Chapter-12:妄想の妄想の果て
「……お前らは四人とも俺の妄想に過ぎないのだから」
要の衝撃的な言葉に三人が固まる。みのりがその言葉に静かに頷いた。
「私の役目は、要の妄想の産物であるあなたたちと現実に致命的な齟齬が生じないか見張ることでした。今回ここまでくるように誘導までしたのは、非常事態になってしまったから」
くるりと顔を奥の装置へ向ける。装置は相変わらずエンジンのように低い音を立ててわずかに揺れていた。
「この装置は要に妄想を現実へ落とし込む力を与えるもの。詳しく解説すれば科学的な話になりますが……割愛しておきましょう」
三人は一つも言葉を挟めずにいた。ついていくので精一杯だ。
「妄想と現実の間に生まれた小さな食い違いをなるべく減らすため、要は毎日この装置を改良しています。たまに再起動が必要なほどの改良をしたとき、停電が起きたりもします」
そう言われて燐は今朝の停電を思い出した。もしかしてあれもこの男が起こしたものだったのか。
「今日の朝、ちょうど七時くらい。要はこの装置を大幅に改良しました。具体的にいうと、装置の出力を強め……私たち、あなたたちが消えずに行動できる範囲を広げようとしたそうです」
あまり生み出した本人から離れるとそれだけ齟齬が増えてしまうのです、とみのりは語った。ただ淡々と語るその様子からすると元々全て知っていたのだろう。いや、そうでなければあの要の助手など務まるはずもない。
「その時におそらく、私たちにも要と同様の能力が芽生えたのでしょう。何せ私たちは」
「……この装置から生まれたようなものだから」
燐が言葉を繋げる。みのりが燐の方を見て、ゆっくりと頷いた。
燐はゆっくりと頭を動かして自分に刺さった針を見た。驚くべきことに、すでにほぼ痛みは消えていた。血も最初に刺された時に針についたのだろうもの以外ほとんど流れていないようだった。
「……この、針は」
「一度生み出したものはいくら妄想とはいえ、限りなく現実のものに近くなります。それを再びなかったことにするにはその端末を通じてあの本体装置そのものに還元するのが一番早い、と要は考えたみたいですね」
再び装置の方を向いてみのりが答える。要はすでに装置の方へと戻ってしまっていた。パチパチとボタンやスイッチを押したり上げたりする音が断続的に響く。
「時間だ。消えろ」
要は燐の方へ振り向くと大きなレバーをがしゃんと上げた。装置の駆動音が一際大きくなり、コードに電気が通り……
何も、起こらなかった。要が訝しげに眉をひそめる。有紗と竜吾が安堵のため息を吐いた。
「先程適当なもので確かめた時は問題なかったのだが……」
要が燐に刺さった針に手をかける。そのまま勢いよく引き抜かれ、燐は再び床をのたうち回る羽目になった。
「返しが……」
針の先についていた返しを見たみのりが呟く。要はその返しを一瞥し、燐を見た。
「別にこのぐらいでは死なないだろう。それにどうせ消すのだから死なれてもどうでもいい」
要が工具の散らかされた机へ向かう。針を分解でもする気だろうか。有紗と竜吾が今度は揃って震え上がる。偶然不具合で作動しなかったものの、直されてしまったら今度こそ燐は消されてしまう。
床に転がった燐が無様な姿勢のままにやりと口角を釣り上げた。
「……無駄、だ」
「なんだと?」
弱々しいが力強いその声に要が振り返った。
「その針には『何も問題はない』からな」
笑みをいっそう深くして燐が言う。なんだと、と要がもう一度繰り返した。
「そのコード。外側が硬くて切れないんだろう。なら……内側から、引きちぎればいい」
ついに声を上げて笑う。
「内側、だと……!?」
「忘れてもらっては困るな。今の俺にはお前と同じ力がある」
近づいてきた要を睨みつけて燐は言った。
「たとえ動けなくとも、俺が『その装置のコードが内部で断線している』と妄想するだけで、その針は使い物にならなくなるんだ!」
がばりと体を起こす。まだ抜かれた時の痛みはあるが、立っていられないほどではない。
要が床に広がったコードを睨みつける。机の上に置かれていた針を乱雑に掴み、再度振りかぶろうとする。
「待て!」
燐が要をさらに睨みつけた。普段の彼からは想像もつかないような大声で燐は叫んだ。
「そもそもお前は何者だ、なぜ俺たちを作った、そしてなぜ今俺たちを消そうとする!答えろ!」
「貴様らに教える義理など……」
「どうして自分が消されなきゃならないのか、それを知らないまま消えるなんて納得いかない!」
燐が要に詰め寄る。少し力を込められれば針が容易く刺さるような距離だ。
「……」
要が無言で燐を見下ろす。そしてその視線が逸らされ、ある一点を向く。
「……浦瀬有紗。お前に、兄はいるか」
「……へ?い、いない、けど……?」
何の脈絡もないその問いに、有紗がしどろもどろになりながら答えた。
「そうだ、その通り……お前は一人っ子だったな……」
まるで頭痛でもしているかのように要は空いている方の手で顔を覆った。その体がゆらゆらと所在なさげに揺れる。
「浦瀬。先程俺は『四人とも俺の妄想だ』と言ったが……お前だけは、違う」
ゆらゆら歩きながら、要がいつの間にか有紗の前に立つ。燐が慌てて振り返るが、要が有紗に危害を加える様子はなかった。
「お前には、元となる存在がいた……両親と、そして一人の兄と共に暮らしていた、少女だ」
有紗が息を呑む音が聞こえた気がした。
「俺の……俺の、本当の名前は……浦瀬
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