Chapter-11:非実在青少年少女
「な、なんだ、その針は……っ!」
針を向けられた燐が思わず後退る。カードの繋がれたその針は先が鋭く尖っている。あんな物で刺されてはひとたまりもない。
ぶん、と大きく振られた要の腕をとっさに避ける。針は要の後ろの壁に刺さった。
その針を再度引き抜いて要が目標を変える。次にその針の切っ先が向けられたのは有紗。彼女の瞳が大きく見開かれた。燐が慌てて方向転換し、針から有紗を庇おうと走る。後ろから飛びつけば取り押さえられるだろうか。
「……かかったな、八葉野」
要が一瞬で針を逆手に持ち直し、そして後ろに振った。針の先が鈍い音を立てて燐の腹部に突き刺さる。背中側から血に塗れた針の先が見える。燐の目から生理的な涙がこぼれ落ちた。
「ぐっ……う……」
さすがに抜けば大惨事になることはわかる。燐はそれをそのまま放置することに決めた。その場に手と膝をつき、なんとか痛みを逃そうとする。
要はそんな燐を冷たく見下ろす。そればかりかその襟を掴み、背後で控えていたみのりの方へ投げ飛ばす。
「あぐっ!」
「りんくん……」
完全に床に倒れた燐の前にみのりがしゃがみ込む。
「ごめんなさい、でも必要なことなんです」
その目を伏せて言う。燐からの返事はなかった。
「……おい、西条要」
「何だ?正気に戻ってくれたのはありがたいが、今お前に構っている暇はない」
「暇なんてなけりゃ作ればいいだろ」
竜吾が要に声をかける。不機嫌そうな要に対し「もしかして暇すら作れないのか?」と煽ってみせる。
針から伸びるコードの先を視線で辿る。どうやらこの針はあの奥にある大きな装置に繋がっているようだ。
「あの針、どんな作用があるんだ?電気でも流す気か」
「そんなわけないだろう」
教えてくれるはずもなく、要はくるりと背を向けると奥の装置に向かった。その隙に竜吾が振り返って有紗の方を見る。二人の目が合う。竜吾はコード、そして装置を指で示した。
「あの こーどを きって くれ」
身振り手振りでなんとか有紗に伝える。有紗も理解したのか、こくりと頷いてみせた。
有紗が燐を心配するように近づく。もちろん燐のことも心配ではあるが、有紗としてはそれ以上にその針に繋がったコードがどんなふうに作用するかの方が心配だった。
「燐、大丈夫……なわけないわよね。そこ、動かないで」
みのりの隣にしゃがみ込む。ちょうど針から伸びて床に落ちたコードとみのりの間に入ったような姿勢だ。
「あり、さ……なにを」
「うるさい。喋らないで」
ぴしゃりと燐の顔面を叩く。手を上げて防ぐ気力もないのか、燐は反射的に目を閉じてそれを顔で受け止めた。
「いや、叩いたらダメだろjk」
アホか?とその後ろから竜吾が声をかける。ぐりぐりと足でコードを踏みつけてみるが、コードが切れる気配はない。当たり前か。有紗も後ろ手にコードを引っ張ってみるが、やはりちぎれる気配はない。当たり前だ。二人の行動に気づいてか気づかないでか、燐が大きく息を吐く。その呼吸が若干震えているのは痛みからだろうか。
「そんなことしても切れませんよ」
目を伏せたままみのりが言う。二人がぎくりと固まった。
「なっななな何のことかしら……?」
「なっ何いきなり言ってんだ?お前」
みのりがゆるゆると顔を上げる。近年稀に見るジト目で彼女はしどろもどろな二人を見据えた。
「そのコード。カバーが硬いから切れませんよ」
燐が頭の向きを変えてコードを見る。確かにコードにしては太く、そう簡単に切れたりはしなさそうだ。
「でっでも、だって切っちゃわないと……あいつ、このコード使って燐に電気流したりするんでしょ!?」
「流さないってさっき言ってたじゃないですか」
「電気じゃないにしろ何かしら良くないことが起こるんじゃねーのか?それ。そんな硬いってことは何か重要なもんなんだろ」
「その通り重要ですよ」
「お疲れ、仮城。準備が整った」
みのりと問答していたせいで要の接近に全く気づいていなかった二人が驚いてバランスを崩す。みのりが振り返って要を見上げた。要は先程はしていなかったヘッドギアのような物を被っており、そこからもまたコードが数本伸びている。
「てめぇ、そんなにこいつを殺したいのか!」
立ち直った竜吾が要に食ってかかる。要は肩をすくめ、大袈裟に首を振ってみせた。
「……そんなことをしたら、本末転倒だ」
「……なんだって?」
喋りはしなかったものの、燐も同意見だった。これだけのことをしておいて殺さないとはどういうことだ。
そんな燐たちを置いて要は話を続ける。
「その針のような機械はこのヘッドギアと同じくあの奥の装置につながっている。針を自分の妄想に刺し、これを被り通電すれば……その妄想を『なかったこと』にできる」
連日徹夜で改良したんだ、と要が言葉を続けるが燐の頭にはそれ以上入ってこなかった。
「待て、お前……い、ま……何と……?」
燐が精一杯要の方を向いて訊ねる。要がつまらなさそうに振り返った。
「どれのことだ?」
「はり、を……もうそうに……」
「ああ、そこか。何か問題でもあるか?」
「大ありだろ!」
口を開きかけた燐に被せるようにして竜吾が割って入ってくる。竜吾が要を睨みつけた。その視線を華麗にスルーして、要が言い放った。
「いいや、無いな。お前らは知らんだろうが……仮城みのりだけではなく、お前らは四人とも俺の妄想に過ぎないのだから」
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