近藤派と呼ばれる人たち

「おはようございます。」


 台所に立つ井上さんに声をかけ、慣れた手つきで包丁を手に取った。井上さんはお米を炊いている鍋の横で後ろに振り返り、私におはようと返してくれた。井上さんとは最初の日以来当番が合わず 会えずじまいで八日が経っていた。そう数えてみるともう八日もたったのかと思った。が、井上さんの包丁さばきには勝てないままであり少し落ち込んだ。


「そういえば、ここでの仕事にも慣れたかい?」


 早い包丁の音を立てながら井上さんは私に声をかけた。


「そうですね、慣れないことも多いですが皆さん優しくしてくれて大いに助かってます。」


 私は浪士組の中では新見さんの紹介で女中として入っているのが組内に周知されているらしく所謂 近藤派 という派閥と 芹沢派(水戸派) という派閥に大きく分かれていて私は新見さんの紹介で入ったから芹沢派に属しているらしい。頭の弱い近藤派の方に喧嘩を売られたことがあるが、そこは同じ近藤派の原田さんが助けてくれた。

 料理番の平隊士の方に少し話を聞くと原田さんは槍の名手で近藤派の中では上の立場にいるらしい。だが短楽的で昔の切腹跡を自慢しているらしく、いつか私も自慢されるだろうと少し呆れた顔で私に教えてくれた。


「そうかい…それは良かった。すこし不快な思いをしてるんじゃないかと心配だったんだ。ここは近藤君のために行動を起こす子が少ないけどいるからね…。」


「…仲間思いな方がいるんですね。」


「はは、そうだね…。」


 コトコトと音を立てるお米の鍋が気になり井上さんにいつから炊きだしたのか聞いた。


「あぁ、ちょうど半刻(一時間)ほど前からかな。だからもう火を止めていいはずだよ。」


「あら…じゃあ止めて味噌汁を作っちゃいますね。」


「頼むよ。」


 私はお米の鍋を井上さんと協力して別の場所に移し、余熱を冷ますうちに味噌汁用の鍋を取り出し一応布で濾した水を鍋に入れて熱していく。ざく切りに切っておいた大根をまず入れた。火が通るまでに昨日、謎に入ってきた大量のたんぽぽを大まかに切っておく。切り終わったら大根の様子を見る、と後ろから音が聞こえてきた。どうやら隊士たちが起きてきたようだ。


「皆起きてきたみたいだね。」


「そうですね。今日は足りるといいんですけど…。」


 乾いた笑いが口から出た。働き始めて思ったがここの隊士の方たちは食べ盛りがまだ過ぎていないらしく食材がここの庇護をしている会津藩からの支援だけじゃ足りず困っていると聞いた。一応皆でお金を出し合って足りない食料を買っているらしいがそれでもカツカツらしい。


 少し経ちもう十分大根に火が通り、先ほど切ったたんぽぽを鍋に入れた。たんぽぽは火が通るのが早いので入れたら味噌が入っている樽に手のひらほどのお椀で味噌を抉り出し、鍋に入れ溶いていく。味噌は一汁一菜の一汁を担う大事な調味料であるため味噌だけは足りないことが無いように大量に送られるらしいがもう少なく、次の食料が送られるのが近いとはいえ足りるのだろうか。


「もう出来たら、ご飯をお願いできるかな?」


「わかりました。」


 隊士の方たちが起きて少し経っているため彼らが皿を持って台所にご飯を求めにやってくる。

 その時が正念場だ。




 ぞろぞろとやってきた隊士の方たちはお皿を私に渡し、私はお米をよそって行く。私が作った味噌汁は配るためにやってきた平隊士の方も自分の分を残すために少ない量を配り、隊士の方たちに文句を言われている。最後のほうになりいつも通り、新見さんが芹沢さんと自分の分を取りに来た。


