Chapter-10:たった一人のドラマツルギー

「決まっているだろう……内通者だ」

「は?なんだそれ、漫画の読みすぎじゃねぇの?」

なかなかに衝撃的だった要の言葉を竜吾がばっさりと切り捨てる。そうよそうよ、とその後ろで有紗ももげんばかりに首を縦に振っていた。

「内通者だなんて、そんな簡単に作れるわけないじゃない!だってあたしたち、幼馴染よ?」

「正確には幼馴染のペアが二組一緒にいるだけだがな」

「細かいことはどうでもいいじゃない」

燐の訂正を無視すると有紗は続ける。

「それより!あたしたちは誰かが誰かとずっと仲が良かった。あんたが割って入る隙間なんてないのよ!」

びしぃ、と音を立てんばかりに指を突きつける。突きつけられた要は微動だにせずにその白衣のポケットに両手を突っ込んで立っていた。

「それで、終わったか?茶番は」

要が飽きたような態度でそっけなく言う。実際なかなか本題に入らない四人に飽き飽きしているのだろう。

「……内通者が誰か。知りたくないわけではないよな」

要の言葉に四人が固まる。要のその鋭い瞳は四人の中の、ただ一人だけを射抜いていた。

「……」

その視線の先の人物が俯いて黙る。

「どうした、今更しらばっくれる気か?」

要に返事もせずに黙り込む。その視線がすっと要から逸らされた。

「お前が教えてくれたんだろう?誰がこの能力を使えるようになったのかも」

要がさらに言葉を続ける。

「あの力が使えるようになった疑いが強まったとき、お前が率先して実験までしてくれただろう」

要がその人物に近づいていく。

「ああ、『お前』ではいけなかったな。お前には俺がつけた名前があるのだから……」

目の前に立たれて、後退りする。要の瞳はその人物をがっちりと捉えて離さなかった。

「そうだろう?仮城みのり」

ぎらりと要の瞳が光る。みのりがその場に崩れ落ちた。


「嘘だろ、みのり……」

座り込んだみのりに竜吾が駆け寄る。みのりが未だぼんやりとした表情で竜吾を見上げた。

竜吾がその肩を掴んで揺さぶる。

「なぁ、嘘だろ?お前がこんな変な奴とつるんでたなんて、嘘だろ?嘘だって……」

「……りゅーくん」

竜吾の手を振り払うと、みのりがゆっくりと立ち上がる。そのままゆらゆらと不安定に、しかししっかりとした足取りで要の方へと歩み寄る。

「ありがとう、りゅーくん。でもは『こっち側』なんです」

要の隣で立ち止まるとくるりと回って燐たちの方を向く。

「りゅーくんたちの隣で『のんびり屋さんのみぃ』を演じるの、楽しかったです」

にっこりと笑ってみせる。その目は全ての想いを覆い隠してしまったように、濁りきっていた。

「なっ……なんでよ!どうして……騙して、たの?戻ってきなさいよ!みのり!」

「みんなを騙していたことに関しては謝ります。でも……」

みのりがそっと要を見上げる。

「……私はこの人の『優秀な助手』にしかなれないので」

要が後ろからみのりにパーカーを被せる。みのりは大人しくそれを被った。やはり俺の助手はこうでなくてはな、どういう趣味をしてるんですか、とこの場に合わない軽口の応酬が繰り広げられる。

「どうして……あたしたち、あの時友達になったんじゃなかったの……?」

「ありさちゃんもりんくんも、もちろんりゅーくんも大切な友達ですよ。でも、それとこれでは話が違うんです」

詰め寄ってくる有紗にみのりが冷たく返す。

「私はもともとあなたたちを監視するために作られた存在ですから」

何の感情も読み取れない目で言う。燐にはそれがどうしても何かを堪えているようにしか見えなかった。


「監視するために、作られた……?」

最初に言葉に出したのは竜吾だった。

「だって僕たちは小さい頃からずっと一緒にいて、幼稚園から高校までずっと一緒で、そんな、そんなのありえない……」

作られたとしたらいつ作られたんだ、赤ん坊の頃からそのためだけに作られていたのか、と竜吾が要に迫る。要は呆れたように竜吾に目を向けた。

「だとよ。説明してやったらどうだ?仮城」

「……はい」

みのりが竜吾に近づく。そしてそのままふわりと竜吾のことを抱きしめた。

「ごめんなさい、りゅーくんのその思い出は全部偽物なんです」

竜吾が言葉を挟もうとするのを遮って続ける。

「私は要の助手イマジナリーフレンドで、要の妄想が現実に落とし込まれただけのもの。りゅーくんとの思い出は、その時に都合がいいように全部作られたもの」

ぎゅ、と抱きしめる手に力がこもる。

「だから『そう思い込んでる』だけで、私とりゅーくんは幼馴染でも何でもない……んです」

ごめんなさい、と最後にもう一度謝るとみのりは竜吾から離れた。そしてそのまま定位置なのだろう要の隣へと戻る。竜吾がその場に取り残されたまま呆然としている。

「なんだ、ではお前は最初からずっと敵だったというわけか」

「……要は悪い人じゃないです。要にも、信念と目的があるだけです」

敵意のこもり始めた燐の言葉にみのりが首を振る。

「じゃあどうしてお前らは俺たちをここに集めた?こんな発表をするためだけか?違うだろう?」

燐がぐいと要に近寄る。

「理由は何だ?目的は何だ?答えろ!」

「……話せない」

要はくるりと後ろを向くと歩き出した。そして壁に突き刺さっていた針のような機械を引き抜く。

「話せないが、しばらく眠っていてもらいたい」

その針を剣のように構えて、要は言った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る