Chapter-8:実現可能な事件

「これ、扉か?」

本来ならば校舎の影に隠れて見つけにくいだろう場所。その扉は砂に埋もれるようにして地表に出ていた。ぐいと力を込めて開けようとするが、どうしても九十度より向こうに開かない。そればかりか、手を離すと途端に閉まってしまう。これでは三人は入れても最後の一人が入る前に閉まってしまう。

目的としては校舎を消すなんてことをした理由を問いただすだけだが、この少人数がさらに分断されてしまうのはどことなく心配になってしまう。

「どっかに括り付ける場所があればいいんじゃね?」

竜吾が言う。しかしここは更地。校舎があった頃ならまだしもこんな何もないところで、地面にでも括り付けろと言うのか。

それを伝えると竜吾は呆れたように大袈裟に肩をすくめてみせた。

「校舎があればいいんだろ?」

「だからそれが無いんだろう」

「無ければ出せばいいだろ」

「は?」

訳の分からないことを言う竜吾に燐が思わず冷たく返す。まだわかんねぇよかよ、と相変わらず呆れた態度を崩さない竜吾にみのりがそっと話しかけた。

「りゅーくんには、何かアイデアがあるんですか?」

「あるぜ」

そこで竜吾がその顔をドヤ顔に戻す。相変わらず腹が立つ顔だ。

「あるんならもったいぶらずさっさと言いなさいよ」

「わかったって。だから、僕たちでここに校舎を出しちまえばいいだろ?」

にい、と笑いを三割増しにして竜吾が言う。さっきと言っていることが全く変わらない。燐の眉間のシワも三割増しになる。

しばし微妙な沈黙。それを破ったのは、意外なことに有紗だった。

「あーっ、わかったわ!」

突然叫んだ有紗に三人がギョッとして振り向く。それに構わず有紗は言葉を続けた。

「あれよ、あのゲームとかパソコンとか貰った時のあれ!あの時みたいに『戻れー!』って念じたら校舎戻ってくるんじゃないかしら?」

その有紗の意見に竜吾がそれを言いたかった、と頷く。燐も合点がいったように手を叩いた。

「確かに、仮説ではあるが……妄想で消された校舎なら妄想で戻してしまえばいい。そういうわけだな?」

「そうそう!」

有紗が勢いよく頷く。ツーサイドアップにされた髪が必要以上に揺れた。

数分後、四人は軽い作戦会議を終えていた。

「じゃあいくわよ、まずイメージのおさらい」

有紗が三人に声をかける。

「イメージはいつも通りの校舎。それぞれ記憶にある校舎を思い浮かべること」

燐が言葉を繋げる。有紗が満足そうに頷いた。さらにその続きをみのりが受け取って続ける。

「余分なものをイメージしてはいけません。学校がヘンテコになったら困ります……」

「あくまでも普段通りを思い浮かべるのが重要、ってわけだな」

その通り、と有紗が指を立てる。

「じゃあ今度こそ行くわよ。イメージは固めた?」

三人が頷く。

「よし……っ!」

有紗の声に合わせて燐は頭の中にいつもの校舎を思い浮かべた。まだ半年程度しか通ったことのない校舎。私立高校だからか、設備は結構しっかりしていて、外側の壁も結構新しいように見える。

着実にイメージを積み上げていく中、燐はふと思った。

校舎が出たとしても、この扉を括り付けるためのフックかロープがなければ意味なくないか?

まずい、と思った時にはもう遅かった。目の前に戻ってきたいつも通りの校舎、そして。

「……燐、何やってんの」

「すまない……」

見事にロープの絡まった燐。隣の竜吾とみのりも呆れたような生暖かい視線を送ってくる。

「いや、その、校舎だけあっても固定できないじゃないか、これ。だからつい……」

ゆっくりと絡まったロープをほどきながら燐が弁明する。有紗が呆れ返って肩をすくめた。

「まぁ、いいんじゃないのかしら、結果オーライで。確かに必要だったし」

有紗が手を伸ばしてロープをほどくのを手伝う。数分後、やっと抜け出せた燐は俯いて反省する他なかった。


少し前、燐たちが扉をなんとかして開けようとしていた頃。

「だ、誰かが開けようとしてる……」

大方あの四人だろうけど、とため息をつく。

地下室。要はガタガタとすごい音を立てて開け閉めされる扉の音を聞いていた。歩き回るのを止めて机の前に立つ。机に広げられた、床のそれよりは小さい図面を眺めながら考える。

あの四人は本当に「能力」を得てしまったのだろうか。要の一つ目の目的はそれを確かめることだった。

そして二つ目の目的。それはもし四人が能力を得ていると確信できたら、その時点で四人を手早く始末すること。

この扉が開けられる、それはつまり校舎を再びこの上に置き直すということ。それができてこの扉を開けたのならば……それは、即座に四人を始末することに繋がる。

どう始末すれば都合が良く手っ取り早いか。要は考えながら図面に指を走らせた。

こいつから始末するとこっちが厄介、この装置を守るように動かなければ本末転倒になる……とぶつぶつ呟きながら要は集中して考え事をしていた。

だからこそ、唐突に頭上に響いた轟音は要を驚かせるのに充分すぎるほどだった。

「うわっ!?」

思わずその場に転げる。天井の蛍光灯がチカチカと危なっかしげに明滅した。

頭上の地響きは一瞬で、要は即座に察した。あれはきっと、校舎が戻された音だろう。だとしたら自分のやるべきことは、何か。

要は壁に刺さった針のような端末を一瞥すると、まもなく降りてくるだろう四人を出迎えるために部屋を片付け始めた。

決戦の場所は、きっと片付いていた方がいいに違いない、と考えながら。

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