暑い稽古場
私の働いている浪士組が新選組と名付けられ、市中見回りを下命されてすぐの頃。
政変での活躍を評価され新選組は会津藩より報奨金を与えられ、いまよりも待遇を厚くすると約束してくれた。らしい。藤堂くんからこの前の政変でいかに自分が活躍したかの自慢を聞き流しつつ、米釜の底についた焦げを必死にはがしていた。適当に褒めて流していたら、話は変わり藤堂君たちが浪士組を結成してすぐのころに容保様に武芸を披露した話になった。
「俺は土方さんと試合をしたんだけどよ、やっぱり強くてさ。俺の方が剣技はうまいはずなのになんか負けちまうんだよな。」
「へぇ、土方さん強いんだぁ。」
私はいままで褒めちぎっていたからか藤堂くんは土方さんを強いと言ったことに不満を持った顔で俺の方が強い!と言い返してきた。
「…でも、負けたんでしょ?」
「う、そうだけど…。」
なとなくだけど藤堂くんよりも土方さんの方が理性もありそうだし、冷静に状況を判断できる観察眼を土方さんは持っていそうだ。藤堂くんはもともと剣の才能があるが土方さんにうまくいなされてしまったのだろうか?なんとなく二人の性格を鑑みれば予想ができてしまう。
「私には剣とか戦いとかわからないからなぁ、でも皆強いんだね。」
笑いながらそう言って洗い終わった米釜の水を振り落とす。私が釜を反対にしていると藤堂くんは急に立ち上がった。私は急に動き出した藤堂くんを見る藤堂くんの顔はいいことをひらめいた子供のような顔だった。
「そうだ!稽古見に来なよ!」
「え、私が?」
毎日隊士の方たちが稽古に励んでいるのは知っている。太い男たちの熱い声が外まで響いてきているからね。
藤堂くんは私の持っていた米釜を地面に置いて私の腕をつかむと稽古場に向かおうと私の腕を引っ張るが私は向かうわけにはいかない。
まさか私動かないとは思わなかった藤堂くんはぐんと動かない私の腕に少し体制を崩し私の方に振り返った。
「邪魔になるわ、私が行ったら。」
私の懸念に藤堂くんは思い切り眉を上げ目を開いた後、そんなことを気にしてるのか?と言いたげな呆れた顔を私に向けてきた。
「大丈夫だよ!」
「わ!」
ぐいっと強引に腕を引っ張られ連れていかれる。藤堂くんの美点は素直な所だけど強引なのはだめね!心の中で藤堂くんに悪態をつきつつ稽古場についてしまい私の少しの抵抗もむなしく藤堂くんは私を引っ張り稽古場に入ってしまった。今日は居ないはずの藤堂くんが稽古場に現れたことで隊士たちは驚いていたが驚いたことに藤堂くんは教える立場らしく他の隊士たちに慕われていた。
私は稽古場の隅っこで邪魔にならないように座ると奥の方に斎藤さんが見えた。斎藤さんのも教える立場らしく隊士たちを怒鳴っている。
「わぁ、すごい。」
小さい声で斎藤さんの雰囲気に圧倒されていると視線を感じたのか斎藤さんがこちらを見る。目がパチッとあったがすぐにそれてしまった。私も藤堂くんに名前を呼ばれた。どうやら今から簡単な試合をするらしい。
「見ててよ!俺強いから!」
そう無邪気に笑う藤堂くんはそんなに強そうに見えないが向かい合う隊士は少し緊張しているようで外野は同情の視線を彼に向けていた。
なんだかこの反応を見ると藤堂くんって本当に強いのかなっと思えてきた。
私の直前の予想はばっちり当たっていたようで試合が始まると藤堂くんは素早い速さで距離を詰め、相手を圧倒していた。相手の隊士も頑張ってはいたが藤堂くんは身体能力が良く、うまくいなして一本取っていた。
「わぁ、すごい!」
試合に勝った藤堂くんは私の方へ近寄り、自分がいかに強いか、いかにすごいかを熱弁しようとしてきた。藤堂くんの後ろに控える負けた隊士は悔しそうだがそれと同時に藤堂くんに尊敬の視線を向けている。試合を見守っていた隊士たちも藤堂くんに尊敬の視線を向け、今度は自分が戦いたいとにじり寄ってきている。
藤堂くんの自慢話にも飽きてきたころなので私はすごい、さすが藤堂くん!と褒めちぎり、後ろに控えている試合希望に隊士たちにも同意を求めた。
隊士たちにぜひ私にもご指導願いたいと言ってきた。だが、自慢し終わった藤堂くんはやる気がないらしくそんな隊士たちの言葉に面倒そうな顔をしている。私は藤堂くんの自慢話がめんどくさくて藤堂くんを遠ざけたい。隊士たちは藤堂くんに指導してもらいたい。私たちの利害は一致した。
「強い藤堂くんならきっと後ろにいる隊士の人たちもすぐに倒しちゃうんだろうなぁ。」
「当たり前だろ!」
私と藤堂くんの言葉に後ろにいる隊士たちは強く反応を示す。
「そんなのやってみなきゃわかりません!」
「俺が勝つに決まってるだろ!」
隊士たちと藤堂くんはいがみ合うように向き合い言葉で言い合っている。
「もしかして藤堂くん、自信ないの?」
私の言葉に藤堂くんはばっと振り返り私を見つめる。その眼には何を言ってるんだ。俺が勝つに決まってる。と書いてある。
「なら、試合して勝ってきて。」
「あたりまえだ!」
藤堂くんは素直にも稽古場の真ん中へ向かい隊士たちと試合をしようと準備する。その藤堂くんの後ろに続く隊士の方たちにはよくやったという目線を受け取り、頑張れの意味も込めて手を振り藤堂くんのほうへ向かう隊士たちを見送った。
