Chapter-End:史上最高のクソゲー
「あ、忘れてた」
「自分の生死に関わるってのにお気楽なもんだな」
竜吾がじっとりとした視線で睨みつけてくる。燐が気まずそうにそれから視線を逸らす。
「……で、消すのか?だったら僕は全力で抵抗するけど」
有紗がどうとか関係ない、目の前で人が一人消されるのを黙って見てるわけにゃいかねぇからな。そう言い切ると竜吾は立ち上がって叶芽を見上げた。叶芽の鋭い目と竜吾のいまいち迫力のない目がかち合う。
「……」
叶芽がゆっくりと口を開こうとする。閉じて視線を彷徨わせ、迷うようなそぶりをみせる。
「……今の有紗は不安定だ。本来この装置を扱えるはずではなかった人物の妄想だから」
でも、と叶芽は続ける。
「ここまで腹を割って話してしまった今、何の情もなくお前たちを問答無用で消す、というのも心苦しい」
そこで叶芽は初めて笑ってみせた。優しいように見えて、挑戦的な笑み。
「そこで俺は、再びこの装置の改良が終わるまで……お前たちを、見逃してやろうと考えている」
「……へ?」
当の燐ではなくその隣で竜吾が気の抜けた声を漏らす。燐がその脛をぺしりと叩いた。
「見逃す、と?」
「ああ。つまりはお前がこの装置を通じてしっかりと有紗を作り出してくれるのならば、俺としては何も言うことはない」
叶芽はくるりと四人に背を向けた。肩が震えているあたり、まだ笑っているのだろう。もしかしたら彼は一年前から一度も笑っていなかったのかもしれない。
「だから、俺がこの装置をお前にもしっかりと扱えるように改良する。それまで見逃してやると言ったんだ」
床に刺さった針を蹴り飛ばして手中に収める。叶芽はそのまま肩越しに振り返ってみせた。やはり笑っている。
「改良が成功したら……いや、成功、させる。改良が終わったらもう一度ここにきてもらうことになるが……そうすれば、お前たちを消すことなく万事解決だ」
どうしてこの道に気づかなかったのか、と叶芽は笑う。長く笑う。思わず四人もつられて笑い出した。暗い地下室に、似つかわしくない明るい笑い声が響いた。
「……すまない、笑いすぎた」
数分後、まだ少し笑っている叶芽が言った。
「そうだな、俺らも一旦家に帰らなければならないし……」
燐が扉の方を見る。
「それに今が何時くらいだかもわからん」
そうだそうだ、と残りの三人も似たり寄ったりのことを口にする。
燐たちのその主張に叶芽も笑って肩をすくめてみせた。
「確かに一旦は帰ってもらわないと困るな。お前たちにもお前たちの生活があるのだろうし」
外まで送る、と叶芽が扉に手をかける。廊下を数分歩いたところにある梯子。その上はまだ変わらず外に通じていた。
「夜、だな……」
「ママに怒られるかも……」
その扉の上の空を見上げた燐と有紗が呟く。最後尾で叶芽が自身の携帯を出して確認した。
「夜の八時くらいか」
門限、とっくに過ぎてる!
その一言に四人が今までで一番勢いよく食ってかかった。
「俺はこれ改良しなければならないし、もうしばらくここにいるつもりだ。完成したら……今度はきちんと『叶芽』として家に帰るよ」
人目につかない学校裏で叶芽と別れた四人はそれぞれの家への帰り道をのんびりと歩いていた。いくら日の長い夏といっても、もうとっくに日も暮れてしまっている。
「じゃ、僕ら向こうだから」
「じゃーねー、りんくんもありさちゃんも」
ばいばーい、とみのりが手を振ってみせる。竜吾もその隣で小さく手を振っている。二人の家はきっと近いのだろう。
「……俺らも帰るか」
「そうね」
隣の通りといえども二人の家もかなり近い。近いというか、むしろ家同士がほとんど背中合わせだ。家の裏の窓を覗けば、お互いの家が見えるほどに近い。
所々に灯る電灯と家から漏れ出す明かりを頼りに二人は歩いた。月は出ているが、まだ細くあまり明るく照らしてくれはしない。
「なんか、衝撃の新事実がたくさんあったわね」
「そうだな」
「燐が今のあたしを作ったんなら、燐はあたしのお母さんだねぇ」
「そうしたら俺らの母親は西条……いや、あいつになるぞ。お前、兄の孫だぞ。兄の孫」
「そっ、それは嫌……」
有紗のげんなりとした表情が電灯に照らされる。その顔を見て燐はつい吹き出してしまった。
「い、いや、そんな顔してやるな……」
「なによ、この顔が悪いって言うの!?」
いーっ、ともっと変な顔をして有紗が言う。げらげらと笑いながら二人は鬼ごっこのように走り回りつつ家へと進んでいった。
「あぁ、そういえば有紗」
「何?」
走り回るのを止めて燐が振り返った。
「明日もまた、起こしに来てくれよな」
その燐の一言に有紗が目を見開く。それから思い切り笑ってみせる。
「わかったわ!まったく、燐ったらあたしがいないとダメなんだから……」
俺たちは妄想だ。この現実だけで出来ている世界とは全く違う、不確実で人一人の意思に簡単に左右される、どうしようもなく脆い存在。
けれどその外側の現実がその事実を知らなければ、きっと俺たちは現実と同じになれる。
妄想はとめどなく広がることができる。俺たちもきっとこの先現実と同じように生きていくのだろう。その未来はきっと妄想主ですら妄想できないほどに広がっているのだろう。
妄想は誰にも邪魔できない。妄想は脆いが、それでも無敵だ。
俺たちも、現実も、妄想も、きっと無敵だ。
「燐!起きなさい、朝よーっ!」
「りんくん、ねぼすけさんだねー」
「こいつ置いて先に始めようぜ、これ」
朝。燐は騒がしい声で目を覚ました。昨晩お願いした通りに起こしに来た有紗はわかる。だが……
「……お前ら、なぜここにいる……」
寝起きの不機嫌な目をここにいるはずのない来客に向ける。みのりがきょとんと首を傾げ、竜吾が相変わらずの笑みを浮かべて視線を逸らした。
「いやあ、このゲームがきちんと遊べるように改良されたらしくってさ。みんなでやりたいなー、って思ったわけよ」
有紗が指差しているのは燐のパソコンだ。燐は豪快な寝癖を直すこともせずそのパソコンの前に座った。
黒い画面が明るくなり、凝ったデザインのロゴが現れる。青い髪の背の高いドットキャラクターが、わずかに笑ってお辞儀をした。
妄想無敵のメガロマニア 巡屋 明日奈 @mirror-canon27
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