Chapter-4:停電と妄想の産物

幸い停電は一分も経たずに復旧した。有紗も驚いた格好で固まってはいたが、今回は逃げ出さなかったようだ。

「フラグ回収、乙……」

「……そのようだな」

呆れた顔でぼやく竜吾にスマホを向けたままの燐が返す。ごめんなさいー、と小さなみのりがさらに小さくなって有紗に平謝りしている。

「それにしても凄かったですねー」

フラグが?という竜吾の問いにみのりが首を振る。

「ゲーム、ですよ」

そういえば自分たちは先程までその話をしていたのだった。燐はあぁ、と生返事をしながらゲームでの出来事を振り返った。

確か自分、と一応有紗がこの目の前の二人に出会った直後にゲーム自体の電源が切れたはずだ。場所やタイミングこそ違うが、概ね同じことが現実でも起きた。レビューサイトの書き込みとも大体同じだ。

「やっぱり噂は本当だったのね」

有紗が目を輝かせて言う。散々怖がっていたくせに自分から首を突っ込んで行きたがるのはどうにかならないのか。

「確かに、信じるに値する話ではあるな」

お前はその上から目線をどうにかしろ。

「うぅ……でもこれで実証されましたね」

彼女は……特にないな。普通にいい子だ。

「……で、実証はされたが。この後はどうする?」

「いやいやいや、まだ本題が始まってすらいねぇだろ」

訊ねた燐にすかさず竜吾が突っ込む。本題?と他の三人が首を傾げる中竜吾は盛大にため息をついた。

「キャラクターについて」

ぶっきらぼうに言い放った竜吾の言葉に有紗がぽんと手を打つ。そういえばそんなことも言ってたわね、と言う有紗に竜吾が呆れた視線を送る。それに気づいた有紗が猛烈に睨み返している。

高校生同士の睨めっこの隣で燐はレビューサイトのスレッドを見返していた。

「確かにそうだな、元の目的は実際に会ってみて相手とNPCの外見を比べてみることだった」

どうしてそれが流れたんだろう、と呟く燐に対して竜吾がその睨む視線をスライドさせるようにして向けてくる。

「お前がキャラクター以外にも気になることができたって言ったんだろ」

「……そういえば」

そうだった気もする。隣の有紗から容赦なく頭を叩かれつつ燐は思い返した。確かにその通りだ。

「それでは改めて本題だ……とはいえ、もうみんなわかっているだろう」

「そうね、そっくりもいいところよ」

「すっごいそっくりさんでしたねー」

「……」

本題、終了。全員が言葉に詰まり、沈黙が訪れた。数十秒の間、残ったジュースをすする音だけが響いた。

「こら有紗、もう無いだろそれ」

「まだ下の方に残ってるわよ」

「意地汚い」

その音すらも聞こえなくなってさらに数十秒。

「ほ、僕、この後新発売のゲームを買いに行くんだ。もうそろそろ席を立たせてもらう」

「お前はゲームよりゲームが……いや、この訳のわからないゲームより新しいゲームの方が大事だとでも言うのか?」

「そりゃそうに決まってんだろ!」

バン、と机を叩くと竜吾は立ち上がって背を向けた。上手いこと理由をつけようとはしているが、ただ単に沈黙に耐えられなくなったから立ち去りたいだけだろう。もちろん新発売のゲームも嘘ではないだろうが。

「まあまあ、もし売り切れちゃっても密林でお取り寄せしちゃえばいいじゃないですかー。それにお話はここじゃないとできないんだから、こっち優先だと思います」

ぐいー、と全体重をかけてみのりが竜吾の左腕を引っ張る。腕がちぎれる服が伸びると騒ぐ竜吾に向けてみのりが冷たい笑みを浮かべてみせる。

「……あ、あれがギャップ萌え……」

「違うと思うぞ」

みのりの気迫に負けてすごすごとテーブルに戻ってきた竜吾が机に突っ伏して恨み言を呟く。

「だって密林は届くの遅いしスレはネタバレ大杉ワロスだしその間にネタバレ食らいますた☆とかそれこそマジクソだし買いに行けないならせめて今すぐお手元にデリバリー!ぐらいやってくれなきゃ僕は絶対に納得しないぞjkコノヤロウ……」

こいつ、間違いなくあのスレッドにいたドラゴファイアと同一人物だ。燐たちは改めてそう感じた。


「うおっ!」

竜吾が恨み言を吐き始めてから数分。席につき直したものの特に喋ることのなかった四人の前で中年の男が転んだ。男の持っていた紙袋の中身が床に撒き散らされる。

「んだようるせぇな……ん?」

ようやく顔を上げた竜吾がその散らばった中身を見て言葉に詰まる。燐もそれに倣って床に目を向ける。男が必死にかき集めているそれはどれも同じような柄のパッケージのゲームだ。

「もしかしてお前……」

「てめぇ、転売ヤーか!」

びしぃ、と竜吾が男に指を突きつける。言葉を遮られた燐がいつも不機嫌そうな顔をさらに不機嫌そうにするが、竜吾はお構いなしに話を続けた。

「この僕の前で転売用のゲームを出すたぁ、てめぇいい度胸してんじゃねぇか……!」

「別にりゅーくんは『この僕』なんて言うほどすごい人でもないし、この人も好きでりゅーくんの前でゲームをぶち撒けたわけじゃないと思います」

うるせぇ、と竜吾がみのりに言う。

「でもみぃも、転売は悪いことだと思うのです」

にっこりと笑ったみのりの顔は先程竜吾に向けていたものと同じ冷たい笑顔。

「有紗、行くぞ」

「へ?どこに?」

「ゲーム屋だ。こいつの顔を教えれば出禁くらいにはなるだろう」

ひぃ、と床に座り込んだ男が情けない声を上げる。散らばったゲームを紙袋に詰め直した男は数歩、後退りする。竜吾がその歩数と同じ分だけ男に詰め寄る。

「りゅーくん、そんなにしたら怖がられちゃいますよ」

どう考えても一番怖いのはお前だ。みのり以外のその場の全員の意見が合致した。

「反省したらお店にゴー!なのです。きちんと訳を話して返しなさい」

男はゴー、と可愛らしくジェスチャーをするみのりと腕組みをして始終不機嫌そうな竜吾に挟まれてゲーム屋へと連行されていった。


「なんかすごい騒ぎだったわね」

「そうだな」

机の下を覗き込んだ燐は奥の方に先程のゲームが潜り込んでいることに気づいた。

「何それ、落ちてたの?」

「拾い忘れだろうな」

燐がおもむろにテーブルの上に置いたゲームを見て有紗が訊ねる。他にもいくつか質問があったが、燐は全て生返事で返していた。それにしても、まさか。燐の思考は十数分前、竜吾が恨み言を吐き始めた頃へと遡っていった。

竜吾の恨言を要約すると、大体は「買いに行けないなら今すぐここにゲームを持ってこい」というような実現不可能な文句だった。その中にいくつか具体的な方法を呟いていたこともあった。天から降ってこないものか、誰か優しい人が間違えて買っちゃったからと押し付けてくれないか、そして転売ヤーが一つくらい落としていかないものか。

「偶然……だよな」

テーブルの上のゲームパッケージを弄びながら、燐は考え込んでいた。

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