「おはよう。」


「はい、おはようございます。」


 二人分のご飯を少し多めによそっていくと新見さんから声をかけられた。


「おその、今日は芹沢さんと用があって送れないと思う。夕方までに誰かに頼んでおく。」


「あ、そうなんですね。わかりました。」


「じゃあ、俺が送るよ。」


 聞いたことのある声が急に話に入ってきた。びっくりして台所の入口に目を向けるとこの前助けていただいた原田さんがいた。


「…。」


 ニヒルな笑みを浮かべる原田さんはこの前助けてもらった時とは全く違う雰囲気を感じた。新見さんと原田さんは睨み合い空気がぴりついている。


「いいだろ?今日たまたま休みで何も予定がないんだ。人が困ってるんなら助けるのが人情ってもんだ。」


 新見さんは原田さんの助けにあまり乗り気ではないらしい。だが、新見さんが送る役目の平隊士をわざわざ見つけるのも手間だ。この前助けてもらったこともあるし、新見さんにも申し訳ない。


「あの、新見さん、原田さんもこう言ってるんだし…今日は原田さんに送ってもらいます。」


「…そうか、わかった。」


 私がしびれを切らしてそう話を付けると新見さんは少し傷ついたような顔を一瞬したように思った。その顔を見て早計だっただろうかと自分の発言に後悔した。その間に新見さんは味噌汁と沢庵を受け取り台所から出て行ってしまった。




「ありゃりゃ…、どうやら新見さんを悲しませちまったみたいだな。」


「そうですね…。」




 私が新見さんが出ていった入り口を眺めていると、原田さんがこめかみをポリポリとかき、少し参ったように言葉を出した。


「もしかして、おせっかいだったか?」


 体の大きい彼がそう言って肩を縮こませるの姿は体格に似合わず可愛らしく、不似合いで思わず笑ってしまった。


「ふふ、いいんです。いつまでも甘えられませんし、彼にはうちのお団子をお渡しすれば元気になってくれるはずです。」


 そう私がこぼすと原田さんは意外そうに話に食い込んできた。


「へえ、あの新見さんは団子が好きなんだ。それは意外だ。」


そう目を開き言う原田さんは、私の言ってることが信じられないようだ。それもそのはずだ。あんなに無口で顔も怖く、いつも眉間に皴がある。私も最初は怖かった。


 誰も知らない新見さんの可愛いところを知っているのは嬉しくてなぜか優越感に浸れた。それと同時に寂しくもあった。私が複雑な表情をしていると原田さんはもうご飯をすべてもらったようで台所の入り口にいた。




「じゃあ、仕事が終わるのは何時だ?」


「あ、夕餉を食べ終わったら帰るのでその時に台所に来てください。」


「ん、りょーかい。」




 そう言い残し原田さんはどこかに行ってしまった。どうやら原田さんが最後だったらしく、井上さん達は自分たちの分を取って自室に戻っていってしまった。私もいつも通り最後にご飯を取り残った雑穀米の入った鍋に蓋をし、台所を後にした。






「失礼します。」


 台所のすぐ近くにある芹沢さんの自室に声をかける。今日は何の返事もなかったがここ以外に食べる場所がないので勝手に入る。いつも返事をくれるのは新見さんなのでいじけて返してくれないだけだろう。ふすまを開け、すっと入ると黙々とご飯から目をそらさない新見さんと、少し驚いた顔をしている芹沢さんがいた。


