第5話 出会い

あぁ、またG生のやり直しか。

きっとあの蜘蛛は私を捉えた後に美味しくバクバクと食べたに違いない。今度会ったら逆に食べてやるんだからね!

ぷんすかぷんと怒りながら、暫くは殺されないように猛特訓をしようと意気込む。


改めて、生まれ変わった私のステータスをもう一度視認してみる。


種族:ゴキブリ

レベル:1

HP:75

MP:50

攻撃力:20

防御力:10


ほうほう、なるほど。最後に鑑定した時はHPが50だった。レベルは2だったね。HPが増えたのは走り込んだからかな。だとしたら、生まれ変わってもレベルがリセットされるだけで、能力は引き継がれるとみた。いや、そうであってくれ。でないとステータスのガチャ要素もなさそうなのに鍛えても白紙になるんだったら、この先何回死ねばいいのか。


「それにしても……」


何度見てもステータスを見る限り、雑魚だな私。いや、基準とか分からないけども。

そうだ、今度蜘蛛とか敵が出てきたら鑑定してみよう。それを基準に自らを鍛え上げるのだ!

そうと決まれば、安心して敵を鑑定して「お前雑魚じゃんプギャー」ってできるくらいまで鍛えたいね。

とは言え、一体どれほどに鍛えればいいものか……。

とりあえず、HPは走り込んだり筋トレしたりすれば増えるはずだから、ある意味簡単。何も考えずにひたすら体を動かせばいい。

あとはやっぱり攻撃手段よね。せっかく魔法が使えるんだから、魔法でちょちょいと敵をやっつけたいところ。魔法のバリエーションを増やすのだ!


ふんすふんすと意気込んで、早速筋トレにとりかかる。


腕立て腹筋背筋エトセトラ!

腕立て腹筋背筋エトセトラ!!

腕立て腹筋背筋エトセトラ!!!


……いやね、前世では運動音痴の木偶の坊と評判だったのよ!なぜ運動音痴だったのか?なぜ周りからあれだけ蔑まれてたのか?

答えはSO!継続性のなさ!飽き性とも言う!はたまた自分に甘いことも自覚済み!!


よし、魔法の練習でもしよーっと。

炎よ、風よ、水よ。

超絶プリティー触角の間から炎が出てきて風が吹き炎の威力が上がる。そこへ水が出てきてすごい勢いで燃え上がっていた炎が鎮火する。


……いや、勢い強すぎたな。触角が心做しかヒリヒリするぜ。

火傷やん!自分の魔法で火傷とか!敵をプギャーする前に私がプギャーだよ!


そこでふと思いつく。炎も風も火も出せたということは回復もできるよね。


「私のプリティー触角ちゃん、今こそ“回復よ”」


パァーっと淡く光が出てくる。先程まで感じていたヒリヒリとした痛みはなくなり、やがて光もスっと闇に溶けて消える。


「……っ!……で、できたー!!」


喜びのあまり、ゴキダンスでも踊り出しそうだ。

色んな魔法が使えるという興奮と、前世ではどうせ何をやっても……。というような諦めとはうってかわって、今まで感じたことのない最高の高揚感。

私にももしかしたら、すごい事ができるかもしれない。私ももしかしたら物語の主人公になれるかもしれない。そんな夢にまで見たようなリアルに、色んな思いが溢れてきて少し涙しそうになる。


だって、せっかく転生したと思ったらGだったかんね。


「ふぅー。落ち着け私。ここからが本番よ」


十分に気合を入れた私は、どうせ魔法が出てくるのは触角と触角の間からなのに、力を込めた両手をぐっと前に広げる。緊張からか、心なしか指先も震えている気がする。

そして思いつく限りの言葉を思い浮かべる。


光よ、闇よ、雷よ、土よ、草よ!


……シーン。


静寂が、私の熱く燃え上がった心まで冷たく包み込む。

いや嘘やん。今のいける流れだっただろう!?何も起こらないってどういうこと?人(G)を期待させるだけさせて裏切るなんて、まるでこの世に生を受けたあの瞬間みたいだよ。今なら氷魔法も使える気がする……あ、氷魔法も使いたいな。カッコイイよね使えたら。

なーんてちょっぴり現実逃避してみたけれど。思ってた通りに魔法が発動せず、ガックリとうなだれる。

なんだしょせん才能か?才能が必要なのか?両手を見つめながらプルプルと震える。そこでふと思いつく。


「あれ?もしかして……“鑑定よ”」


種族:ゴキブリ

レベル:1

HP:100

MP:0

攻撃力:30

防御力:20


……MPがない。筋トレしたからか、さっきよりもHP・攻撃力・防御力の数値は上がっている。それは喜ばしいことだ。でもMPって多分、魔法使うには必要よね。ゼロだと発動できないよね。


