第22話 内緒の話

「アル……いまの戦い方って……」


 セシリアが目を見開いている。

 この反応は当然だろう。

 なんせ俺のグラナート流剣術では到底ワイバーン相手に勝負はできない。

 その俺がワイバーンを倒してしまったんだから、なぜ?となるのは無理もない。

 どう誤魔化そうかと考えようとした、その時。


「わたし、久し振りに見たわ。アルが両手に剣を持って戦うところ」

「あ…………え?」


 想定外の反応に肩すかしを食らったような気分だ。

 戸惑ったのは俺のほうだった。


「え、セシリア……?」

「確か……一年生の時にそうだったわよね?」

「あ……あ~」


 セシリアが言っているのは、一年死竜クラスだった時の話だろう。

 そう言えば、イアンと戦った時に俺は双剣だった。

 あの時にセシリアには見られていたのか。


「学院内で帯剣できるのは一人一本までだから、いままで忘れていたけれど、アルが二本の剣を使いこなしていたのを思い出したわ。でも、こんなに強かったんだ。片手の時とは全然違うから驚いたわ」

「ああ……まあな」


 剣術学院に入学したてのころ、俺はセシリアの言うとおり剣を二本差していた。

 もちろん規則違反だったけど無視して……いや、今はそんなことはどうでもいい。


「でもグラナート流にあんな技あったのかしら? 見たこともないけれど……」


 ハロルドならともかく、セシリアには流派の違いまではわからなかったようだ。

 他の流派と同じく、アレクサンドリート流剣術にも突き詰めた剣技が存在する。

 さっきワイバーンを斬った必殺の〈ドラゴンオーガスト〉や、尻尾を切断した斜め斬り剣技の〈トルスティ〉なんかがそうだ。


 たいていの剣技は編み出した者の名や、倒した魔物の名、あるいはそれを複合した名称をつけることが多い。

 〈ドラゴンオーガスト〉も例外ではない。

 オーガスト・サビア。この剣技でドラゴンを倒した者の名だ。

 そして、サビア家の現当主である俺の爺さんのことだ。


 ちなみに多くの門弟がいる広く知られている多くの流派と違い、アレクサンドリート流剣術は一子相伝。

 それも直系の男子にしか継承されない秘伝だ。

 つまり創始者は俺の遠いご先祖様になるわけだ。

 爺さんの娘である母さんは、その剣技を使えるが継承権はない。

 なので爺さんの後を継ぐのは俺ということになる。


 七百年無敗の剣術。

 俺は片手のグラナート流剣術では負けることもあるが、アレクサンドリート流剣術を見せた時にはたった一度の敗北もない。

 いや、負けてはならないのだ。

 剣術学院に入学する前、両手に剣を握った戦いで負けたら殺すと笑顔で言われた時は本気でビビったほどだ。

 それを笑いながら言う爺さんが、なんと恐ろしいことか。

 それを毒の効いた冗談だと思って躊躇せずアレクサンドリート流剣術を使っていた一年の俺もまた、いま思い返すと恐ろしい。


「俺の親父や母さん、それに爺さんは冒険者やってるからな。いろんな流派が混ざってるんだよ……きっと」

「そうなのね。交流会の学院内予選も剣を二本使えれば良かったのにね、そうすれば優勝だってできたんじゃないかしら? だって六年生でも単独でワイバーンと戦うなんて無理だもの」

