Chapter-13:妄想無敵のメガロマニア
「有紗ー、あんまり凄い勢いで漕ぐと危ないぞー」
自転車を漕ぐ小学生と中学生の間ほどの少女に青年が背後から声をかけた。
「大丈夫よー!お兄も早くおいでよ!」
ペダルから足を離して坂道を下る少女、有紗が兄に向かって返事をする。
「あらあら叶芽くん、また自転車取られちゃったのかしら?」
「そ、そうなんです……」
近くの家から顔を出したおばちゃんに青年が答える。ぺこりと律儀に会釈をすると、青年もとい叶芽は走り去る妹を追いかけて走り出した。
坂道の下は大通りに繋がっている。もしあの調子で通りに飛び出してしまえばかなり危ない。今日は夏休みでお互い学校はないものの、まだ平日の朝。車通りはかなり多いだろう。
暗い地下室で叶芽が有紗を見下ろす。言葉に詰まる有紗をよそに叶芽は続けた。もともと反応を期待なんてしていなかったのかもしれない。
「有紗を再びこの世に生み出せたとしても、おそらく俺はこの装置にかかりきりになる。だから俺の代わりに友人役を用意した」
叶芽が燐の方を見る。たしかに喋り方や考え方は若干似ているかもしれない。
「そして少し離れたところにお目付役の仮城。そしてその仮城の友人として天乃原を作った」
みのりと竜吾の方を向く。竜吾が叶芽を睨み返した。
「全ては俺の勝手だ。お前たちを作ったのも、お前たちを消そうとしたのも」
叶芽が針を後ろに放る。結構頑丈な材質でできているのか、針は床に当たり折れるどころか床に突き刺さった。
「先週までは何もかもが順調だったんだ。わかるか、八葉野燐」
所在なさげだった叶芽の瞳が再び鋭さを取り戻し、燐を凄い勢いで睨みつけた。
「お、俺……?」
「そうだ、お前だ。……だが、お前が悪いわけではない。俺があの装置に無駄な改良をしたからここまで事態がこじれてしまったんだ」
叶芽が燐に向ける視線を少し和らげた。
「覚えていないか?先週、お前と有紗に何が起きたか。今朝、お前が何をしたのか」
燐が戸惑ったような顔をする。今朝。今朝といえば気持ちよく寝ていたところに有紗が突撃してきて無理やり起こされて、それでこいつの作ったゲームをプレイさせられたんだったか。
「今朝ならちょうどお前の作ったゲームをしていたが……」
「違う、もっと前だ。正確にいえば朝の七時」
朝の七時。どこかで聞いたことがあるような時間だ。そうだ、確かさっきみのりが言っていた……装置がグレードアップされた時間だ。
「し、七時?七時は完全に寝ていたが」
「では夢だ。どんな夢を見ていた」
「どんな夢って……」
ただならぬ気迫でそう言われて燐は慌てて今朝のことを頭の中で再現してみた。
「燐、もう10時よ?さっさと起きなさい!」
「なぜ夏休みだというのにこんなに早く起こされねばならん」
「これ以上寝てたらいくら休日でも人間的に堕落してるわよ。さっさと起きなさい」
違う、もっと前だ。まだ俺が一人でのんびりと寝こけている頃。
「そうそう、あんな感じの停電今朝もあったよな」
アトレでの、竜吾の言葉。
「何時くらいだ?それ」
「大体七時位じゃないか?」
「寝てたから気付かんかったな……」
確かこの時に自分の見た夢について思い出しかけたはずだ。
何か悲しいような、救われないような夢だった気がした。ただその後無断で部屋に上がって無慈悲にもタオルケットを強奪していった有紗のインパクトですっかり頭から飛んでおり、思い出せる気もしない。しかし燐は今度こそ思い出すべく起こされる直前へと思考を飛ばした。
悲しいような、救われないような夢。それは確かやたらと長い夢で、起きた途端に有紗の顔が見えて少し安心したはずだ。