「はぁーっ」


Gに似合わない、やれやれといったようなポーズをとる。どうやら回復魔法を成功させた時点でMPは無くなっていたらしい。指先が震えてたのもあれだ、MP不足による症状だ多分。緊張からではなかったらしい。


「ふぅ、我ながら早とちりして空回ってたってワケね」


恥ずかしいわ、恥ずかしい。これが恥ずか死ぬってやつか。

MP管理はしっかりと!これを一つ心刻む。うんうん。


「でもMPってどうやって回復するんだろ?寝たら回復するのかな?」

「やや!その通りでありますぞ!MPは使いきってから寝ると、回復する上にMPの上限がアップされるのであります」

「へぇー!そうなんだ!使い切ってから寝るのかぁ。じゃあ上限が増えれば増えるほど使い切るの大変なんだろうなぁ」

「確かに、先程のような低威力かつ省エネの魔法でしたらそうでしょうな。しかしながら、どれだけ増えても1回の魔法でMPを使い切ることも可能。MPを使えば同じ魔法でもそれだけ高威力となりますゆえ、ゆくゆくは辺り一面焼け野原とかにして使い切るようになるのではないでしょうか!」

「なんだか物騒な話ね。しかも辺り一面焼け野原ってどれだけのMPを消費すれば……」


あれ?私、寂しいGすぎてイマジナリーフレンドでも遂につくってしまった感じ?想像フレンドを創造!

ギギギッと頭を動かし、声の方を振り返る(やだこの表現、Gがやると笑えない)。


そこにはGがいた。


生まれたばかりの私とはまた違った、何度脱皮を重ねたのだろうというような、黒光りに黒光りを重ねた威厳溢れる大人G。

彼(?)は、Gの姿で器用に二本足で立って前足を組んでいた。そしてメガネをつけていた。


「え?メガネ?しかも今どき瓶底??」

「左様。目は大切ですからな、この瓶底メガネで目を守っているのであります」

「ゴキブリのくせに?」


満足気に頷く彼に、何から突っ込めばいいのか分からず、思わずG表現を忘れてしまった。


「おっと、そういえば自己紹介がまだでしたな。吾輩はゴキブリである、名前はまだない……なーんちゃって!ワハハ!」


いや、全然面白くないよ。それよりそのメガネどこに引っ掛けてるかの方が気になるよ。


「いや失礼、名前はかつてあったような気がしますが、どうしても思い出せませんゆえ。なんとでもお好きにお呼びください。麗しき貴女のお名前をお聞きしても?」


麗しき?そんなこと今まで言われたことも無い私は、一気に頬っぺが熱くなるのを感じた。前世でもこれっぽっちも褒められたことないのに、まさかGになってからそんなことを言われるなんて……。いやいや、かなり複雑な気持ちになるな。そしてこの見た目で頬っぺが熱くなるのを感じてもな……。客観的に見てどうよ?自分に自分でドン引きした。


「レディ?」


黙った私に不思議そうに首を傾げる彼。

そうだ、名前ね名前。私の名前を教えなくちゃ。


「私の名前は……っ」


言葉が詰まる。

あれ?私の名前は?なんて言おうとした?

ぐるぐるぐるぐる。

生まれてから何度も呼ばれた自分の名前。何度も呼ばれたはずの自分の名前が、どうしてか出てこない。

確かに妹はただお姉ちゃんとだけ呼ぶけれど、両親からはちゃんと名前で呼んでもらっていたはずだ。あれ?おかしいな、なんでなんで?なんで思い出せないの??


「ふむ。どうやら吾輩と一緒で思い出せないようですな」


ぐるぐるぐるぐる。いまだ思考の渦に飲み込まれている私に向かって平然と彼は言う。


「それでは……そうですな。見た目は確かにゴキブリである吾輩たちですが、どうやらお互い特殊な事情がある模様。何やらゴキブリらしからぬ知性も感じます。まるで神の手によって創造されたみたいである―――。そう、吾輩たちは、まるでアダムとイヴとでも言いましょうか―――」


にっこりと確かに彼は笑った。

アダムとイヴ。

それが彼と私の名前だと言わんばかりに。

前世で両親からつけてもらった名前はそんなんじゃなかったと思うけれど、不思議とスっと私の心にその名前が溶けたような気がした。

彼は一層笑みを深めた。彼の背後にある闇までも静かに笑った―――。

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