「なんだお前ら。喧嘩でもしたか?」


 そうからかう芹沢さんに新見さんは芹沢さんを睨むが寡黙という言葉が他己紹介に一番最初に出てくる男である新見さんは睨むだけ睨み何も言わずご飯を食べるのを再開した。


「ふん、おい、なにがあったんだ。」


 少し好戦的な珍しい新見さんを面白がったが何も言わずにだんまりの姿を見て興が覚めてしまい、芹沢さんは私に状況説明を求めた。


「…私が原田さんに送りを頼んだので拗ねてるんです。」


 そう私が言うと新見さんは少しムッとし、芹沢さんは少し虚を突かれた顔をした後、すぐに大笑いした。その芹沢さんの様子を見て新見さんはもっとムッとした顔をした。


「儂は新見はつまらん人間だと勘違いしてたようだな。」


 豪快に笑う芹沢さんを見ながらゆっくり自分が作ったごはんを味わいながら食べる。


「芹沢さん…、からかうのはやめてください。」


 新見さんは参ったように顔を俯かせ、細々と声を出した。耳が少し赤く見える。


「まぁ、新見さんがそんな反応するなんて驚いたわ。」


 可愛い新見さんの反応にご飯を飲み込み、つい口に出した。芹沢さんはにやにやしながらキセルをふかしながら、口にため込んだ煙をふーっと新見さんに吹いた。


「…はぁ。もういいです。俺はもう行きます。」


 新見さんは立ち上がり私の横を通ると、部屋から出て行ってしまった。


「ふふ、いじめ過ぎよ。芹沢さん。」


 食べ終わったご飯を片付けながら芹沢さんに言うと、芹沢さんはにやにやする顔を崩さずキセルをまた口につけた。吸い込み、口に溜めまた空気に吹いた。たばこのにおいはまだ慣れずにいるが、やめてと言える立場でもないので我慢している。煙をすべて吹き終える芹沢さんは息を吸いこちらを向いた。


「お前はわからんだろうが、わしの前でも新見は食えん男だった。お前が入る前の新見は儂と目指してるものは同じだが、何を考えてるかわからんし、つまらん男だった。が、最近は血が通ったように見える。」


 以前の新見さんは知らないが、昔からの中の芹沢さんがそういうんだから。きっとそうなのだろう。芹沢さんの言葉を少しづつ嚙み砕きながら理解すると嬉しい気持ちが沸き上がってきた。


「そうなんですね…、私は最近の新見さんしか知らないですから運がいいですねえ。」


 芹沢さんの言い方は、私のおかげで新見さんが変わったという風に聞こえなくもないがそれは違う。新見さんと知り合った期間は短いが彼は最初は無口で何を考えてるかわからなかったが彼は最初から優しい人間であった。


「…ふん、つまらんな。まあいい。食い終わったんなら仕事に戻れ。儂は用事があるんだ。」


 芹沢さんはキセルの葉を皿に捨て、立ち上がった。立ち上がる彼の腰には銀色の扇が目立っており、それは彼を敵対視するものを威圧するように腰ひもに挟まっている。


「…そうですね、そろそろ私も行きます。お気をつけて。」


 私もお膳を持ち上げると芹沢さんは私の横を通り過ぎ襖をあけ私を通してくれた。いつもは新見さんがやってくれる行動を芹沢さんがやってくれるとは思わなかった。


「ありがとうございます。」


ペコっと頭を下げ、感謝の言葉を述べると芹沢さんは鼻をならし、襖を閉めどこかに行ってしまった。皮肉屋な彼だが新見さんと同じくわかりづらい優しさがあるのだろうか。芹沢さんと別れ、皿を洗おうと井戸に向かうと井戸近くに腰を下ろしている誰かが見えた。今日の当番だろうか…?と顔を覗くとそこにいたのは初日以来会っていない藤堂さんだった。私の気づくと藤堂さんは明らかにいやそうな顔をされた。なんとも素直な顔である。桶に皿を入れ、水をつぎ入れる。近くにある布を水で濡らし皿の汚れを落としていく。ザバザバと水が揺れ動く音が聞こえる。私と藤堂さんの間に沈黙が流れる。まぁ、話すこともないし早く仕事に戻るために早めに切り上げようと急ぐ。ちらっと藤堂さんの桶を見ると一人分とは思えない皿が入っていて、さらに横には何枚かの皿とお椀が並んでいた。なぜ他人の分まで洗っているのかは知らないがどうせしょうもない理由だろうなと思って無視した。


