第1話 私、爆誕

 真っ暗な中、何かに包まれているのを感じながら自我を持つ。


「……あら。ねぇあなた、この子お腹を蹴ったわ。」

「本当?元気いっぱいだなぁ。早く会いたいね。」

「えぇ、もうすぐね。」


 どこか近くで穏やかに笑い合う男女の声が聞こえる。2人は夫婦だろう。

 きっと私のお父さんとお母さんね☞。良い人そう、子どもが生まれるのを楽しみにしてくれてるもの。早く私も会いたいな!


 それから幾許かの時間が経ち、いよいよ自分がこの世に生まれ落ちる時がきた。

 新しい人生、次は上手くいくと良いな……。そんなことを考えていると、自身を包んでいたものが割れるのを感じた……。光の方へ導かれ、自分が外の空気に触れたのを感じ取る。

 さぁ、いよいよ産声をあげようと構えて、身体に違和感を覚えた。


 黒いボディ!なんだかキュートな触角!!スラリと伸びた足はなんと6本!!!


「……!(私、爆誕!!!)」


 私知ってるよ!このなんとも言えない黒いボディ、いずれ立派なツヤツヤの黒になるって!最初は米粒くらいの大きさでも、大きくなって多くの人に嫌われるって!

 そう!台所のヤツだね!台所に限らずお風呂でもどこでも出るけど!!


「……。(私、かの有名なG様になったみたいです……。大丈夫?これ、身体にモザイクかかってない??)」


 いや気持ち悪いよ、自分のことながら。本当にモザイクかかってない??

 前世は私も苦手だったからね。というか何?人間ですらないの?所詮私は人間に生まれたのは間違いですって?確かに身体が変わるとは言われたけれど。そしてたまに生まれ変わったら自分なんてGになればいいとか思ったけれど。え、フラグ回収できるとか思わないじゃん?自分の両手(前足)を見つめながら震える。


 そんなに私が犯した罪は重かったのか。いや、とくとくポイントがどうのこうの言ってたじゃない。ブサイクでも何でもいいから人間が良かったよ。それかせめて哺乳類とか。いやね、上手い話には裏があるんだよやっぱり。そもそも私にとくとくポイントが貯まったとか、そのおかげで転生できますとか、そんなことあるわけなかったのよ。となるとやっぱりあれは詐欺になるのかな。きっとそうね、あの人結局何がしたかったのか、詐欺に違いな「あ、虫だわ」


「ぴぎゃっ!!」


 ぷちっと命が絶たれる音がした。

 ……直接触るのは嫌だからティッシュ越しにぷちってね、やるやる~。


 信じられるかい?先ほどまでお腹の子に優しく微笑みかけてた妊婦さんがね、何の感慨もなく虫を殺せるんだぜ?明日には虫を潰したことさえ忘れてるね。そう、前世では私もそうやって生きていた。だから責めることなんてできないし、する資格もない。



 ―――私は確かに死んだ。しかし再び意識が浮上し、気づいた時にはまた幼虫の姿だった。えぇ、G様の。


「……!(私、再誕!!!)」


 何が何やら分からないが、生まれてきてしまったものは仕方がない。

 前回、最速で生を終えてしまったので、今回は長生きするぞ!また死んでも生まれ変わる保証もないし。意気込んだところで、辺りを見回す。


(ふむ。目はあんまり見えないけれど、感じるわ!へぇ、こんな感覚なの、すごいすごい!)


 どうやらここは真っ暗な湿気の多い場所みたいだ。G様の巣というものだろうか。ここなら人間にも見つかるまい。

 そもそも何故、前回は人目につくところで生まれてしまったの。普通は見つからないところで卵生むでしょ。私のママンはうっかりさんなのかしら。

 そして、辺りで気配を感じる我が兄弟達。そうよ、普通はこういう状況が正しいと思うの。前回は一人ぼっちだったし。


(……あまり目は見えないけれど、なんかいっぱいいる!)


 兄弟はたくさんいるようです。

 でも頑張ってみたけど意思疎通は無理そう。赤ちゃんだからかな?

 歩きながら兄弟達を観察していると、前方に大きな影が見えた。

 一瞬びくついたが、敵意はなさそうなので近づいてみる。


(これは……!!)


