Chapter-6:ある観測者の話
四人がアトレでわいわいと騒いでいた頃。
おそらく地下だろう、窓の無いコンクリートの薄暗い部屋にその男はいた。
青色の髪を後頭部で一つに括った、白衣たなびくその青年は地面に広げられた巨大な紙の前に座り込んで唸っていた。紙はおそらく何かの設計図なのだろう、大きな図とその隣に細かく解説が書かれていた。
「もう、暗いじゃないですか……
部屋に入ってきた少女がぱちりと明かりをつける。天井に取り付けられた古い蛍光灯がチカチカと点滅してから点灯する。暗い地下室が若干明るくなり、人の顔が判別できる程度の暗さになる。しかし、パーカーのフードを深く被った少女の顔は依然として見えないまま。要と呼ばれた青年がゆっくりと顔を上げる。
「……お前か」
「お前じゃないです。ちゃんと名前くらいあります、あなたがつけてくれたものが」
「お前なんてお前で十分だ」
不服そうに頬を膨らませる少女をよそに要は立ち上がると壁に貼られた地図に新しいピンを打つ。
それは?と訊ねる少女を要は無視して再度別の場所に違う色のピンを打つ。繰り返すこと数回、地図の上には五色のピンが打ち込まれていた。赤いピンと黄色いピンが隣り合った地域に、少し離れたところに緑と水色のピン。
そして、さらに離れた場所に青のピンが一つ。
「だから何ですか、それ」
「地図だ」
「そんなの見ればわかりますよ!」
怒鳴る少女を軽く諌めると要は地図上の青のピンを中心としてぐるりと円を描いた。
「この円が境界だ。この装置が働く、な」
移動した要が巨大な装置を手で軽く叩く。大きなエンジンのような形をしたそれは鈍い光を数箇所から放ちつつ低い駆動音を響かせている。音までエンジンそっくりだ。
「装置が働く、と言うと」
「……妄想が形を成し得るのはこの円の中のみということだ。将来的にはこの円をもっと広げることを目標としたいが……」
「問題発生、ですね」
その通り、と要は大仰に白衣をひるがえしてみせる。少女からの若干呆れた視線をかわし、要は地図上の赤のピンを指さす。
「問題は、こいつだ……!」
ぐ、と顔をしかめる。この赤のピンはどうやら要の研究にとって邪魔になっているらしい。地団駄まで踏みそうな様子で執拗に赤ピンを指す要を見て少女がため息をつく。
「そもそもその問題、あなたがこの装置を不必要に弄くり回したから発生したんじゃありませんでしたっけ」
「不必要とは何だ不必要とは!俺はこれの作動範囲を広げるための改良をしただけであって……」
「それで他の人までその『能力』獲得しちゃったら元も子もないじゃないですか。気づかれないようにしなきゃいけないんですよね?それ」
早口で詰め寄ってくる少女に要が一歩後退りする。数分間無意味にしか聞こえない問答を繰り返したのち、要が肩をすくめて移動した。
「だから今それを元に戻そうとしてるんだろう。それで、被害状況は?」
「被害ですか?」
少女が眉をひそめる。
「被害、つまるところその『能力』を得たのは何人だ?誰だ?」
一人は確認したが、と付け加える。
「……全員です」
「本当か?あの子も含めて?あの子だけはルーツが違うんだけど」
「含めて全員です」
「そりゃあまた、厄介な……」
がっくりと頭を抱える要を少女が冷たく見下ろす。
今度からはもう少し考えてから行動してください、という捨て台詞と共に去っていった少女を見送ってから、要はのろのろとその装置の方へと向かった。
「とりあえず全部消してから作り直したほうが早いか……でも優秀な助手がいなくなるのはそれはそれで……うーん……」
部屋を出た少女は上へと続く階段を登っていた。階段の先にある鉄製の扉は、なんと学校の校舎裏の庭に繋がっていた。今は学校も夏休み真っ只中で、いきなり地面の隠し扉から出てきた少女を訝しむ者は一人もいない。少女はそのまま軽やかに柵を超えると、騒がしい秋葉原の街へと消えていった。
「それじゃ、第一回よくわからない会議を始めまーす」
明らかにやる気のない有紗の声が部屋に響く。ここは有紗の家。彼女の両親は仕事で不在のため、今この部屋には部屋主である有紗と幼馴染の燐、そして一旦解散したはずなのに再度有紗に呼び出された竜吾とみのりがいた。
「よくわからない会議って何だよ」
「うるさい」
べしりと枕を投げられた竜吾が渋々黙る。景気付けに突き上げた手を下ろすと有紗は言った。
「まぁさっきのアトレでの出来事をみんなで考えましょう、ってわけよ」
小さな四角形の机を囲んで四人がため息をつく。考えようって言ったって手がかりも情報も何もありやしない。そもそも自分たちの妄想が現実になるということすら仮定でしかないのだ。もしかしたらものすごく確率の低い、ひどい偶然がいくつも重なっただけだったのかもしれない。
「考えようと言われても考えるための材料が何一つないんだが」
燐の声にそうよねー、と有紗が溶けるように机に突っ伏す。八方どころか百方以上塞がれている気分だ。
「だってあたしたち、どうしてこんなことになってるかも何もわからないんだから仕方ないじゃない……」
突っ伏したまま有紗がくぐもった声で呟く。向かい側に座っていたみのりがその頭をおもむろに撫でた。
「うーん、みぃにもさっぱりわかりません」
こてん、とみのりが頭を有紗の上に乗せた。
「なんだ、そんなこともわからないのか?」
「りゅーくん?」
燐の向かい側に座った竜吾がドヤ顔を披露する。その顔に殴りかかりたくなる気持ちを抑えて有紗が言う。
「あんたデタラメなこと言ったら承知しないわよ」
「……りゅーくんがその顔するときはロクなことがありません」
「ぐ……」
女子二人に追撃を入れられた竜吾がたじろぐ。はぁ、と盛大にため息をつくと燐はとりあえず話すように促した。
「えーと、つまりだな?きっとこれは誰かの陰謀だ!多分!」
「そのこころは」
「いきなり僕たちだけこんなことができるようになるなんておかしい!誰かが僕たちに狙いをつけてこんな力を与えたんだきっと……それで調子に乗って使いすぎると後から高い代償を要求される……!」
突っ伏していた女子二人がゆっくりと顔を上げた。
「後から代償を要求されるって……それなんてクレジットカードよ」
「昔りゅーくんのお部屋にあった漫画で似たような話を読んだことあります」
「ぐぅぅ……」
再度うなだれた女子たちを見て、それから竜吾の方へ向き直る。不機嫌そうな顔をさらに不機嫌そうにした燐がため息をつく。
「よし、何もわからないということはわかった」
「僕の話、没?」
「現実味がないから没だ」
「……結構真面目に考えたんだけどな」
「真面目に考えてあれならもう少し現代文を真面目に学べ」
ふりだしから一歩も進むことなく、四人はまた頭を抱えることとなった。
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