「…。」


「…。」


 お互い口を開かずに黙々と皿を洗って私は自分の分を洗い終わり、掃除仕事に行こうと思い、桶を片付けると藤堂さんは焦りをにじませた顔で立ち上がった。


「君さ!女中として入ったんだよね…。俺さ今日稽古があって早くいかなきゃいけなくて…それで…。」


 初日に一悶着あったからか歯切れ悪く言葉を出す藤堂さん。日が照っている中で汗がタラっと垂れた。


「皿洗いやっといてくれないかな…。」


 苦く笑みを浮かべる藤堂さんに私は冷たい目を向ける。皿洗いは女中が居なかったこの組では自分の分は自分で片付けるのが決まりだ。私は女中だが、この男所帯には私一人しか女中がおらず日中の私は掃除に追われている。藤堂さんのお稽古が大事というのはわかるが私にも仕事があり藤堂さんの皿洗いをやってあげる義理はない。私の冷たい視線に気づいた藤堂さんは諦めたようで明らかに落ち込み皿洗いを再開するため腰を下ろした。その姿を見ると可哀そうで私の罪悪感が刺激される…。しどしどと私の心にドロドロの液体が無理やり入り込んできている感覚だ。気分が悪い。捨てられた子犬を雨の中、見捨てている気分だ。


 私は自分の顔を騙すように頬を引き上げ、腰を下ろして藤堂さんが使っている洗い桶に手を伸ばした。藤堂さんは驚いた顔を私に向けた。


「私も仕事があるのでさすがにこの量を一人では無理です。でも二人なら早く終わるでしょう?」


 そういうと藤堂さんは感動した顔をさらした後に、恥ずかしいような、困ったような複雑な顔をした。カチャカチャと大量のお皿が軽くぶつかる音がする。


「ごめん…さっきのは自分勝手だったよね…。」


 小さく聞こえる声は少し悲しげだった。その声に彼の顔を見ると眉は下がり、口元は歪められていた。そのぎこちない顔は先日みた自由で素直な態度とは全く想像できないものだ。


「私も先日は失礼な態度を取ってしまったので…。」


 私がしおらしくそういうと藤堂さんは顔をバッと上げてこちらを見た。私は顔を動かさずに皿を洗い続ける。


「ち、違うよ!あれは俺が考えなしだった…。俺のほうが失礼だったよ。それもごめん…。」


 あの時は初めての場所で自分の味方は誰もいない気がして自分もトゲトゲしていた。普段ならしない攻撃的な態度を取ってしまったのは事実だ。


「まぁ…お互い様だったってことですね…。」


 私がお皿に視線を向けながら少し苦笑い気味に言うと藤堂さんもそうだなと返してくれた。少し歯切れ悪そうに言った気がしたが私の勘違いということでここは終わりにしてしまおう。


「でも、君新見さんの紹介で入ったんだろ?」


「はい、そうです。」


「そっか、ここ最近結成したばっかだから血の気の多いやつも多いいでしょ?その…、大丈夫?」


「あー…」


 今日の朝、井上さんと話した時に思い出したことをまた思い出した。私の反応を見て苦虫を嚙み潰したような顔をした藤堂さんはまた顔を上げ私の向かって謝ってきた。


「ごめん、君は関係ないのに嫌な思いさせたってことだよね…。」


 藤堂さんは井上さんと仲がいいのを考えると近藤派なのだろう。藤堂さんに謝られても藤堂さんが悪いわけでもないのに…。確かに近藤派の人に意地悪されたのは確かだけどその意地悪から助けてくれたのも近藤派なのである。


「大丈夫です。原田さんに助けてもらったので…。」


 藤堂さんは私の言葉を聞くと安心したようで皿洗いを再開した。私は最初に分けたお皿を洗い終わり、藤堂さんのほうにあるお皿を自分のほうに寄せてまた洗い始めた。


 黙々とお皿を洗い続け、大量にあったお皿を洗い終わった。あとは藤堂さんに任せようと自分の分のお皿だけ持ち水場を去ろうと立ち上がると、お皿を持っている腕を藤堂さんに掴まれ足を止めた。


「なんですか?」


「あ、また!嫌なことがあったら俺の事頼ってくれていいから…。俺、腕っぷしだけは自信があるから!お皿もありがとう…。」


 藤堂さんはそれだけ言うと大量の皿をガチャガチャ鳴らしながら走りながら去っていった。

 割らなければいいが大丈夫だろうか…。


 藤堂さんの後ろ姿を見送りいいことをしたな と、いい気分で掃除場所に向かう。そういえば昨日平隊士たちの部屋を掃除したから今日は幹部の人たちの掃除かな…?