「あの……セシリア、みんなには内緒にしておいてくれないか」

「えっ、でも……わたしだけじゃなくてミリアムやブレンダ、それにロイドだってあの場にいたのよ? 四年生から同じクラスだったハロルドを除けば、みんな見ていたわ」

「あ~」


 くそ、怖い物知らずだった一年の頃の俺をぶん殴りたくなってきた。

 みんなに隠してこそこそやっているのが馬鹿らしくなる。

 しかし俺と闇夜の死竜を関連付ける要素は極力排除しておきたい。

 俺はわざとらしく咳払いをし、


「とにかく、いまはここから出ることを考えようか」


 と話題をすり替えた。


「ええ、そうね。上ではわたしたちを襲った魔物がいるはずだもの。みんなが心配よ」

「そうだな」


 ワイバーンとの戦闘が終わり、ようやく落ち着いて辺りを見渡すことができるようになった。

 俺は上を見上げながら足場になりそうな出っ張りを探していた。

 魔法の翼を利用した一度の飛翔では、稲妻の谷を脱出することはできない。

 なので、足場を中継しながら飛ぶしかないのだ。

 幸いにも足場になりそうな場所はいくつか点在している。

 俺は繰り返し魔法の翼を纏うと、やがて崖の終わりが見えてきた。


「あと二回くらいでここから出られそうだな。それにしてもこの底はどうなっているんだろうな?」

「ふふっ、別の世界に繋がっていたりして」

「それはいいな。もし俺が平穏に暮らせる世界が広がっているなら、このまま落ちるのもいいかもな」

「みんながいない世界なんて、わたしは嫌よ」


 セシリアと他愛ない会話をしていると、背後からギャア、ギャアという聞き覚えのある鳴き声が聞こえた。

 振り向くと魔物がこちらに向かって飛んでこようとしているところだった。

 そう簡単に脱出させてもらえないらしい。

 ワイバーンの数は三匹。


「この辺りに棲息しているのは一匹だけじゃないとは思っていたが、ここにきて三匹同時かよ」


 普通の冒険者ならこの光景に卒倒するだろう。

 一匹のワイバーンに対してベテラン冒険者がパーティーを組んで挑むのが常なのだから、それが三匹ともなると死を覚悟してもおかしくはない。

 だが今の俺には魔眼があるし、二本の剣もある。

 森の主との戦いに備えて少しでも温存したかったが、そうはいってはいられない。

 何しろ上で森の主と戦っている仲間のもとへ急いで合流しなければいけないと感じていたからだ。


「アル、ちょっと待って!? 右目が真っ赤よ!?」


 魔眼を発動させると、それを目にしたセシリアが大きな声を上げた。

 いまさらセシリアに見られたことを気にしている暇はない。

 ただ、このままだとセシリアが心配してしまうので不安を取り除くことにする。


「生まれつきの体質でさ、魔力を使うとたまにこうなるんだ」


 嘘は言っていない。

 セシリアも俺が少し魔法を使えることは知っているし、事実俺の魔眼は特異体質だからだ。

 それが、生まれてすぐ後天的に造られたものだとしても。


「でも……!」

「痛みはないし、すぐに治まるから大丈夫だよ。それより、あのワイバーンの攻撃を受けないように俺の後ろに……いや、できるだけ俺から離れて!」


 俺はセシリアが十分離れたことを確認すると、迫るワイバーンに振り返った。

 三匹が並んで飛んでくる。

 俺はワイバーンを薙ぎ払うべく、彼我の距離を計算しタイミングを図る。


 ――三


 ――二


 ――一


 ――ここだッ!


 俺は横斬りの技〈スレヴィ〉を放つ。

 一匹の翼を根元から切断する。

 続けざまに右のワイバーンに斬り上げ技の〈アルマス〉、そして斜め斬り技の〈トルスティ〉を左のワイバーンへ矢継ぎ早に繰り出した。


「ギャアアアアアアアアアアアアッ!」


 最初に斬ったワイバーンを追うように二匹のワイバーンは谷底へと真っ逆さまに落ちていった。

 俺はまだ剣を収めずに、その様子を確認する。

 予期しない反撃を防ぐためだが、それも杞憂だったようで胸を撫で下ろした。


「セシリア、もう一息で上に辿り着く。もう少しだけの我慢だ」


 セシリアは大きく頷くと、若干恥ずかしそうに俺の首に手を回した。

 俺は右腕でセシリアを抱きかかえて、呪文を詠唱する。


「しっかり掴まって」

「ええ、わかったわ」


 俺は胸に密着するふわりとした感触を振り払うように頭を左右にぶんぶんと振って、背中に現れた翡翠色の翼を広げて飛び立った。

 セシリアの髪が風で舞い上がり、その花のような香りを心地良く感じた。

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