私はやっと過ぎ去った嵐に軽いため息をつくと稽古場の奥にいた斎藤さんが私の方へ近づいてきているのを見つけた。私は斎藤さんに向け軽く頭を下げると斎藤さんは無言で私の前に立っている。私は座っているので上から見下ろす斎藤さんはとても威圧感を感じる。
「あの…?」
「なぜここに?」
斎藤さんは私がここにいることに疑問を持っているようだった。私が藤堂くんを指さすと何かを察したのか静かに災難だったなと同乗の視線をよこしてくる。私も苦笑気味に返すと斎藤さんは私の横に腰を下ろした。その行動に私たちを見守っていた周りは少し静かになり誰かの息を飲み込む音が聞こえた。が、すぐに騒がしくなる。
「ここには慣れたか?」
「あ、はい。優しい方が多くて助かってます。」
「そうか。」
斎藤さんはそれだけ話すと立ち上がりまた稽古場の奥の方へ向っていった。何だったのか?私は疑問に思いつつ藤堂くんの方へ向くと藤堂くんに倒されぐったりしている隊士の方たちが数名。藤堂くんは集中しているようで真剣な表情で隊士たちに向かい合ってる。
私の視線に気づいた隊士が一人近寄ってくる。よく料理番を担当している人だ。
「あんな斎藤隊長初めて見ました。」
彼は驚きの表情を浮かべながら斎藤さんの方へ視線を向けている。
「そうなんですか?」
「ええ、斎藤隊長はいつも寡黙ですから。自分から人に話しかける姿なんて初めて見ました。」
「え?」
でも、この前おくってくれた時は普通に話しかけてくれたけど…。
「でも、すごく優しいかただなって私は思いましたけど違うんですか?」
「斎藤隊長は他の隊長方よりも真剣に稽古をつけてくれますが、何を考えているのかわからないですからね。少し怖いです…。」
最後は小さい声でそんな疲れを滲ませた声で零すのを見ると彼がそう思ってることが分かる。だが、この前の急遽斎藤さんに送っていただいた時は、齋藤さんは最初話しかけてくれたし私の話にも相槌を打ってくれた。
「そうなんですね…。」
「でも、ほかの隊長方に比べたらきちんと話も聞いて下さりますし、いい方であるんですよ!」
なんだか、その言い方はほかの隊長はろくな人が居ないというふうに聞こえる。私は呆れ気味に藤堂くんの方を見遣ると、話していた彼は私が向いた方向を見て苦笑する。どうやら彼の言う話を聞かない隊長は藤堂くんも入っているらしい。
「そういえば、全然知らないんですけど藤堂くんと齋藤さんが隊長の役を務めてるのは知ってますけどほかの隊長方は、どんな方がいらっしゃるんですか?」
「他ですか?沖田隊長や、原田隊長などですね。」
「平山さんとか、は隊長では無いんですか?」
新見さんたちとご飯を食べる時にたまにご一緒する方で最近、副長助勤になったと聞いた。私の言葉に彼はそういえばと今存在を思い出したようだ。
「そうですね、平山隊長も隊長ではあるのですが稽古には全く参加されないので私たち、平隊士には馴染みが薄いんです。」
平隊士たちにとって稽古場は所謂、他の隊士たちと交流する場らしく、指導をしてもらいながら隊長たちの人となりを見ているらしい。自分の所属している隊長の事はもちろん知っているが市中見回りぐらいでしか顔を合わせる機会が無くしかも市中見回りの時は話なんてできるような雰囲気ではないらしい。まぁ、お勤めなので当然と言えば当然だ。
だが、その話を聞けば最近新見さん達の水戸派が段々肩身が狭くなり、近藤派が幅を利かせているという雰囲気は何となく納得できる。話したことのない人よりも自分を強くしようと指導してくれる人を尊敬するのは当たり前の話だ。
藤堂くんを見れば試合は一通り終わっており、戦った隊士たちに指導している。本能で戦っていると思ったが、人に教えられるほどには剣を学んでいるらしい。周りの隊士たちは納得の顔を見せながら尊敬の念を藤堂くんに向けている。
「そういえば、今日の夕餉はなんですか?」
話していた隊士は急に話を変え、今日の夜ご飯の話をしてきた。私は急に話題を振られ少し驚いたがよくあることなので上を向き考える。
「何にしましょうかねぇ。」
夕餉何ていつも準備する時に適当に野草を入れてかさまししているのでなんですかと聞かれても困る。いつもの夕餉の準備風景を知っている彼も私の様子に何の予定もないことを察した彼は苦笑を浮かべた。
ぼおっと過ぎていく時間に身を任せながら彼らの稽古風景を眺めているとつぅっと私の額に汗が伝うのが分かった。
暑い。
暑いにしてもここは蒸れている気がする。きょろきょろ辺りを見回すと入口を締めきっていてここは完全に密閉空間になっている。私はすぐにに立ち上がり入り口に向かう。話していた彼は私が帰ると思ったようで彼も立ち上がり私を入り口まで送ってくれる。
「夕餉の準備頑張ってください。」
「あ、ああ、はい。」
別に出る予定もなかったが彼がそう勘違いしているならちょうどいい。こんな蒸し暑い稽古場からはさっさとおさらばしてしまおう。ふいに藤堂くんを見るとまだ熱心に平隊士たちを指導している。藤堂くんは今日お休みだと言っていたが、いったん始めると周りが見れなくなるらしくもう私を連れてきたことなど頭になさそうだ。
私は稽古場の戸を開けたまま出ると見送ってくれた彼はぱたっと稽古場の戸を閉めた。蒸し暑い夏の風が私の頬を撫でていき、私の心は冷え切った。
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