 幹部の人たちと言えば、初日に会って以来、顔を合わせていない土方副長や近藤局長たちだ。近藤局長は優しそうな人だった。でも土方副長は油断ならない人という感じだった。なんとなく土方副長は私と同族な気がして、近藤局長の部屋だったらいいなと思った。





私の願いも虚しく、掃除場所は土方副長の部屋だった。


「大して物はないからな。早く終わらせてくれ。」


鬱陶しそうに言う土方副長は、私を一睨みし持っている巻物に目を戻した。本当に物が少ない部屋には端に布団があり、土方副長の眼前にある文机だけがあった。


「天気もいいですし布団を干してもいいですか?」


私が土方副長に聞くと土方副長は持っていた巻物を私に見せないように閉じ、じとっとした目で私の方に向いた。


「干すのはいいが、ついでに茶を持ってきてくれ。二人分な。」


どうやら土方副長はお茶を所望らしい。今は掃除を優先したいところだが、土方副長の部屋を掃除するという今日の第一目標は早く達成できそうなのでお茶ぐらい持って行ってあげよう。


 私は土方副長の部屋の襖をあけ、端にある布団を持ち上げ、外に出した。外の庭にある物干しに布団をかけて、布団を手で叩く。叩くと布団からほこりがたくさん出てきて、土方副長がどれだけ布団を干していなかったかがわかる。




 少しだけ布団の陰に隠れて腰を下ろした。夏の青い空に白い布団の色合いがとてもきれいで私は思わずほうっと息を吐いた。風がそよいで草たちがこすれる音が耳に届く。少しだけ汗ばんでいた体に風があたり、体温が下がっていくのが分かった。なんて心地がいいんだろうか。私はもう一度息を吐き、立ち上がった。日が私の顔に差し思わず目が眩んでしまう。視界が一瞬白んで目の上に手を当て、影を作る。ふと上を見上げると、太陽に雲がかかろうとしていた。






「やはり、始末するべきか…。」


 私が台所から戻り、二人分のお茶を持ってくるとそんな土方さんの声が聞こえた。一瞬足が止まったがここで止まったら立ち聞きしてるって勘違いされちゃう。間髪いれず、襖をパッと開けた。私が開けた瞬間、土方さんと中にいた沖田さんは驚き、まるで服に少しだけ味噌汁を溢した時の顔をした。


「ずいぶん物騒な話をしてるんですね。私に聞かれたくない話でしたら、私が他の掃除を終わらせて、布団を干し終えるまでに終わらせてくださいね。」


 お茶とお団子を置いていき、私は部屋を早々と出て行った。心を無にして、中庭の雑草をぬき、台所ので夕餉の準備を進め、少し日が傾いてきたので、布団を戻しに土方さんの部屋に布団を持ち、向かった。


 布団をもって土方さんの部屋に戻るともう沖田さんはおらず、土方さんだけがお茶をずずっと飲み、書き物に目を通していた。私は布団を戻すとすぐに追い出され、手には茶を片付けろと先ほど持ってこさせられたお盆を手に持たされた。

 いつも思うが土方さんとは本当に勝手な人だ。私はお盆を戻すために台所に戻るともう井上さんがおり、もう夕餉の時間かと思いいる。


「あ、私も手伝います。」


「ありがとう、おそのさん。」


 井上さんは大鍋でお湯を沸かしている。今日の夕餉は豪華に焼き魚が出てくる。松平容保様から送られてきた魚を七輪を準備して焼いていく。暑いこんな日に焼くのは一苦労なので味噌汁と漬物は井上さんに任せる。


