Chapter-5:無敵のカオスワールド
「……あ、やっと戻ってきたわね」
「ん?」
店外から戻ってきた二人の姿を見つけ、有紗が手を振る。その声に反応して考え込んでいた燐も顔を上げた。
「そうだ竜吾、お前のふざけた妄想が現実になったぞ」
ぽい、と弄んでいたゲームパッケージを竜吾に向けて投げる。慌ててそれをキャッチした竜吾は訝しげな目で燐を見る。
「お前、盗んだんじゃねぇよな……」
「別にそのゲームに興味はないし興味を持つ予定もない」
奥に落ちていただけだ、と燐が肩をすくめてみせる。釈然としないような面持ちで竜吾は自分の席へと座り直した。
「確かに転売ヤーが一個くらい落としてってくれねぇかなーとは思ってたけどさ……」
今度は肘をついた竜吾にゲームが弄ばれる。パタンとテーブルに向けてそのパッケージを倒すと竜吾は顔を上げて言った。
「さすがに出来過ぎじゃね?こんなの」
「あたしだってそう思うわよ」
「これもまた偶然、なんですかね……」
再び四人がざわつく。あの転売ヤーが竜吾の恨み言を事細やかに聞いていたとは思えない。だとしたらやはりただの偶然なのだろうか。
「……りゅーくんがゲーム貰えるんなら、みぃも欲しいです、液タブとか」
ずっと下を向いたまま何かを考えていたみのりがぽつりと呟いた。
「そういえば絵描くの好きだったな、みのり……」
「スマホじゃもう描きにくいんです!もっとおっきい画面でペンがついてるようなやつが欲しいんです!ずーっと!」
手に持ったストローをペンのように振るう。頬を膨らませてみせるみのりを竜吾が諫める。
「ぼ、僕だって確かに欲しかったけど……なんていうか、僕のせいじゃないし」
「……家電屋さんにいくたびに『百万人目記念とかで好きなもの一つ無料でもらえたりしないかな…….』って思ってるんです」
「それはなんていうか、確率低いんじゃないかしら……」
真面目な顔で言い切るみのりに有紗が苦笑いする。それはともかくゲームと液タブでは値段の差が洒落にならないだろう、と燐も苦笑いのような顔をする。
「でもりゅーくんのお願いが叶った今!みぃが家電屋さんに行ってみてもいいと思うのです!」
「まぁ行ってみるだけならいいんじゃないかしら」
有紗が賛成ー、と手を挙げる。一回なら偶然で済ませられるが、もし二回も三回も同じことが起こればそれはきっと偶然ではなく何らかの理由があって起こっているはずだ。
燐が自分のスマートフォンに目を落とす。画面が割れていたりするわけではないが、もうそれなりの時間使っているため電池の減りはかなり早い。
「俺もついでに新しい携帯とか欲しいな……」
行きたい行きたい、とすでに席を半分立ったような姿勢になっているみのりを一旦落ち着かせると、四人は家電屋に向かうことにした。
「……すごい人だかりだな」
「電子レンジセール中、って書いてありますね」
「つまりレンジ狙いの人たちなのかしら、これ……」
全員がそうだったら恐ろしい、とぼやきつつ竜吾が人混みをすり抜けつつ店内へと入っていく。あたしもー、と有紗がその後をついて行き、燐やみのりもそれに続いて店内へと入ろうとした。
「ふぇーっ!?」
「みのり!?」
後ろから聞こえてきたみのりの声に店内にいた竜吾が振り向く。どうやらレンジ目的の人々の波に押されて三人と離れてしまったようだ。救出しに行こうとも店内から出るのも難しい。仕方なく三人はみのりが自力で人混みを抜け出してくるのを待つことにした。
「うぅ……はぐれちゃいました……」
みのりは体を縮こまらせながら、ゆっくりと人混みを抜けようと試みる。ゆっくりとしているせいで何人もの人に追い抜かれてしまった。
やがて前にいる人も少なくなり、店の入り口が見えてくる。
「ふー、やっと入れました……」
店内に入った直後の人が少ないところで一息つく。すると入り口の方に立っていた店員が駆け寄ってきた。
「おめでとうございますお客様!」
「ふぇっ!?」
唐突に後ろから声をかけられみのりが驚く。ぴったり百万人目のお客様、ということであれよあれよと散々祭り上げられ、燐たちが駆け寄ってきた頃にはみのりは大きな紙袋を持たされてしまっていた。
何これ、と有紗が紙袋の中を覗く。フロアの隅の方に寄った四人は紙袋の中身を出してみることにした。
「タブレット……タッチペン……充電ケーブル……単三電池……変換アダプター……ノートパソコン……新型スマートフォン……小型掃除機……」
有紗の手によってこれでもかとばかりに出てくる家電たち。当のみのり本人は呆然とその場に立っていた。
「あ、りんくん。みぃ、スマホはいらないからあげますよー」
「え」
「わ、ちょうど電池足りないって思ってたのよねー!みのり、これだけもらってもいいかしら?」
「いいですよー」
やったー、といそいそ電池を自分の鞄にしまう。燐も渡された携帯を慌てて鞄の中にしまい込んだ。
「……また、叶っちゃいましたね」
「ついでに俺たちのもな」
沈黙が訪れる。四人が四人、誰もこの事態を信じられなかった。
みのりの妄想まで実現した。それに便乗した燐や有紗の分の妄想までぴったり実現してしまった。きっとこの瞬間、四人の心の声は全く同じことを呟いていたことだろう。
「一体何がどうなってるんだ……?」
百万人目を期待していたものの、それを目指して入店したわけではない。それに当たったみのりは人混みに押されて自分の想定していたタイミングで入店できたわけでもない。
「偶然が二回も重なったら、それはもう偶然じゃねぇな」
みのりの代わりに重い紙袋を持った竜吾が呟く。三人が無言で肯定の意を示す。
「つまり、俺たちの想像……妄想は、なぜか何らかの形で現実になってしまうということか」
なぜか何らか。何一つわかっていることなんてない。ただ、四人はなんとなくそれで納得した。
高校一年生は、まだまだこういうことを信じたいお年頃なのだ。それに、実際にそれが起こってしまったのだから。
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