 私のママンなのかファミリーなのか、そこには大人Gがいた。


「……人の子よ。」

「喋ったー!!!!!」

「ふむ。貴方は数奇な人生を送られるようだな……。なるほど、なるほど。異世界から来られたのか。」


 喋っただけでもびっくりなのに、なんだこのG様は。様付けがぴったりすぎるぞ。異世界の案内人みたいな!主要キャラだろ絶対。


「貴方のここでの役目をお教えしま」

「炎よ!!」


 目の前に飛んできた赤。容赦なくG様を燃やし尽くす。

 びっくりして、目の前の惨状に体が震える。でもそれとは裏腹に、心は落ち着いていた。まだこの体を受け入れきれてないのかもしれない。

 まぁ、私もGは殺してたしなーっていうどこか他人事でぼんやりと見つめた。


 幸いにも、私の体が小さすぎるのか、向こうからは陰になっていて見えないのか、G様を殺した人間は私には気づいていないようだった。


「というか、主要キャラなのでは……。」


 私にとって大切な出会いっぽかったのに。

 G様でもGなのね。やっぱり人間には容赦なく殺されるのね……。そこまで考えてふと気づく。先ほどG様を殺害した人は、手から炎を出していたような……?


 こ、これはもしやとカッと目を見開く。


「魔法界!!」


 有名な魔法使いの映画のBGMが頭に流れる。とぅーるるるーるるーるるるー。


 いやぁ、感慨深いですな。ここでは魔法が使えるのね!


 いや、喜んだところで私は所詮G。この体で魔法とか使えるのか?いや、使えなくても使えるようになる!そして最強のGに私はなる!


 先ほど目の前で殺された大人Gが大切なことを教えてくれようとしてたこともすっかり忘れて、意気込んだ私はどうにか魔法を使えるようにならないかと色々試してみる。


「んんんん……はぁーっ!!」


 両手いっぱい力を込めてみたり


「ほいさほいさほいさっさぁー!!!」


 謎の体勢をとってみたり


「るんるんるるりら~」


 踊ってみたり……。


「で、できない……。」


 挫けそうになったが、よくよく考えれば原理を知らないのだからできなくても当然かと思い直す。

 そんな簡単に魔法なんて使えたら苦労しないよね~。

 きっと何かこの世界なりの魔法が使えるロジックがあるのだ。例えば呪文が必要だとか、杖が必要だとか。呪文なんて知らなければ唱えようがないし、さっきの人は杖を持っていなかったように思う。うん、 手のひらから炎を出してたし。


「そう言えば、さっきの人なんか言ってたな。確か“炎よ”って言ってたような。」


 全部を言い終わらないうちに、私のプリティな触角から炎が生成されて放たれる。

 驚愕。その一言に尽きる。


「こんな簡単にできるなんて!!」


 私才能あるんじゃない?いよいよ最強のGも夢物語じゃなくなってきたね!この調子でどんどん魔法を磨いていけば……!!

 いやでも待て待て。魔法を使うのって呪文を唱えるだけ?今の感じだと、何も意識しなくても間違って言っちゃう可能性あるんじゃ……。

 そして思ったより大きな炎が出た。私の触覚の触覚がチリっとしたよ。これ制御とかできないの?


 使えればいいなーと思ってはいたが、実際にあっけなく魔法が使えてしまい思案する。


「この感じでいくと、例えば“水よ”とか“風よ”とか色々なんか魔法使えちゃう気が。」


 また全部を言い終わらないうちに水が出てきて風が吹く。


「……困った。これで反応されちゃうのか。」


 何も意識しなかった。言葉を紡いだだけ。例えばイメージとともに呪文を唱えるだとか、イメージをするだけだとか、そういったことなら制御もできたろう。だがどうだ、日常的な会話もこれじゃあ、ままならないのではないか。これは“水よ”とか普通の会話もできない。


 そう思っていると、再び触角から水が生成される。


「思っただけでもダメなのか……。」


 いよいよ頭を抱える。この世界にはどういった魔法があるのかもわからないし、思っただけで反応するならなるべく心を空っぽにしないといけないのかな。

 そうだ、“水”だけならどうだ。


「……何も反応しない!!」


 さすがにこれは大丈夫なようだ。それならなんとなく回避できそうな気がする。

 そもそも、この世界の人たちはきちんと魔法を制御できているのだろうか。発動条件が言葉だけなら、うっかり言ってしまうこともあるだろう。うっかり言ったり思ったりしないように鍛えられているのか、それとももしかして、発動条件が言葉だけじゃないのか……。

 いや、そうだったとしても私の場合は何も意識していないと思っている状態で発動しているのだから、他の発動条件を探すのは骨が折れそうだ。


「だがしかし!私には特技がある!!発☆動!!!」


 ……。

 …………。

 ………………。

 お分かりいただけただろうか。これはそう、あえて名付けるなら無念無想とでも言いましょうか。

 つまり全く全く何も考えていない状態でございます。


「これさえしておけば、間違って発動する心配もないね☆」


 誰に向かって言うでもなく、目の前の暗闇に向かって明るい声を響かせる。……空しい。

 何はともあれ、これからどうやって生きていくかだな。

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