Chapter-7:実現不能な事件

「続きまして、速報です」

頭を抱えた四人の前で、小型のテレビがそう告げた。四人が一斉にテレビの方を向く。

テレビの画面は何もない空き地を映していた。この景色、どこかで見たことがあるような。

「私立蒼山あおやま高校が先程、突如一瞬にして消滅した模様です!」

「は?」

ニュースキャスターの伝えるあまりにもありえない言葉に四人が思わず声を揃える。四人で寄ってたかって食い入るように小さなテレビの画面を見つめる。中継のカメラで映されている景色は間違いなく燐たちの通う高校周辺の景色。ただ、その高校の校舎自体だけが跡形もなく消えていた。運動場も土地もそのまま残っているのに、校舎だけがない。ただの更地になってしまった高校を見て四人は言葉に詰まった。

「な、なんだこれ……」

燐が辛うじてそれだけ呟く。

「ふぇ、フェイクニュースだ、きっと……!きっと八月に新しいエイプリルフールが制定されたに違いない、そうじゃなきゃ僕たち休み明けどこに登校すりゃいいんだよ……!」

竜吾が眼鏡を取って拭き、再度眼鏡をかける。しかし見えるものは何一つとして変わらなかった。

「ど、どうしてこうなった……」

「……消えちゃいましたね、学校」

有紗とみのりもテレビを見つめたまま呆然と呟く。他に感想など出てきやしなかった。有紗がハンガーに吊るされた自身の制服を見た。間違いなく自分の、蒼山高校の制服。今は夏なので、半袖のシャツとプリーツスカートが掛けられている。それなのに、それを着て通うべき場所が一瞬にして無くなってしまった。

「……待って、『突如一瞬にして』?」

有紗がピンときたようにぺちんと机を叩く。その後に反応してテレビを見ていた三人も有紗の方へ視線を向けた。有紗はまだ驚いた表情のままゆっくりと言葉を繋げた。

「ありえない、そんなの……できるわけないのよ」

「できるわけ、ない……?」

「そうよ!できるわけないわ、だって一瞬であんなに大きな建物を消し去るなんてできるわけないわ!」

「確かに、爆発などで粉微塵になったわけではなさそうだしな……」

燐も合点がいったように続ける。残りの二人も確かに、と頷いてみせる。

倒壊したわけでも、爆発したわけでもない。単純に、忽然と消えた。残りかすの一つも残さずに……。

それは到底普通にできるようなことではない。ゆっくり一晩かけて取り壊して撤去したのなら話は別だが、先程入った速報というのだからそれはありえない。

だとしたら、それができるのはどういう方法だ?

「なぁ、もしかしてさ……これ、誰かが消したんじゃねぇの?」

「そんなのわかりきってるわよ!」

「いやっ、だからそうじゃなくて……」

迫る有紗に竜吾がしどろもどろになる。その様子を見ていたみのりが閃いたように手を叩いた。

「わかりましたぁ!」

何が、とざわめく三人に対してみのりが指を突きつけてみせる。にっこりと笑った笑顔が、緊張で少しひきつっていた。

「もしかしたら、誰かそういうことができる人が消しちゃったのかもしれないんです」

三人が静かにみのりの次の言葉を待つ。

「例えば、そう……みぃたちみたいに、妄想を本当にできちゃう人とかが」

そういう人なら「学校なんて消えちゃえばいいんですーっ!」って妄想するだけで、学校がまるまる消せちゃうと思います。

自分たちのことすらわからないことだらけなのに、その仮説を使ったさらに不安定な仮説。しかし四人はなんとなくそれが正しいのではないか、と感じた。何よりこんな大それたことを一瞬で成し遂げるなんて普通人間技じゃない。起こっていることが非現実的なら、それを起こした方法だって非現実的でもおかしくはないはずだ。

「た、確かにそうだな。そう考えたら納得がいく」

「そうね!……でも、あたしたち以外にもそういうことができる人がいるって考えると怖いわね……」

「普通いるだろ。僕らだけがこのよくわからん能力を持ってるって方がおかしい」

一度話に火がついたら止まらない、四人は数十分ほどすっかり話し込んでしまった。


「どうしよう、思ったより騒ぎになってしまった……」

地下室。要が装置の側で頭を抱えていた。頼れる優秀な助手は偵察のために外出中。そもそもこの場にいたところで要自身が叱られるのがオチだろうが、それでもこれだけの騒ぎの下一人で息を潜めているのはなんとなく心細かった。息をひそめるとは言っても、地下室への扉は校舎がなくとも目立たない位置にあるため見つかる心配はないのだが。しかしこの扉、変な仕組みにしてしまったせいで校舎が無いと開かなくなってしまっている。そんなわけで要は外に出ることもできずに部屋の中をうろうろと歩き回っていた。

もちろん高校の校舎を消しとばしたのは要だ。誰かに強要されたりしたわけでもなく、自分の意思で消した。この程度の物、要なら軽く更地になったこの土地を妄想するだけで一瞬で消してしまえる。それに元に戻したければ元通りの姿を頭に思い浮かべればいいだけだ。特に要にとってピンチなことは一つもなかった。

ただ要には一つ懸念があった。要とて何の思惑もなく建物を唐突に消したりなんてしない。この上にある建物を消滅させたのにはそれなりの理由と思惑があるのだ。問題はこの後がその思惑通りに進んでくれるかどうか。

要はさらに心配そうに部屋を歩き回った。忙しなく歩き回りすぎたせいで装置の端末につまづいて転ぶ。巨大な針のような形をしたそれを腹いせに壁に突き刺す。そして今度はその針と装置を繋ぐコードに引っかかり、要は再び転んだ。


こりゃあ見事な更地だ。現場にやって来た四人は声には出さなかったがそれぞれそう思った。

「綺麗な更地だな……」

建物を取り壊しただけではこうはなるまい。燐は規制テープの近くまで寄ってその地面を観察してみる。特に不自然な点はない。不自然さが無さすぎて、かえって不自然に見えるくらいだ。

燐は三人を近くに呼び寄せた。誰がこんなことをしたのか、もしかしたら手がかりがここにあるのかもしれない。

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