やたらと長い夢は、ちょうど日にちに直すと一週間分のことを一気に体験したような長さだったような気がする。
そこで燐は先ほどの叶芽の言葉を思い出した。
_____覚えていないか?先週、お前と有紗に何が起きたか
きっと先週、あの夢の始まりの日に何かがあったんだ。無性に悲しくなるような出来事。それは……
「あ、ありさ、が……、事故で……」
「……どうやら、やっと思い出したようだな」
叶芽が静かに言う。燐は言葉もなくその場に呆然と座り込んでいた。
「では、どれだけ事態が面倒なことになっているのか、初めから解説をしよう。これを聞けば、俺がお前たちを作り出したのに消そうとした理由もきっとわかるはずだ」
座り込む燐たちの前に叶芽が立って言った。
叶芽が語った話は、大まかに言うとこのような感じだった。
四年前の夏、叶芽の妹であるオリジナルの有紗が交通事故で死んでしまう。それにショックを受けた叶芽は自身の強い妄想を利用して有紗を再びこの世に生み出そうとする。
数年ほど経った頃、叶芽は有紗を作り出すことに成功した。しかし自分にはまだやるべきことがあり彼女の側にはいられないため、友人役と監視役である燐、竜吾、みのりも同時期に作り上げる。それと同時に叶芽は四人に偽の記憶を植え付け、昔からこの現実世界で生きていたと思い込ませた。
さらに半年、今年の夏休み。今からちょうど一週間前。同じ坂道で、有紗が今度は燐の目の前で死んでしまう。一週間後である今日の朝、その目の届かないところで叶芽はもう一度有紗を作り直そうとする。しかしそれよりも早く偶然力を得た燐が夢の中で有紗の死んでいない世界を強く妄想したためそれが具現化。叶芽は自分以外の人間の作り出した不安定な妄想を自分の妄想に置き換えるため、妄想主である燐を一度削除しようとこの地下室へと呼び寄せた。
以上が大体叶芽の語ったことの顛末だった。
「つ、つまり、今の有紗は俺が作り出した有紗だってことか?」
話終わるやいなや燐が訊ねる。叶芽は無言で頷き、有紗が心細げに目を逸らした。
「ごめんね、あたし……全然覚えてないけど、二人の前で二回も死んじゃったみたいで。しかも多分、あたしが調子乗ってたから……よね」
ごめん、ともう一度俯いたまま言う。燐が近寄ってそっと頭を撫でた。
「……今思い出した俺が言うのもどうかと思うが、もう二度としないでくれればそれでいい」
叶芽も少し離れたところで頷いてみせる。途端に有紗が堰を切ったように泣き出した。ごめん、ごめんね、と言いながら泣き続ける。
「……俺も八葉野と同意見だ。この先あのようなことをしないでくれれば、それでいい」
「お兄ぃ……ごめんなさい……!」
「……で、やっと泣き止んだかお前」
数分後。訊きたいことがあるのを我慢していた竜吾が呆れたように言った。
「お前いくつだよ」
「十五歳……」
ず、とまだ鼻をすすりながら有紗が答える。小学生かと思ったわ、という竜吾の言葉に思わず吹き出すと、いつものように食ってかかった。
「うっさい同い年のくせに!」
「じゃあまずそのひどい顔をどうにかするんだな」
「りゅーくん、女の子にそんなこと言っちゃダメなんだよー」
二人の後ろからみのりがいつもの笑顔を浮かべてのんびりと言う。二対一に追い込まれた竜吾が困ったように燐の方へ助けを求めてきた。
「……こら。こいつも喋りたいことがあったんだろ。その辺にしとけ」
えー、と二人が声を揃えながらも大人しく竜吾から離れる。ようやく解放された竜吾が軽く姿勢を正しながら訊ねた。
「で、これからどうすんだ?消すのか、こいつのこと」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます