Chapter-9:孤高のエリミネーター

がこん、と扉を開ける。その扉の取っ手に燐が絡まっていたロープを通し、近くの柱に結びつける。これで四人全員が通れるようになっただろう。

扉の下には梯子が降りており、四人は順番に慎重にその梯子を下っていった。地下は暗く、明かりもついていない。四人は一列に並びながらその暗い細い道を進んだ。

三分ほど歩き続けただろうか、先頭を歩いていた燐の目の前にまたもや鉄製の扉が現れた。重そうではあるが、取っ手を見る限り鍵などはかかっていなさそうだ。

「……開けるか?」

振り返って訊ねる。一番後ろにいた竜吾が静かに頷く。燐は前に視線を戻し、力を込めてその扉を開けた。


「ようこそ、思ったより早かったな」

扉の先、薄暗いが明かりのついた部屋の中で見知らぬ男が言った。大仰に広げた手に合わせて白衣の裾も広がる。

「天乃原竜吾。お前、意外と核心を突いてくるな。実は頭いいんじゃないのか?」

「うるせぇ、誰だお前」

その白衣の男は竜吾を指さすと笑ってそう言った。返ってきた竜吾の言葉には反応せず、男は歩いて次の狙いを定めた。

「仮城みのり。お前は……いつから通訳になったんだ?そこの男が口下手なせいか」

みのりの前でしばし足を止めて男が言う。みのりはぷいとそっぽを向いた。

男は歩みを再開し、有紗の前で三度止まった。

「……浦瀬有紗。相も変わらずだな」

「会ったこともないくせによく言うわ」

射抜くような男の視線に動じることもなく有紗は肩をすくめてみせる。

「そもそも誰だか名乗ってもいない奴にそんなこと言われても気持ち悪いだけよ」

男は有紗の言葉を無視して、最後の一人に視線を向けた。

「八葉野燐……何者だ、貴様は」

男の緑の目がさらに鋭く細められる。その視線に燐が思わずたじろぐ。

「……何者だと問われても、俺は八葉野燐以外の何者でもないと思うが」

「そうか」

ふい、と興味を失ったように男の視線が燐から外れる。燐が思わず詰めていた息を吐く。

男はさらに歩き、そして机の前に置かれていた簡素な椅子に腰掛けた。その場で脚まで組む。一度は緩んだ視線が、また鋭く光る。

「俺は要。西条要……姿でわかると思うが、例のゲームの制作者だ」

芝居かがった調子で要が言う。タイミングよく明かりが強まり、その全身がはっきりと浮かび上がった。

高めの位置で括られた青い髪、そして高い身長に白衣。その姿は会ったこともないはずなのに、間違いなくどこかで見たことのある姿だった。

「メガロフラッシュの、作者……!」

全ての発端はあの訳の分からないゲームだった。確か有紗に誘われてやったあのゲームを通じてこの二人とも出会い、そして今この場所に繋がっているのだ。


_____MEGALOMAさん、この度はこのゲームをプレイしていただきありがとうございます。


____では、いざ妄想メガロマニアの世界へ


黒画面の中央に現れた、青色の髪を一つ結びにした白衣のキャラクター。そのキャラクターは、なんとなく他のキャラクターたちよりも背が高い気がした。


燐の脳裏にその黒画面に浮かぶキャラクターが思い浮かぶ。ぺこりと律儀にお辞儀までしてみせたそのドットは、確かにこの目の前の男にそっくりだった。

「なんでお前、こんな変なゲームなんて作ったんだ……」

「物事には順序というものがあるからな」

要がやれやれとでも言いたげに首を振ってみせる。質問に答えてくれる気はなさそうだ。

何を話せば良いのか、と止まる四人に痺れを切らしたのか要は突如椅子から立ち上がった。

「お前たちは何をしにここまで来たんだ。上で起きた事件について訊ねるためだろう?」

「そっ、そうだったわ!」

メガロフラッシュの件のせいで完全に頭から吹き飛んでいた。慌てて頷く有紗の横で燐も不機嫌そうに頷く。相手に言われるまで忘れていたなんて、自分も三人もどうかしているとしか言えない。

「……で、じゃあ学校消したのはお前なのか?」

その後ろで竜吾が言う。若干怒っているように見えるのは先程「意外と」頭がいいというようなことを言われたせいだろうか。

「その通り、その質問が正しい順序というものだ」

要はぐるりとその場で回ってみせると不敵に笑った。

「今この上にある学校を消し飛ばしたのは俺だ。もちろん理由あってのことだがな」

「じゃあ次はその理由でも訊けばお前の言うところの『順序』になるのか?」

「もちろん。まぁその程度はわかるみたいだな」

挟まれた燐の皮肉にも全く動じず要は話を続けていく。

「動機だな?それはもちろん……お前たちをここに誘き寄せるためだな」

「……は?」

気の抜けた声が数人分重なって響く。そして長く思える数秒間、沈黙が流れた。

「そ、それだけのため?」

有紗がなんとか続きの言葉を紡ぎ出す。それに要が頷いてみせた。

「全部計画通りだ。まずあのゲームが途中で切れるように設計し、天乃原と浦瀬にさりげなくその情報を流す。そうするとお前らは仮城や八葉野にそのゲームの話を持ちかける。そして天乃原、浦瀬の性格を考えればレビューサイトに押しかけるのは明白だ」

つまり俺たちはこいつの掌の上で踊り明かしていたようなものなのか。燐はぐっと要を睨みつけた。

「あそこまでスムーズに会う約束が取り付けられたのは想定外だったが、まぁ嬉しい誤算というものだ。俺は無事にお前ら四人を引き合わせることに成功した。そして、今度はお前らがここに来るように仕向ければ終わりだ」

「それで、この学校を消した?」

「その通り。お前らの共通点の一つであるこの学校を消すなど大それたことをすれば、好奇心旺盛なお前らはここに集まる。後はあの扉を開けてここまで来るのも時間の問題、というわけだ。理解したか?」

つらつらと並べ立てられる、今日の燐たちの行動経路。気持ち悪いほどにそれは思い通りに進んでいた。

「……はっ、なんともずさんな計画だな。穴も穴も穴だらけだぜ?」

その明らかに舐めてかかっているような言葉に要が顔をしかめる。その声の主、竜吾は笑って言葉を続けた。

「こんな賭けばっかの計画がどうしてここまで成功したんだろうな、知らなかったとはいえ自分たちが情けねぇわ。だって……俺らが会う約束を取り付けるかどうか、とかこの上の扉を見つけられるかどうか、なんてお前にとっちゃ賭けでしかねぇだろ」

馬鹿か?正気か?と煽る竜吾を要が鼻で笑ってみせた。

「そもそもそんなものは賭けにもならないな。今回は偶然そんな必要はなかったが、もしそのような展開にならなさそうだった場合はきちんと誘導するまでだ」

「は?誘導?どうやってだよ」

「決まっているだろう……内通者だ」

衝撃的な一言に四人が固まる。

細められた要の瞳が、鋭く怪しげに輝いた。

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