「暑いのにごめんね。」


 下がり眉で申し訳なく謝られる。でも、私もこの魚を食べるのだ。そのためにはこの苦行も耐えなくては…。そう思い大丈夫ですよ。と笑顔で返し七輪に向き合う。ぱちぱち焼けていく魚はとてもおいしそうでよだれが口に広がってしまう。庶民には全く食べれない魚を目の前に喜びで口が緩むのが分かった。私が何匹か焼き始めると台所から魚のにおいが漏れ屯所内に魚の美味しい匂いが漂い、今日はいつもよりも早く隊士たちが夕餉をもらいに来た。まだ数匹しか焼けていないので早く来られても困るが来た順にできている分を渡していく。いつもの横着な態度ではなく、隊士たちの態度は素直に魚を待っている。急ごうと思っても焼くのを急がせることはできないので隊士たちを待たせつつ全員に配り終え、私と井上さんのを分ける。私は井上さんと別れ、いつも食べている部屋に向かうがそこには誰もおらず、そういえばいないって言ってたと思い出し一人で食べ始める。一人で食べるのは大して珍しくないので黙々と食べ、皿を片し、台所で明日の準備をしていると一人の隊士の方が台所に来ていた。


「あ、こんにちわ。」


「…原田に頼まれ、送っていく…。」




「え、…ああ!そうでした!すみません。」


 私は漬物ツボの蓋を閉じて、すぐに帰る支度をする。原田さんに頼まれたという彼は口を引き結びじっと私が準備を終えるのを待っている。私が準備を終え、彼に向き直るとふいっと前に向き直り歩き出す。


「俺の名前は斎藤一だ。よろしく頼む。」


「あ、私の名前はそのと申します。」


 少し暗くなっている空の下、無言で歩いていく。


「それで、どこに向かうのだ?」


「あ、こっちです。」


 歩き慣れた道を進み、斎藤と横になって歩いていく。しん…と夕暮れの空の中、静寂が流れ私の中で気まずい気持ちが広がる。何か話した方がいいのかと思うが何を話せばいいかわからない。


「…仕事にはいつも感謝している。過ごしやすくなった。」


 私の気持ちを察して斎藤さんが話しかけてくれた。


「本当ですか?そう言ってもらえるととっても嬉しいです。」



「そ、そういえば、原田さんはどうされたんですか?」


 またの静寂に耐えきれず話しかけた。斎藤さんは私の言葉にふと私の方へ顔を向けてきた。ずっと前を向いていたため今初めて顔を見たが斎藤さんはいつも見る浪士の方々とは違い、遠目に見る武士たちのような風貌だった。


 浪士組の方々が身だしなみを整えていないというわけではないがたぶん休みの日に気づけばしている程度だと思う。彼らの髪は不揃いにまとめられていてそれは綺麗とは言いがたい。新見さんや芹沢さんは比較的綺麗なのでその二人を見慣れると汚く思えてしまうのだ。だが、斎藤さんは新見さんよりも綺麗に髪をまとめており、肌もそんなに汚れている雰囲気はなく、いつも少し匂う彼らの汗のにおいも彼からはしない。


 私がそんな観察をしていると斎藤さんは少し私をじっと見て口を開いた。


「原田は用があるらしい。」


「……そうなんですね。」


 何の用事だとは聞ける雰囲気ではない。斎藤さんの声は低く、私のほうを向き話してくれているが彼は他の人よりも背が高く体格もいいため圧を感じてしまい、質問できる気がしない。


「女に用があるらしい。」


「へ?」


 聞いてもいないのに斎藤さんが少し申し訳なさそうに話し始めた。それにしても、女に用があるって…しかも斎藤さんが申し訳なくしてるのを見るとそんなに重要な用事には思えない。でも、先ほどまで威圧的な雰囲気を持っていた斎藤さんは原田さんのために少し申し訳なさそうにしているのを見るとなんだか原田さんの事なんかどうでもよくなってきた。


「ふふ、でも結局斎藤さんが送ってくださってるんですから。」


 私の言葉に斎藤さんの雰囲気が柔らかくなった気がした。私の気のせいかもしれないけれど。


 それからは私の仕事についての話や今日の夕餉の魚が美味しかったなんて何気ない話をしているうちに私の家についた。斎藤さんにお礼を言って屯所に戻っていくのを見送る。斎藤さんは少し怖い人かもしれないと思ったが新見さんと同じで話してみると優しい人でやはり人は見た目によらないんだなと思いなおした。

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